『二つの同時代史』から、『死霊』をめぐる対話を抜きだしてみる。【 】内は引用者による補足。
●『死霊』は何と読むのか(Ⅱ章)
大岡 同時代にわからないものがあるってのは屈辱だから、この対談の間にらちをつけちまおう、ってのがこっちの目標さ。きみがおれに声をかけてきたのは、おれが『レイテ戦記』で大勢が死んだ話を書いた時からだよ。あれ以来おれは戦後文学派のなかに入ったわけだから、やっぱり『死霊』のせいだ。
埴谷 そうかな、『死霊』の呪縛にかかったのかな。
大岡 あれは怨霊だから「シリョウ」と読むはずなんだけれども、きみは「シレイ」と読まさすの?
埴谷 そうなんだ、無理を承知で。日本語は怨霊のリョウなんだけれども、そうすると恨めしやという感じになっちゃうんだよ。日本の怨霊は全部或個人に恨めしやという感情をもって出てくるんだね。ぼくのあそこに出てくる幽霊はみんな論理的な、しかも一見理性的で全宇宙を相手にするような途方もない大げさなことばかりしゃべる。そういた理性的幽霊しか出てこないから、いわば「進歩した」現代の語感をもってシレイと無理に読ませてるんだ。
●『死霊』を支える死者(Ⅶ章)
大岡 【『死霊』の初めに出てくる】「悪意と深淵の間に彷徨いつつ、宇宙のごとく私語する死霊達」。これは献辞かい?
埴谷 献辞だ。
大岡 つまり、これを書いたものということなのか。それとも死霊たちによって支えられておれは書いているんだということなのか?
埴谷 支えられているんだ。
大岡 そこのところがわからないように書いてあるわけ?
埴谷 いや、それはわかるように書いてある。このあいだも少し言ったけれども、【 『ファウスト』の】ゲーテは精霊に救われてるんだ。ドストエフスキーは神と悪魔に救われている。ろころがぼくたちにはそういう救いは何もないわけだ。それできみみたいに事実から出発して、たとえば日本が敗けたとききみがローソクを消した真っ暗闇のなかで涙を流すということを書くことは、これは本当に底の底から書いた文字の尊さといえるんだけど、ぼくはその事実を超えた数億年後の人間をいま書こうとしているわけだから、そうするとドストエフスキーやゲーテに習って、現実にないものを何とか使わないとやれない。そのために死霊を使うわけなんだよ。
死者のみがぼくの妄想を支えてくれる。人間も自然も宇宙も、重さと広がりを持っている。質量があって重力を持っているわけだ。ところが引力も作用せず、形もなく、重さもないものは、死霊しかないんだ。ぼくは死霊を使って初めて、妄想を妄想でないごとく書けると思ったんだ。
(中略)
大岡 きみとの付き合いは全然なかったけども、とにかく戦争の死者と、それから革命の死者ということをきみは言っていたね。
埴谷 そういうものが、現在のわれわれを支えているということなんだよ。
大岡 そうすると『死霊』は革命で死んだ死者というわけか。
埴谷 そういうことだ。
大岡 戦争はこれには出てないね。
埴谷 戦争はそちらの『レイテ戦記』や『俘虜記』や『野火』にまかせて、ぼくの『死霊』第五章の『夢魔の世界』というのは、革命で殺された奴が出てくるんだよ。
大岡 五章へきてやっとお前さんは理解されたんだよ。三章まではみんな何とか読んでいたけども、あれがベストセラーになったというのは、五章へきてやっと意味がわかったということからだ。
埴谷 そういうわけだね。平野謙が「お前の主人公は誰だ」というから、「ずっと後、五章くらいになって出てくるんだよ」と言ったら、「エッ! そういうことなのか」と言っていたよ。それはしょうがないんだ。初めに狂言回しはたくさん出てくるんだけど、本当の主人公あh五章ぐらいになってやっと出てくるわけだから、どうしようもないね。
七章や八章が書けるかどうかわからないけれども、とにかくそういうことが考えられている。そういうものが戦後出てきたということは、やはり革命運動とか戦争とかの死者たちという重い背景があったからであって、それが戦後文学の大きな支えになっているんだ。深さじゃないけどね。そちらのこちらのもまだまだ深いとは言えない。ただし、大きくなったのは、戦後にわれわれが出てきてからですよ。そうぼくは信じている。
●深夜の饗宴(Ⅷ章)
埴谷 『死霊』を書くのは真夜中すぎなんだよ。
●戦後文学(Ⅷ章)
埴谷 だいたいおれの『死霊』というのは、「近代文学」の第1号に出ているんですよ。このおれの『死霊』が終わらないうちは戦後文学は終わらないと思っている。
大岡 そりゃ、大変な自信だ。いつまでも完結しないでもらいたい(笑)。
●武田泰淳とのつきあい(Ⅷ章)
埴谷 (前略)ところで、『死霊』のいちばんはじめの読者は武田なんだよ。武田は中国から帰ってきてしばらくたったある夜、おれが家族と晩めしを食っていると、千田九一というやはり中国文学の仲間と一緒にぼくのところへ訪ねてきたんだ。あの頃は相手がいるかいないかも考えずにいきなり行ってしまうんだよ。それがいちばんはじめ。
大岡 いつごろ?
埴谷 21年の秋。武田が帰ってきてそれほど経っていない。武田がぼくのとこへきて、とにかく「『死霊』は面白い、ああいうのはいままでの日本文学にないものだっていって、それから武田とのつきあいがはじまった。(後略)
●政治(Ⅸ章)
大岡 (前略)武田泰淳が『死霊』に共感したっているのも、そこに政治があるからだろう。
埴谷 もちろん武田にもそういう経験があるからね。
大岡 そういうことがピンときたのじゃないかな。とくに武田と野間には。野間の文体は『死霊』の影響があるよ。ねちねちとアプローチしていくというやり方ね。(後略)
●武田泰淳の『死霊』に対する挑戦(Ⅸ章)
大岡 (前略)文士てえのは因業な商売だよ。武田の『富士』を読んでから、こんど『死霊』を読むと、あれには埴谷の『死霊』を食っちゃおうっていう武田の意気込みが見えるね。だからあいつ瘋癲病院を書き出したんだよ。
埴谷 そうなんだ。きみが国木田独歩に挑戦するごとく、武田はおれの『死霊』に挑戦している。『富士』には「あっは!」と「ぷふい」もでてくるんだよ。「あっは!」と「ぷふい」がちゃんと出てきた上に、それから「黙狂」も出てきて、『死霊』にそっくりな設定をして挑戦している。それでやっと埴谷を超えたと武田は思っていたんだ。きみと同じで、あいつを超えなくちゃという対抗心と戦闘の精神は武田にも旺盛で、いろんな作家に挑戦したあげくに最後に残ったのがおれだったんだ。この『死霊』に対する『富士』の挑戦については、批評家は誰も触れていなくて、ただひとり亀井秀雄だけがそのことを指摘している。そして、ずっとあとだけれど、こんどは加賀乙彦が同じような指摘をしている。
【長いので一部要約する。武田泰淳は挑戦精神が旺盛で、あいつは大丈夫、こいつも・・・・と鉛筆で名前を一つずつ消していった。武田はいつもはじめがよくて、最後はダメになるのだが、『富士』は最後までしっかりと持続している、というのが埴谷雄高の評価である。】
大岡 でも、『死霊』の第五章が出たときは、あれは武田にはなんともショックだったろうと思うよ。『快楽』はそれを目標にして中断したんだから。これは百合ちゃんがいっていたのか、何か書いたものがあったか忘れたけど、武田は挑戦相手の名前をリストにして、あいつはやっつけたって棒を引いて、また次にあいつもやっつけたと棒を引いて名前を消していったんだ。
●虚体(ⅩⅢ章)
埴谷 それは実証的物理学。おれのは妄想駅物理学だから、何でも自分流につくってしまうんだ。それでおれの頭にできあがったのが「虚体」なんだよ。その時代にはブラックホールという考えはまだなかったんだけど。
「虚体」というのは、やはり、薄暗い独房のなかでの妄想の産物だな。僕は般若というのが本名で、だから般若心経の「色即是空、空即是色」というのは子どものときから頭に入れられている。しかし僕の考えるところでは「空」では足りないんだな、やはり「虚」というしかない。ひっくり返して「空即是色、色即是空」といってもそれは静止的空間なんだよ。何かの創造、つまり、虚無よりの創造の観点に立つと、「空」はすでにそこに静止的に在って、無からの創造という点で物足りない。ところが老子の「虚」というのは、生産的ななにかなんだな。
だから、どちらかとえいば、僕は老子的「虚」に辿りついたわけだけれど、そこにポーとブレイクがはいってくる。ポーのイマジネーション、ブレイクのヴィジョンははやり生産的なものなんだね。そして、ポーを推しすすめるとイマジナリー・ナンバー、虚数へまで達する。マイナス1の平方根というのはすごい考え方なんだよ。虚数がなければ実数もない。
大岡 おれもこんど『死霊』を通読して「虚体」という考えが一番興味深かった。「虚体」を翻訳するときは、なんとかって外人みたいにエンプティなんていうよりは、虚数のイマジネールがいいだろうね。
埴谷 そうだね。イマジネールが生産的だが、この「虚」の翻訳は難しくてね。「虚像」はヴァーテュアル・イメージだから、そちらも考えてみたが、どうも何もない「虚」ではなくて、能産的な「虚」だから、適切というような訳語がないんだ。何もないようでいて、必ずそこから新しい何かが出現しなければならないんだから。ブラックホールでもビッグバンみたいにさらに爆発するかもしれないという仮説もあるしね。
【長くなるから端折るが、埴谷雄高は詩人の菅谷規矩雄の議論を引いている。マイナス1の平方根の「冪」をとりあげて、「虚」は「負」の根となっていると言っているのだが、これはわが意を得た「虚体」論だ、と。】
●「愁いの王」(ⅩⅢ章)
大岡 (前略)話を『死霊』にもどすけど、この小説の中には、終戦直後からいままで断続して書いているうちに戦後の様々な事件が影をおとしているよね。第五章『夢魔の世界』のリンチ事件でも、戦争中の共産党のリンチ事件を踏まえているのはもちろんだろうけど、やっぱり連合赤軍のリンチ事件が踏み台だろう。
埴谷 それは、先号で話したように、君が安保を契機に『天誅組』を書きついでいったのと同じなんだよ。
大岡 そういう意味では『死霊』は戦後の歴史だよ。というよりはこれは戦後の虚史か(笑)。
埴谷 そういうわけかな(笑)。
大岡 「愁いの王」てのは、あれは天皇じゃないのか。
埴谷 まあ、大きくいえば、そうだよ。ああいう天皇がひとりくらいいてもいいといった意味での」愁いの王」だ。
大岡 つまり自分の臣下が一人もいない天皇になった。象徴になっているからね。
埴谷 日本では、だれもそういうことを文学的に象徴的にやっていないよ。政治的な、社会主義的な観点からの天皇制は論じられているけどね。しかし、あれはまた現天皇制に対する爆撃なんですよ。大絨毯爆撃。
大岡 そういう意味でも戦後の虚史だよ。これはおれが初めて言いだしたことだぞ(笑)。これでいいだろう?
埴谷 うーん。「虚体」をいいだした以上しようがねぇ。
●風俗となった『死霊』(ⅩⅣ章)
埴谷 (前略)大久保清という、八人の若い女性を白い車に乗せて、次々に強姦して殺した男がいるんだけど、これが何をもっていたかっていうと、柴田翔の『されどわれらが日々』と『死霊』なんですよ(笑)。自動車の中に。左翼の退廃の象徴ここにありって、あのとき、ずいぶん俺もからかわれた(笑)。
大岡 社会面は大きいからな。おれの『武蔵野夫人』も日暮里かどこかの電車事故で、身元不明の女性が持っていた。それからぐんと延びた。ところで俺は『死霊』第五章の少し前に出した『少年』という力作がてんでに食われちゃった(笑)。
埴谷 いや、食ったわけじゃなくて、大久保清の目のつけどころがそこまで時代の退廃を包みこんでいるわけだよ。もうどうしようもないね(笑)。
【参考】大岡昇平/埴谷雄高『二つの同時代史』(岩波書店、1984)
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●『死霊』は何と読むのか(Ⅱ章)
大岡 同時代にわからないものがあるってのは屈辱だから、この対談の間にらちをつけちまおう、ってのがこっちの目標さ。きみがおれに声をかけてきたのは、おれが『レイテ戦記』で大勢が死んだ話を書いた時からだよ。あれ以来おれは戦後文学派のなかに入ったわけだから、やっぱり『死霊』のせいだ。
埴谷 そうかな、『死霊』の呪縛にかかったのかな。
大岡 あれは怨霊だから「シリョウ」と読むはずなんだけれども、きみは「シレイ」と読まさすの?
埴谷 そうなんだ、無理を承知で。日本語は怨霊のリョウなんだけれども、そうすると恨めしやという感じになっちゃうんだよ。日本の怨霊は全部或個人に恨めしやという感情をもって出てくるんだね。ぼくのあそこに出てくる幽霊はみんな論理的な、しかも一見理性的で全宇宙を相手にするような途方もない大げさなことばかりしゃべる。そういた理性的幽霊しか出てこないから、いわば「進歩した」現代の語感をもってシレイと無理に読ませてるんだ。
●『死霊』を支える死者(Ⅶ章)
大岡 【『死霊』の初めに出てくる】「悪意と深淵の間に彷徨いつつ、宇宙のごとく私語する死霊達」。これは献辞かい?
埴谷 献辞だ。
大岡 つまり、これを書いたものということなのか。それとも死霊たちによって支えられておれは書いているんだということなのか?
埴谷 支えられているんだ。
大岡 そこのところがわからないように書いてあるわけ?
埴谷 いや、それはわかるように書いてある。このあいだも少し言ったけれども、【 『ファウスト』の】ゲーテは精霊に救われてるんだ。ドストエフスキーは神と悪魔に救われている。ろころがぼくたちにはそういう救いは何もないわけだ。それできみみたいに事実から出発して、たとえば日本が敗けたとききみがローソクを消した真っ暗闇のなかで涙を流すということを書くことは、これは本当に底の底から書いた文字の尊さといえるんだけど、ぼくはその事実を超えた数億年後の人間をいま書こうとしているわけだから、そうするとドストエフスキーやゲーテに習って、現実にないものを何とか使わないとやれない。そのために死霊を使うわけなんだよ。
死者のみがぼくの妄想を支えてくれる。人間も自然も宇宙も、重さと広がりを持っている。質量があって重力を持っているわけだ。ところが引力も作用せず、形もなく、重さもないものは、死霊しかないんだ。ぼくは死霊を使って初めて、妄想を妄想でないごとく書けると思ったんだ。
(中略)
大岡 きみとの付き合いは全然なかったけども、とにかく戦争の死者と、それから革命の死者ということをきみは言っていたね。
埴谷 そういうものが、現在のわれわれを支えているということなんだよ。
大岡 そうすると『死霊』は革命で死んだ死者というわけか。
埴谷 そういうことだ。
大岡 戦争はこれには出てないね。
埴谷 戦争はそちらの『レイテ戦記』や『俘虜記』や『野火』にまかせて、ぼくの『死霊』第五章の『夢魔の世界』というのは、革命で殺された奴が出てくるんだよ。
大岡 五章へきてやっとお前さんは理解されたんだよ。三章まではみんな何とか読んでいたけども、あれがベストセラーになったというのは、五章へきてやっと意味がわかったということからだ。
埴谷 そういうわけだね。平野謙が「お前の主人公は誰だ」というから、「ずっと後、五章くらいになって出てくるんだよ」と言ったら、「エッ! そういうことなのか」と言っていたよ。それはしょうがないんだ。初めに狂言回しはたくさん出てくるんだけど、本当の主人公あh五章ぐらいになってやっと出てくるわけだから、どうしようもないね。
七章や八章が書けるかどうかわからないけれども、とにかくそういうことが考えられている。そういうものが戦後出てきたということは、やはり革命運動とか戦争とかの死者たちという重い背景があったからであって、それが戦後文学の大きな支えになっているんだ。深さじゃないけどね。そちらのこちらのもまだまだ深いとは言えない。ただし、大きくなったのは、戦後にわれわれが出てきてからですよ。そうぼくは信じている。
●深夜の饗宴(Ⅷ章)
埴谷 『死霊』を書くのは真夜中すぎなんだよ。
●戦後文学(Ⅷ章)
埴谷 だいたいおれの『死霊』というのは、「近代文学」の第1号に出ているんですよ。このおれの『死霊』が終わらないうちは戦後文学は終わらないと思っている。
大岡 そりゃ、大変な自信だ。いつまでも完結しないでもらいたい(笑)。
●武田泰淳とのつきあい(Ⅷ章)
埴谷 (前略)ところで、『死霊』のいちばんはじめの読者は武田なんだよ。武田は中国から帰ってきてしばらくたったある夜、おれが家族と晩めしを食っていると、千田九一というやはり中国文学の仲間と一緒にぼくのところへ訪ねてきたんだ。あの頃は相手がいるかいないかも考えずにいきなり行ってしまうんだよ。それがいちばんはじめ。
大岡 いつごろ?
埴谷 21年の秋。武田が帰ってきてそれほど経っていない。武田がぼくのとこへきて、とにかく「『死霊』は面白い、ああいうのはいままでの日本文学にないものだっていって、それから武田とのつきあいがはじまった。(後略)
●政治(Ⅸ章)
大岡 (前略)武田泰淳が『死霊』に共感したっているのも、そこに政治があるからだろう。
埴谷 もちろん武田にもそういう経験があるからね。
大岡 そういうことがピンときたのじゃないかな。とくに武田と野間には。野間の文体は『死霊』の影響があるよ。ねちねちとアプローチしていくというやり方ね。(後略)
●武田泰淳の『死霊』に対する挑戦(Ⅸ章)
大岡 (前略)文士てえのは因業な商売だよ。武田の『富士』を読んでから、こんど『死霊』を読むと、あれには埴谷の『死霊』を食っちゃおうっていう武田の意気込みが見えるね。だからあいつ瘋癲病院を書き出したんだよ。
埴谷 そうなんだ。きみが国木田独歩に挑戦するごとく、武田はおれの『死霊』に挑戦している。『富士』には「あっは!」と「ぷふい」もでてくるんだよ。「あっは!」と「ぷふい」がちゃんと出てきた上に、それから「黙狂」も出てきて、『死霊』にそっくりな設定をして挑戦している。それでやっと埴谷を超えたと武田は思っていたんだ。きみと同じで、あいつを超えなくちゃという対抗心と戦闘の精神は武田にも旺盛で、いろんな作家に挑戦したあげくに最後に残ったのがおれだったんだ。この『死霊』に対する『富士』の挑戦については、批評家は誰も触れていなくて、ただひとり亀井秀雄だけがそのことを指摘している。そして、ずっとあとだけれど、こんどは加賀乙彦が同じような指摘をしている。
【長いので一部要約する。武田泰淳は挑戦精神が旺盛で、あいつは大丈夫、こいつも・・・・と鉛筆で名前を一つずつ消していった。武田はいつもはじめがよくて、最後はダメになるのだが、『富士』は最後までしっかりと持続している、というのが埴谷雄高の評価である。】
大岡 でも、『死霊』の第五章が出たときは、あれは武田にはなんともショックだったろうと思うよ。『快楽』はそれを目標にして中断したんだから。これは百合ちゃんがいっていたのか、何か書いたものがあったか忘れたけど、武田は挑戦相手の名前をリストにして、あいつはやっつけたって棒を引いて、また次にあいつもやっつけたと棒を引いて名前を消していったんだ。
●虚体(ⅩⅢ章)
埴谷 それは実証的物理学。おれのは妄想駅物理学だから、何でも自分流につくってしまうんだ。それでおれの頭にできあがったのが「虚体」なんだよ。その時代にはブラックホールという考えはまだなかったんだけど。
「虚体」というのは、やはり、薄暗い独房のなかでの妄想の産物だな。僕は般若というのが本名で、だから般若心経の「色即是空、空即是色」というのは子どものときから頭に入れられている。しかし僕の考えるところでは「空」では足りないんだな、やはり「虚」というしかない。ひっくり返して「空即是色、色即是空」といってもそれは静止的空間なんだよ。何かの創造、つまり、虚無よりの創造の観点に立つと、「空」はすでにそこに静止的に在って、無からの創造という点で物足りない。ところが老子の「虚」というのは、生産的ななにかなんだな。
だから、どちらかとえいば、僕は老子的「虚」に辿りついたわけだけれど、そこにポーとブレイクがはいってくる。ポーのイマジネーション、ブレイクのヴィジョンははやり生産的なものなんだね。そして、ポーを推しすすめるとイマジナリー・ナンバー、虚数へまで達する。マイナス1の平方根というのはすごい考え方なんだよ。虚数がなければ実数もない。
大岡 おれもこんど『死霊』を通読して「虚体」という考えが一番興味深かった。「虚体」を翻訳するときは、なんとかって外人みたいにエンプティなんていうよりは、虚数のイマジネールがいいだろうね。
埴谷 そうだね。イマジネールが生産的だが、この「虚」の翻訳は難しくてね。「虚像」はヴァーテュアル・イメージだから、そちらも考えてみたが、どうも何もない「虚」ではなくて、能産的な「虚」だから、適切というような訳語がないんだ。何もないようでいて、必ずそこから新しい何かが出現しなければならないんだから。ブラックホールでもビッグバンみたいにさらに爆発するかもしれないという仮説もあるしね。
【長くなるから端折るが、埴谷雄高は詩人の菅谷規矩雄の議論を引いている。マイナス1の平方根の「冪」をとりあげて、「虚」は「負」の根となっていると言っているのだが、これはわが意を得た「虚体」論だ、と。】
●「愁いの王」(ⅩⅢ章)
大岡 (前略)話を『死霊』にもどすけど、この小説の中には、終戦直後からいままで断続して書いているうちに戦後の様々な事件が影をおとしているよね。第五章『夢魔の世界』のリンチ事件でも、戦争中の共産党のリンチ事件を踏まえているのはもちろんだろうけど、やっぱり連合赤軍のリンチ事件が踏み台だろう。
埴谷 それは、先号で話したように、君が安保を契機に『天誅組』を書きついでいったのと同じなんだよ。
大岡 そういう意味では『死霊』は戦後の歴史だよ。というよりはこれは戦後の虚史か(笑)。
埴谷 そういうわけかな(笑)。
大岡 「愁いの王」てのは、あれは天皇じゃないのか。
埴谷 まあ、大きくいえば、そうだよ。ああいう天皇がひとりくらいいてもいいといった意味での」愁いの王」だ。
大岡 つまり自分の臣下が一人もいない天皇になった。象徴になっているからね。
埴谷 日本では、だれもそういうことを文学的に象徴的にやっていないよ。政治的な、社会主義的な観点からの天皇制は論じられているけどね。しかし、あれはまた現天皇制に対する爆撃なんですよ。大絨毯爆撃。
大岡 そういう意味でも戦後の虚史だよ。これはおれが初めて言いだしたことだぞ(笑)。これでいいだろう?
埴谷 うーん。「虚体」をいいだした以上しようがねぇ。
●風俗となった『死霊』(ⅩⅣ章)
埴谷 (前略)大久保清という、八人の若い女性を白い車に乗せて、次々に強姦して殺した男がいるんだけど、これが何をもっていたかっていうと、柴田翔の『されどわれらが日々』と『死霊』なんですよ(笑)。自動車の中に。左翼の退廃の象徴ここにありって、あのとき、ずいぶん俺もからかわれた(笑)。
大岡 社会面は大きいからな。おれの『武蔵野夫人』も日暮里かどこかの電車事故で、身元不明の女性が持っていた。それからぐんと延びた。ところで俺は『死霊』第五章の少し前に出した『少年』という力作がてんでに食われちゃった(笑)。
埴谷 いや、食ったわけじゃなくて、大久保清の目のつけどころがそこまで時代の退廃を包みこんでいるわけだよ。もうどうしようもないね(笑)。
【参考】大岡昇平/埴谷雄高『二つの同時代史』(岩波書店、1984)
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