語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【大岡昇平ノート】加賀乙彦の、大岡文学における体験の深化と拡張 ~新しい方法論の創造~

2010年10月19日 | ●大岡昇平
(1)作品から体験への遡及作業
 体験が作品に結晶するには、それ相応の屈折や濾過の作用が必要だ。体験は、生のままで作品に結実しえない。
 真の文学作品は、文章がそれ自体として独立し、現実世界に対峙するだけの鞏固な構築を備えている。
 戦後夥しく書かれた戦記や戦争を主題とする小説群のなかにあって、真の文学といえるのはごく限られた作品にすぎない。大岡昇平の文学は、本当の文学的作品である。
 たとえば『俘虜記』は、文章として表された作品世界がまずもって加賀乙彦に迫ってくる。そこに描かれた世界が大岡の体験であったかどうかということは一義的興味とはならない。
 とはいえ、大岡の戦争体験がなかったら『俘虜記』が生まれなかったのは事実だ。
 作品への関心が出発点となって、体験へと遡る方向への作業があってもよい。その種の作業なら、加賀乙彦には大いに興味がある。

(2)『俘虜記』『野火』『レイテ戦記』における「私」と体験との距離
 戦争を取り扱った大岡の代表的作品『俘虜記』『野火』『レイテ戦記』を並べてみると、それらの間に際だった差が見られる。作者の体験へ向かう姿勢が、それぞれ意図的に違うのだ。
 『俘虜記』は体験と密着し、『野火』は体験と距離を置き、『レイテ戦記』はさらに遠方から俯瞰している。年を経るにしたがって、作者は自分の体験を突きはなし、吟味し、対象化していったかのようだ。
 『俘虜記』(の中の『捉まるまで』)と『野火』とは、米軍とゲリラに追われて逃亡し、ついに米軍の俘虜になるという物語の骨格はよく似ているが、その表現方法は根本的に違う。前者の「私」は、もっぱら静止して周囲を観察し描写していく。後者の「私」=田村一等兵は、たえず移動し、自己の内面へと向かい、小説的な状況をつむぎだしていく。前者は記録的、後者はより仮構的だ。後者は、作者自身の実際の体験から隔たった主人公を設定し、小説的想像力を駆使している。

(3)夢の力
 現実世界での体験は貧しく、何か色褪せて窮屈で一面的でありすぎ、作品世界での想像のほうが豊穣で、鮮明で自由で多面的である場合がある。ユンクやバシュラールの夢と想像力の研究成果にしたがって、夢のほうが現実よりもはるかにレアリティがある、と言ってもよい。『野火』が『俘虜記』に優るのは、そのような点においてである。
 作者の戦争体験と作品との距離は、『俘虜記』のほうが『野火』よりも近い。仮構性は『野火』のいたるところに読みとれる。肺結核、女の射殺、人肉食、野火の幻影など、『野火』の田村一等兵に起きたことは、すべて『俘虜記』の「私」には起こらなかった。
 だからといって、『野火』のほうが作者の戦争体験から遠い、とも言いがたい。体験は、必ずしも作者自身が行ったり思ったりしたことを意味しない。夢見ることもまた立派な体験である。そして、前述のとおり夢の世界のほうがリアリティが強い、という逆接が成立するのが文学の醍醐味だ。
 そこに作品の主題と構成が要求する方法が表れてくる。『俘虜記』においては、あくまで戦争俘虜という状況が主題だ。敗兵逃亡は、大きな作品のほんの序の口の話にすぎない。他方、『野火』においては、敗兵の逃亡記が全編の主題を覆っている。逃亡のもららすあらゆる状況が描かれている。

(4)敗者への関心
 敗兵への関心は、大岡の後年の作品へも長く余韻をひびかせている。大岡の歴史小説に見られる敗れゆく者への執拗で徹底した愛着は、敗兵体験を抜きにしては考えられない。中原中也や富永太郎への哀惜の念も、彼らがその生きた時代において敗れた人であったためだ、という理由づけも可能だろう。「作者は自分一個の体験を核にして、それを肥え太らせて次々と作品の創造を行っていったのである」

(5)体験の拡大と深化
 現実から夢への道程は、換言すれば個人的体験の拡大と深化である。大岡は、絶えずヴァリエーションを創りだし、体験を新しい体験へ増幅していく人だ。
 大岡はしかし、事実から離れた全くの空想世界へ移行してよしとする作家ではない。仮構は、現実以上にリアリティのある世界を呈示する作業である。小説の成立する基盤は、あくまで現実世界にあると大岡は考えている。大岡の戦争体験への関心が、ついに小説よりも戦記を書かせるようになるのはそのためだ。『レイテ戦記』の壮大な世界は、仮構としてではなく、事実として書かれている。「一人の敗兵の体験は、ついにレイテに散った8万人の将兵の体験へと拡張された」
 歴史という事実重視のいとなみを大岡は支持する。一見仮構へむかう精神と正反対のようでいて、現実を重層化し、深化したいという意図においては共通している。そこには、やはり自分の体験を核にして発想するという姿勢は貫かれている。
 井上靖の『蒼き狼』批判において大岡が示したように、大岡が目ざしたのは「もし仮構を用いるならば、事実をさらに事実に近付けるためにのみ用いること」であった。その見事な成果が『レイテ戦記』であった。

(6)『レイテ戦記』の新しさ
 『レイテ戦記』は、新しい形式の戦争文学である。一つの戦争を敵と味方の双方の視点から描くという点で空前である。「『戦争と平和』で、トルストイがナポレオン側の視点を遠慮がちに導入したところを、大岡は大胆にも乗り越えてしまった」
 「事実に歌わせる」「事実が自分で歌う」という大岡の意図は十分に果たされている。

(7)大岡文学の縮図
 「一方の極において体験は虚構へ向い、他方の極において事実に向う。これが大岡昇平の文学の構図である。これは小説家が小説を創出する方法として正統派に属する」
 戦争体験を核に作家活動を始めた大岡は、ながい創作活動のうちに体験の意味を方法的に自覚していった。大岡の戦争文学が単なる回想記や手記の域を脱して、文章として独立しえた裏には、この方法の自覚がある。作家の選ぶ方法とは、その人の資質に合致した生得のものである。大岡の方法の自覚とは、自己の資質の発見へと有機的につながってくる。

(8)大岡文学の新しさ
 大岡は、体験を一回限りの現象として流してしまわず、何回でも記憶として再生した。再生のたびに生じる記憶の内容のずれを知的に解明しようとした。この努力が重層する解釈である。解釈が加われば加わるほど記憶は不透明な厚みをまし、ついには記憶それ自体も変質をこうむる。知的な解釈がかえって体験の奥行きを増す点に、大岡の解釈の特質が見いだされる。
 『父』『母』ほか一連の私小説においては、体験と記憶の拮抗が作品に生気をあたえている。『幼年』『少年』では記憶を現場探索によって再吟味しようとする方法が開発された。従来の一面的な回想形式の幼少年記にみられない新しい世界が作りだされている。
 「戦争体験から創作への、ながい方法的探求は、過去の体験を現在の踏査によって検証し二重化するという地点まで到達したのである」

【参考】加賀乙彦『大岡昇平における戦争体験と創作』(『虚妄としての戦後』、筑摩書房、1974、所収)
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