COURRiER Japon 2/7(日) 13:00

ジェシーは10年以上ドラッグ中毒のホームレスとして不安定な暮らしをしていた Photo: Jesse Thistle / Facebook
カナダでの先住民族に対する差別は度々話題になるが、不安定な子供時代を過ごし、差別を受けたトラウマから薬物依存ホームレスになった先住民の若者がいる。一旦刑務所に入った彼は、出所後に必死に勉強し、今ではカナダの大学教員・ベストセラー作家になったという。
不安定な子供時代、差別で負った傷
カナダのヨーク大学で先住民族の歴史について教える准教授のジェシー・ティソルは、19歳で祖父母の家を追い出され、20代を薬物依存のホームレスとして過ごした過去を持つ。
英「BBC」によると、先住民族の母親と薬物中毒の父親との間に生まれたジェシーの育ちは非常に不安定だった。暴力を振るう夫に耐えかねた母親は3人の息子を連れて家を出たが、追いかけてきた父親が母を騙して3兄弟は一時的に父親に引き取られた。しかし、父親からは物乞いと万引きの仕方を教わっただけで、ネグレクトされた。
そんな状況が児童相談所に通報され、ジェシーたちは養護施設でしばらく過ごした後、ジェシーが4歳のときに父方の祖父母の元に送られた。
当時は先住民族への差別が今よりも激しく、母親に対しては通知もされなかった。1950年代終わりから80年代までの間に、カナダでは約20万人の先住民族の子供たちが親から取り上げられ、その多くが白人の家庭に引き渡されるという施策が取られた。ジェシーたち兄弟もその被害に遭った子供たちだった。厳しかった父方の祖父母もまた先住民族に差別的で、母親が息子たちに会うことを長く許さなかった。
ジェシーは学校でも「インディアン」として差別され、近所の家庭も自分たちと子供たちを遊ばせたがらなかった。周囲にも先住民族としてのルーツを否定され、いつしかジェシーは自らの文化、そして自分自身をも憎むようになった。さらに、側にいない母親に対しても、自分たちを捨てたのだと考え、憤りを覚えるようになった。
そんな苦しみからジェシーは喧嘩ばかりして、学校でも成績は最低。高校に入るとギャングとつるむようになり、アルコールとドラッグを手放せなくなった。そして次第にギャングであることが自分のアイデンティティになっていった。
自己破壊的なホームレス生活
19歳のある日、コカインを所持しているのを祖父母に見つかり、そのまま家を追い出された。長兄の元に転がり込んだが、やはりドラッグを吸っているのを見つかって追い出され、20歳でホームレスになった。
それからはトロントで物乞いをしてお金を集め、ドラッグを買い、レイブパーティーに出かけた。カナダメディア「ユニバーシティ・アフェアーズ」に対して、当時を自己破壊的だったとジェシーは振り返る。いつも何かを恐れ、逃げてばかりいた。
その後、23歳の時に殺人犯に騙されたことがきっかけで、ジェシーが殺人犯を助けたと噂され、後ろ指を指されるようになり、道端で動けなくなるまで殴られたこともあった。絶望したジェシーは、大量の鎮痛剤を盗み、一気に飲んだものの、死ねなかった。
その後、次兄のアパートから締め出されたジェシーは、再びそのアパートへの侵入を試みたところで3階の高さから落ちた。ジェシーはそれでも死ななかったが、両足に大怪我を負った。ドラッグを吸って痛みを和らげていたが、その後足の指は黒く変色し、爪が抜け落ちた。足の肉が腐っていたのだ。医師には足を切断しなければならない可能性、そして感染が心臓や脳に広がることで死にかねないと告げられた。
それを聞いてパニックに陥ったジェシーは、全てから逃げ出したくなった。
そして、刑務所に行こうと思いついた。刑務所なら安全で、食べ物や薬も手に入るだろうと。それから犯したのはコンビニエンス強盗。しかし、そこで奪えたのはたった40カナダドル以下で、逮捕されるのが目的だったのに現場からも逃げてしまった。数週間後、警察に自ら出頭した。
イチからの学び直し
2006年、30歳の頃に入った刑務所では想定通り足の治療を受けることができ、足はすぐに快方に向かった。しかし、15年間悩まされた薬物中毒には何の処置もされず、独房でひどい中毒症状に襲われた。
一方、不思議と刑務所で学び直したいという気持ちを覚え、読み書きをやり直した。出所後にも更生施設に入り、そこで再学習を始めた。それまで失っていた時間を取り戻すかのように、毎晩遅くまで必死に勉強した。規律ある暮らし、マナー、コミュニケーションの仕方などについて学び、久しぶりに自分に自信を持てるようになった。
そんな折、自分を捨てたと思っていた母から連絡を受けた。愛に飢えていたジェシーは、一度の会話をするのに電話を何度も切らなくてはいけないほど感極まってしまった。
その直後には、家を出て以来連絡が途絶えていた祖母が危篤状態にあるという連絡を受け、すぐに祖母に会いに行った。
祖母からは「あなたには本当に失望している」と言われたものの、「勉強を続け、大学に行きなさい、そしていけるところまで行きなさい」という言葉を最後にかけてもらった。
二度目のチャンス
2009年に更生プログラムを終え、ジェシーはその後付き合い始めた女性と一緒に住むようになった。自分を信じてくれる人を得たことで、ジェシーも期待に応えるべく、熱心にレストランで働き始めた。
30代半ばで高校卒業試験に合格し、2012年にはトロントのヨーク大学に入学。歴史を学び始めた。
大学で2年次に、家族の歴史について調査する課題を出され、サスカチュワンで先住民族の歴史について調べている叔母に連絡を取ったことが転機となった。メティス民族の先祖と彼らが戦ったカナダ政府への抵抗蜂起についてまとめて提出したところ、それが先住民族の歴史を専門とする教授の目に止まり、そのまま研究助手として採用されることとなった。
2015年にトップで学部を卒業後も研究を続け、翌年修士も終え、その研究に対して数々の賞も受賞している。現在は博士課程で研究を続けながら、大学で教える。
ホームレスだった過去について書いた著書『灰の中から─メティス、ホームレスである私が自分の道を見つけるまで』(未邦訳)はカナダで2019年のベストセラーになった。
カナダの「CBC」ニュースによると、ジェシーが専門とするのは先住民族のホームレス、薬物依存、そして幾世代にも渡るトラウマだ。ホームレス時代に、多くのホームレスもまた先住民族でそのほとんどが薬物依存だったのを目の当たりにした。ジェシー自身がかつて自己破壊的な行動を取っていたのは、自分自身が負った心の傷に加え、世代を超えて受け継いだトラウマに起因するという。
ジェシーは語る。「私の先住民族らしさを取り戻してくれたのが大学だったというのは不思議です。それまでの教育機関は私から先住民らしさを奪っていきました。当時は周囲と同様に行動することを強いられたものの、当初は先住民族にロールモデルを見出していて、自分もそういう風になれるのだと感じていたことを思い出しました」
「私達は勇敢な闘士であるという歴史を持っています。かつて私がそうだったように、みんながアルコール依存症やホームレス、犯罪者というわけではないのです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d0b97785a807b1f4d82125f375a634b06f089d8

ジェシーは10年以上ドラッグ中毒のホームレスとして不安定な暮らしをしていた Photo: Jesse Thistle / Facebook
カナダでの先住民族に対する差別は度々話題になるが、不安定な子供時代を過ごし、差別を受けたトラウマから薬物依存ホームレスになった先住民の若者がいる。一旦刑務所に入った彼は、出所後に必死に勉強し、今ではカナダの大学教員・ベストセラー作家になったという。
不安定な子供時代、差別で負った傷
カナダのヨーク大学で先住民族の歴史について教える准教授のジェシー・ティソルは、19歳で祖父母の家を追い出され、20代を薬物依存のホームレスとして過ごした過去を持つ。
英「BBC」によると、先住民族の母親と薬物中毒の父親との間に生まれたジェシーの育ちは非常に不安定だった。暴力を振るう夫に耐えかねた母親は3人の息子を連れて家を出たが、追いかけてきた父親が母を騙して3兄弟は一時的に父親に引き取られた。しかし、父親からは物乞いと万引きの仕方を教わっただけで、ネグレクトされた。
そんな状況が児童相談所に通報され、ジェシーたちは養護施設でしばらく過ごした後、ジェシーが4歳のときに父方の祖父母の元に送られた。
当時は先住民族への差別が今よりも激しく、母親に対しては通知もされなかった。1950年代終わりから80年代までの間に、カナダでは約20万人の先住民族の子供たちが親から取り上げられ、その多くが白人の家庭に引き渡されるという施策が取られた。ジェシーたち兄弟もその被害に遭った子供たちだった。厳しかった父方の祖父母もまた先住民族に差別的で、母親が息子たちに会うことを長く許さなかった。
ジェシーは学校でも「インディアン」として差別され、近所の家庭も自分たちと子供たちを遊ばせたがらなかった。周囲にも先住民族としてのルーツを否定され、いつしかジェシーは自らの文化、そして自分自身をも憎むようになった。さらに、側にいない母親に対しても、自分たちを捨てたのだと考え、憤りを覚えるようになった。
そんな苦しみからジェシーは喧嘩ばかりして、学校でも成績は最低。高校に入るとギャングとつるむようになり、アルコールとドラッグを手放せなくなった。そして次第にギャングであることが自分のアイデンティティになっていった。
自己破壊的なホームレス生活
19歳のある日、コカインを所持しているのを祖父母に見つかり、そのまま家を追い出された。長兄の元に転がり込んだが、やはりドラッグを吸っているのを見つかって追い出され、20歳でホームレスになった。
それからはトロントで物乞いをしてお金を集め、ドラッグを買い、レイブパーティーに出かけた。カナダメディア「ユニバーシティ・アフェアーズ」に対して、当時を自己破壊的だったとジェシーは振り返る。いつも何かを恐れ、逃げてばかりいた。
その後、23歳の時に殺人犯に騙されたことがきっかけで、ジェシーが殺人犯を助けたと噂され、後ろ指を指されるようになり、道端で動けなくなるまで殴られたこともあった。絶望したジェシーは、大量の鎮痛剤を盗み、一気に飲んだものの、死ねなかった。
その後、次兄のアパートから締め出されたジェシーは、再びそのアパートへの侵入を試みたところで3階の高さから落ちた。ジェシーはそれでも死ななかったが、両足に大怪我を負った。ドラッグを吸って痛みを和らげていたが、その後足の指は黒く変色し、爪が抜け落ちた。足の肉が腐っていたのだ。医師には足を切断しなければならない可能性、そして感染が心臓や脳に広がることで死にかねないと告げられた。
それを聞いてパニックに陥ったジェシーは、全てから逃げ出したくなった。
そして、刑務所に行こうと思いついた。刑務所なら安全で、食べ物や薬も手に入るだろうと。それから犯したのはコンビニエンス強盗。しかし、そこで奪えたのはたった40カナダドル以下で、逮捕されるのが目的だったのに現場からも逃げてしまった。数週間後、警察に自ら出頭した。
イチからの学び直し
2006年、30歳の頃に入った刑務所では想定通り足の治療を受けることができ、足はすぐに快方に向かった。しかし、15年間悩まされた薬物中毒には何の処置もされず、独房でひどい中毒症状に襲われた。
一方、不思議と刑務所で学び直したいという気持ちを覚え、読み書きをやり直した。出所後にも更生施設に入り、そこで再学習を始めた。それまで失っていた時間を取り戻すかのように、毎晩遅くまで必死に勉強した。規律ある暮らし、マナー、コミュニケーションの仕方などについて学び、久しぶりに自分に自信を持てるようになった。
そんな折、自分を捨てたと思っていた母から連絡を受けた。愛に飢えていたジェシーは、一度の会話をするのに電話を何度も切らなくてはいけないほど感極まってしまった。
その直後には、家を出て以来連絡が途絶えていた祖母が危篤状態にあるという連絡を受け、すぐに祖母に会いに行った。
祖母からは「あなたには本当に失望している」と言われたものの、「勉強を続け、大学に行きなさい、そしていけるところまで行きなさい」という言葉を最後にかけてもらった。
二度目のチャンス
2009年に更生プログラムを終え、ジェシーはその後付き合い始めた女性と一緒に住むようになった。自分を信じてくれる人を得たことで、ジェシーも期待に応えるべく、熱心にレストランで働き始めた。
30代半ばで高校卒業試験に合格し、2012年にはトロントのヨーク大学に入学。歴史を学び始めた。
大学で2年次に、家族の歴史について調査する課題を出され、サスカチュワンで先住民族の歴史について調べている叔母に連絡を取ったことが転機となった。メティス民族の先祖と彼らが戦ったカナダ政府への抵抗蜂起についてまとめて提出したところ、それが先住民族の歴史を専門とする教授の目に止まり、そのまま研究助手として採用されることとなった。
2015年にトップで学部を卒業後も研究を続け、翌年修士も終え、その研究に対して数々の賞も受賞している。現在は博士課程で研究を続けながら、大学で教える。
ホームレスだった過去について書いた著書『灰の中から─メティス、ホームレスである私が自分の道を見つけるまで』(未邦訳)はカナダで2019年のベストセラーになった。
カナダの「CBC」ニュースによると、ジェシーが専門とするのは先住民族のホームレス、薬物依存、そして幾世代にも渡るトラウマだ。ホームレス時代に、多くのホームレスもまた先住民族でそのほとんどが薬物依存だったのを目の当たりにした。ジェシー自身がかつて自己破壊的な行動を取っていたのは、自分自身が負った心の傷に加え、世代を超えて受け継いだトラウマに起因するという。
ジェシーは語る。「私の先住民族らしさを取り戻してくれたのが大学だったというのは不思議です。それまでの教育機関は私から先住民らしさを奪っていきました。当時は周囲と同様に行動することを強いられたものの、当初は先住民族にロールモデルを見出していて、自分もそういう風になれるのだと感じていたことを思い出しました」
「私達は勇敢な闘士であるという歴史を持っています。かつて私がそうだったように、みんながアルコール依存症やホームレス、犯罪者というわけではないのです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d0b97785a807b1f4d82125f375a634b06f089d8