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儀式や舞踊、アイヌ文化に浸る 阿寒ユーカラウタサ祭り開幕 無観客開催、無料で配信

2021-02-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/13 21:28 更新

 【阿寒湖温泉】阿寒湖のアイヌ文化の魅力を発信する「阿寒ユーカラウタサ祭り」が13日、2日間の日程で阿寒湖アイヌコタンで始まった。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、無観客での開催となり、神への祈りの儀式やアイヌ古式舞踊などが無料でオンライン配信されている。
 釧路市の主催で2回目。13日はアイヌ文化体験として、祭りの成功や新型コロナの収束を願って神へ祈りをささげる儀式「カムイノミ」を行ったほか、アイヌ文化伝承創造館「オンネチセ」内にある刺しゅうや彫刻作品を地元の工芸家が紹介する様子などを配信した。
 アイヌ民族の伝統的な歌や古式舞踊、アイヌ民族と国内外で活躍するアーティストが制作した音楽などを披露する音楽イベントは14日午後5~8時、阿寒湖アイヌシアターイコロから配信する。
 祭りの様子は特別ウェブサイト(https://utasamatsuri.jp/)から視聴できる。(今井潤)
※「イコロ」の「ロ」は小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/511147

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伝統的なアイヌ文化と現代的なデザインのコラボレーション アウトドア用品展示 札幌市

2021-02-14 | アイヌ民族関連
UHB 2/13(土) 12:34

 伝統的なアイヌ文化と現代的なデザインのコラボレーションで製作したアウトドア用品の展示会が、札幌で開催されました。
 札幌駅前通地下歩行空間ではアイヌ文化を現代風にアレンジして製作したアウトドア用品を展示する催しが行われました。
 会場にはアウトドアチェアやランタンカバーなどが展示されました。
 この催しはアイヌ工芸品の振興を目的とする「アイヌ・プロダクツ・プロジェクト」の一環で、アイヌ工芸家と北海道内在住の工業デザイナーがタッグを組み、開発に取り組みました。 
 このほか会場では製作者のトークセッションの映像公開も行われました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d0e18790705c572d0972e013d6bf30639917081

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偉そうに差別を語る嫌な若い衆だった俺が――映画『アイヌモシㇼ』出演者に聞くアイヌへの思い

2021-02-14 | アイヌ民族関連
ヤフーニュース 2/13(土)
映画『アイヌモシㇼ』のメインキャストである秋辺デボさん(撮影/佐藤智子)
 阿寒湖のアイヌコタンを舞台に制作された映画『アイヌモシㇼ』。実際の住人たちが本人役で出演するという史上初のフィクションとして話題を呼んでいる。
 先住民族アイヌの伝統文化、今を生きるアイヌ住民たちのリアルな一面を描く作品は、トライベッカ映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、高い評価を受けている。劇中では、アイヌにとって最も重要な伝統儀式の一つ、イオマンテを取り上げ、カムイ(神)への感謝を忘れず、歌や踊りでまつる饗宴のシーンも。
福永壮志監督のインタビューに続き、脚本作りから全面協力した主要キャスト、秋辺デボさんに、アイヌコタンにて、話を聞いた。
「アイヌのことを広めてあげるよ」という人がいっぱい来るけれど
―― 映画の話はいつぐらいに来たんですか。
秋辺 4年前だったと思うな。
―― 最初、監督からどういうことを言われて。
秋辺 確か「アイヌのことを映画にしたい」と言ってきて、その時はまだ構想が固まっていない様子で、まず調査したいと。
―― 実際アイヌのことを物語にしたいとか映画にしたいという人は来たりするんですか。
秋辺 うん、ちょくちょくある。
―― そういう人たちは何が目的なんですか。アイヌのことをどういうふうにしたいということなんですか。
秋辺 広めてあげるよみたいな大変無礼な態度で来る人が多いね。
―― こっちが協力しますよみたいな感じで。
秋辺 うん。アイヌのことは知られていないから、私たちが写真を撮ってあげるよみたいな、報道してあげるよみたいな人が多くて、もうほとほと閉口していた。映画のこともあったりなかったりするんだけれども、不勉強な上に、大体勝手に構想を固めてくる人が多くて。そうなると、「いや、俺は無理だけど」と言って関わらないようにしていた。
―― 例えば、構想を固めてくるというのは、どういう話が多いんですか。
秋辺 大体差別。差別を描きたいという人が多いね。それで、差別から入るんなら、俺はお断りだから。
―― それはどうしてですか。
秋辺 俺が20代の時は、何でもかんでも差別から始まっていたのね。アイヌのこと、自分のことを語るんでも、表現するんでも、インタビューされても、差別からしか話が始まんないのよ。
―― それは実際自分の体験でということですか。
秋辺 うん、それも含めてね。もう子どもの頃からいじめとかはいっぱいあったから、人間自体が差別で出来上がっているから。
―― アイヌコタンに住まれていて、こんなに集落としてちゃんとしていても?
秋辺 だって和人集落とは関係ないもん。
アイヌのことを自分なりに勉強していくと、素晴らしいなと思ってきて
―― 今まで、結構インタビューを受けられていたんですか。
秋辺 うん。いろいろ自分なりに勉強をしていくと、アイヌって素晴らしいし、素敵だな、大好きだなってだんだん思ってくるんだけれども、ユーカラ座というのがアイヌコタンにあって、舞台で演劇を、それもアイヌの伝統の神話とかをやっているんだよね。神話だから、そこには一切差別はないわけよ。
―― 神話だから。
秋辺 アイヌが伝える神々の世界観がめちゃくちゃ素敵で。
―― 一言で言うと、何が素敵ですか。
秋辺 いや、やっぱり神々と人間の付き合い。いろんな物語があって、とても面白い冒険活劇なんですよ。
自身の経験も踏まえて、アイヌについて語る(撮影/佐藤智子)
―― やはり、アイヌはカムイ(神)なしには語れないですか。
秋辺 うん、もちろん。
―― カムイがない物語はないんですか。
秋辺 ない。生活がそうだし。それがあまりにも素敵な舞台で、物語も面白くて、その時、アイヌのよさって差別以外だよなって。差別というのは避けられないし、当然生きている人間世界で発生したことだけれども、アイヌが持っている素敵な価値観というのは、差別なしで語らなきゃダメだよねってその時思ったんだよね。
―― いくつぐらいの時に?
秋辺 23か24歳の時だな。
アイヌのよさって差別以外だよなって気づいて
―― 差別のことを話していた頃というのは、自分の体験を話していたんですか。
秋辺 そう。
―― 自分なりに勉強したというのはどういうことを。
秋辺 歴史さ。
―― どうやって歴史を勉強されたんですか。
秋辺 アイヌ協会って、昔はウタリ協会といったんだけれども、そこから出る刊行物とか。解放同盟経由でアイヌの話が出てきたりとか。
―― それは自分で取り寄せて?
秋辺 いや、活動家という人がいっぱいいて、人民解放戦線みたいな、アイヌ解放同盟とかもいて、そういう人たちが書いたものを持ってくるんだよね。昔、こんな事件があった、こんな意地悪があった、差別があったと、全部情報をくれるわけよ。そんなのばっかりを読んでいると、だんだんだんだん人間が偏っていって、差別を語らなきゃアイヌは語れないみたいな、俺は変なアイヌになっていったんだよね。
―― ちょっと戦う感じだったんですか。
秋辺 うん。それと、差別するほうが加害者、アイヌは被害者。被害者はふんぞり返って偉そうに「おまえ、加害者だろう」と言っていい。偉そうな気分になるわけよ。それから、アドレナリンがそういう時って出るんだろうと思うんだよ。それに酔っちゃっていたのね。
―― こんなことされた、つらかったんだという話じゃなくて。
秋辺 「つらかったから今跳ね返しているぞ、俺は」みたいな。すごく不健全な。
偉そうに差別を語る嫌な若い衆だった俺が
―― 20代の頃は、どっちかというと、怒リとか、訴える感じだったんですか。
秋辺 怒りまでもいかないんだけれども、偉そうに差別を語るきっと嫌な若い衆だよな。
―― その勉強は、どれくらいしたんですか。
秋辺 いや、そんなに専門書を読んでいたわけじゃないけれども。本がいっぱいあるんだよ、年に2~3冊読めばいいところで。
―― それを読んで、ユーカラ座に関わるようになったんですか。
秋辺 18歳の時から見てはいたんだけれども、24歳の時に主役をやらされたんだよね。俺はその頃、やせていて格好よかったから。若くてピチピチしていた。ジャニーズみたいな。
―― ピチピチしたジャニーズみたいで、いきなり主役をして。
秋辺 そう。その主役がイカしていて。
―― どんな話だったんですか。
秋辺 イオマンテの話で、クマの役よ。
―― クマが主役?
秋辺 うん。村の様子、イオマンテの様子が表現されていて、主役っていないんだけれども、一応イオマンテでもクマが主役だべやといって。「いや、俺は主役だ」と言い張っていたの、俺、悔しくて。え、クマかよと思って。
―― でも、カムイ(神)役だった。
秋辺 そう。
―― それをやるようになって、どう思ったんですか。
秋辺 民族というか、アイヌとしての生き様がそのまま生活文化だし、毎日みんなが語ることが哲学の基になっていたし、アイヌコタンはごく自然にそれが溶け込んでいる村だと気が付いたの。
―― それは舞台に出て分かったんですか。
秋辺 いや、違う。そもそも暮らしていて分かってきたこと。
神と人間の関わりをごく普通に語れる民族がアイヌだから
―― 舞台はアイヌコタンにあるシアターで公演されたんですか。
秋辺 違う。香港で。アジア芸術祭というところでやった。
―― いきなりですか。
秋辺 うん。
―― すごい。その時の観客の反応はどうだったんですか。
秋辺 ものすごくよかったよ。
―― 外国の人は理解できたんですか。
秋辺 普遍的なことを語っているから。人間同士のあつれきなんかやらないからさ。
―― 人間同士の話じゃなくて。
秋辺 神と人間の関わりみたいなものをごく普通に語れる民族がアイヌだから。
―― 香港の人はアイヌのことを分かっているんですか。
秋辺 知らないよ。
―― 普通の物語として見ていた?
秋辺 いや、知らなくても分からせるのが舞台だったり、映画だったり。それが芸術でしょう。
―― カッコいい。そうですね。
秋辺 そんなことは普通のことだから。シェイクスピアを見たからってイギリスが分かるわけじゃないでしょう。物語の世界が主役だから。オペラを見たからって、イタリアは分からんよね。それと同じ。
イオマンテの意味は
―― 以前、クマを育てていたそうですね。いつ頃ですか。
秋辺 子どもの頃よく世話していたもん。アイヌコタンは3軒に1軒はクマを店の前で飼っていた。
―― 店の前で。
秋辺 犬をつなぐようにつないで。
―― そのクマはクマ牧場みたいなところからもらってくるんですか。
秋辺 買ってきたり、ハンターが捕った子グマを飼ったり。
―― 本当の野生の?
秋辺 うん。でも、ツキノワグマが多かった。
―― ツキノワグマはその辺にいるんですか。
秋辺 いや、いない。本州から買ってくるのさ。飼いやすいのよ。
―― ツキノワグマが。
秋辺 あんまり大きくならないし。
―― ヒグマのほうが怖い?
秋辺 大変。すごいデカくなるし、言うこと聞かないし。
―― クマを、イオマンテに、という目的で飼って?
秋辺 いや、客寄せ。商売でみんな飼っていたのよ。でも、2歳まで飼って、小規模にイオマンテしていたよ。
―― 2歳というのは、どれくらいの大きさですか。
秋辺 土佐犬を太らせたぐらい。
―― イオマンテの意味を説明するとしたら、一言で何と言えばいいんですか。
秋辺 魂送りの儀式。
―― そのクマに神が宿っているという。
秋辺 いや、最初から神様。
―― その神様を、なぜ殺す必要があるんですか。
秋辺 肉体と魂を分けて、毛皮と肉をお土産に置いていけって。魂は返してやるぞといって盛大に葬式をするわけよ。
―― それで踊ったりとか。
秋辺 そう。
―― だから、クマというよりは、神様が宿っていたクマから神が抜けるということですよね。
秋辺 そう。魂が抜けて。天に帰るから盛大に見送りしてあげるわけよ。
―― 感謝ということですか。
秋辺 そう。感謝しかないよね。
―― その儀式を最後にやったのを見たのはいつなんですか。
秋辺 高校の時、40年以上前、アイヌコタンの広場でやっていた。
アイヌがブームになっているのは肌で感じる
―― イオマンテという儀式も含めて、アイヌの映画を撮りたいとか、いろいろやりたいという人がよく来るんですか。
秋辺 最近多かった。この10年ぐらい、ちょっとブームなんだよ。
―― アイヌが?
秋辺 この3年は特に。
―― それは観光客からも肌で感じる?
秋辺 うん。アイヌへの理解が深まっているし、興味を持つ人が多い。昔は、滅びゆく、北方の珍しい部族がいるぞみたいな感覚で聞いてきたり、興味を持つ変な人たちがいっぱいいたんだけど、最近はアニメの『ゴールデンカムイ』とかの影響があって、結構まともな質問と興味で来る人が増えている。
―― どれぐらいの年代の人が来るんですか。
秋辺 若い10代、20代もいるし、50代、60代も来るし。
―― 実際そういうちょっとブームじゃないけれども、みんなが来てくれるのはどういう気持ちですか。
秋辺 いや、警戒しているよ。
―― それはどういう意味で?
秋辺 やっぱり相手がまだよく分からんから。
―― わーっと言っているだけかもしれない。
秋辺 先にイメージを持って来ちゃうから。ちょっと違うよなとか思いながらも、あんまり雑にも扱えないし。かといって、一人一人を大事にしていたら、毎日十数人インタビューを受けなきゃいけないから面倒くさいのさ。
「この人は本気だな」と福永監督のことを思った
―― そういうのでお断りするような中で、福永監督は何が違ったんですか。
秋辺 しつこかった(笑)。
―― しつこい。熱意があった。
秋辺 うん。で、くじけなかった。「おまえ、もう来るな」とか言ったし。
―― 結構きつく言ったんですか。
秋辺 うん。暗いしさ。「なんだおまえ」って、「おまえの暗さは気が滅入る」とか言って、それでまた来るんだ(笑)。
―― それはどういうことで来られたんですか。
秋辺 アイヌのことを映画にしたいって。「イオマンテを映画にしたい」と言うなら最初から断っていたもん。
―― どうしてですか。
秋辺 できないもん。
―― 福永監督はどんなふうに説明されたんですか。
秋辺 知ったかぶりはしなかった。
―― やりたいけれども、何をやっていいかも分からないから教えてくださいみたいな?
秋辺 分からないからとは言わないね。
―― 何回も来られて、福永監督は他の人とは違うなと思った?
秋辺 他の人とは違うとは思わない。この人は本気なんだなと思った。
―― じゃあ、本気だって分かったから協力をしようと。
秋辺 仕方ないから。そこまで薄情じゃないし。
飲食店、土産物屋などが並ぶアイヌコタンは観光スポットとして有名(撮影/佐藤智子)
―― それで、過去の話やイオマンテの話をしたんですか。
秋辺 まあいろいろ聞かれれば言うし、映画にするなら、こういうエピソードはどうだ?って。とにかく俺はエピソード提供係だったの。映画って、350本ぐらいのエピソードを並べないと1本の映画にならん。
―― そうですね。
秋辺 エピソードの連続が映画だから。おはよう、こんにちは、ご飯いただきます、これで1個よ。その場面が続いて普通映画になるでしょう。だから、エピソードがたくさん必要だというのは知っていた。
―― それで、いろんなお話をされて。
秋辺 うん。
―― デボさんは、実際に演劇もされているし、お仕事も。
秋辺 木彫り屋。
―― 木彫りをされていて、その木彫りは、どなたから教えてもらったんですか。
秋辺 ほとんど独学。アートって教われないの。せいぜい教われるのは研ぎ方とか。例えば、カメラだったらカメラの使い方は教わるけれども、どんな写真を撮るかは教われないでしょう。自分で習得するしかないでしょう。
―― はい。
秋辺 初歩の初歩は習えても、あとは自分でつかまえるしかないでしょう。だって、内面のことだからね。こうすればいい、ああすればいいよというのはないから。それと同じで、木彫りでも舞台でもみんなそうなの。
アイヌコタンでは、みんなが伝統の踊りができる
―― アイヌコタンで映画を撮るというのは、福永監督は決めていたんでしょうね。
秋辺 うん。そんだけ動ける人と舞台心が分かっている人がそろっているところってどこにもないから。
―― やっぱりここは唯一無二のところなんですか。
秋辺 だと思う。
―― 今、ここに何人ぐらいの方が住まれているんですか。
秋辺 100人。
―― 何世帯ぐらい?
秋辺 30世帯かな。
―― 世代的には若い人も多いんですか。
秋辺 若い人は3世代目。俺で2世代目。
―― どの世代まで伝統の踊りができるんですか? 
秋辺 子どもから踊っているから。
―― じゃあ、ほとんどみんな、100人が踊れる。
秋辺 うん、みんなが踊れる。
―― 映画もやるとなったらすぐできる。みんな、伝統芸能を身につけているから。
秋辺 「伝統をそのまま映像にするからやって」と言ったら、みんなやるよ。ただし、演技を伴った何かをやれって、それはまた別の問題でしょう。
―― ちょっとそれは嫌だ、映画はやりたくないという人はいなかったんですか。
秋辺 いたんじゃない?
―― でも、ほとんどの人が出ている感じでしたね。
秋辺 いや、出ていない人もいるよ。100人も出ていないもん。
―― それはそうですね。ここにおられる方は、民芸店をやりながら、踊りもできて、二足のわらじ的な人が多いんですか。
秋辺 みんな三足のわらじだよ。
アイヌが中心で最初から作った映画はこれが初めて
―― 観光客の雰囲気も変わってきて、ブームみたいになって、アイヌのことは詳しく知らないけれど、アイヌの文様や木彫りの工芸品が好き、格好いいというので入ってくるのはどうですか。
秋辺 いいんじゃない。要するに、日本の文様でも、中国でも、カナダでも、みんな商品化されているよね。競争社会の中の評価をちゃんとかいくぐって生き残るレベルの高いデザインかという洗礼を受けないと。伝統でいいんだという甘えの中で今までやってきたんだけれども、それは保存する、残すという意味でね。その段階はもう過ぎたから、次はどう料理されるか、どう映画化するか、どのようにツアーになるか。アイヌが一緒にアイヌ文化を利用して、素敵なツアーを作れるかどうかというところの社会的な評価の中でもまれるべきだと思っている。
―― ただ、知ってほしい、伝統をつなげたいということじゃなくて。
秋辺 そんなのはつまんないよ。そんなのは博物館行きゃいいんだよ。
―― このアイヌコタンというのは、どの方に話を聞いても、新しいことに挑戦をするところだよっておっしゃっていました。
秋辺 みんなそうだよ。だって、商売しているから。お土産屋だから。
―― 映画を一緒に作って、住人が出るのは初めてなんですよね。
秋辺 渡辺謙さん主演の映画とかはあったよ。
―― 『許されざる者』。
秋辺 うん。周辺を埋めるためのアイヌの使われ方って昔からあったのよ。そうじゃなくて、最初からアイヌが中心で、アイヌと相談して、アイヌと一緒に脚本を作って、アイヌのプロデュースとかを受けながらちゃんと作ったのは、これが初めて。
―― 記念すべき作品ですね。
秋辺 うん。
―― それを、ここの住人の方が、例えば、デボさんが監督して、デボさんが作るんじゃなくて、他の人が作ったというのも意味があるんですか。
秋辺 俺は映画を作ったことはないから面倒くせえもん。そのうち慣れて、映画ってこうやって作るんだって分かったらやってみたい。俺、今、60歳だけど、人生最後の目標は映画を自分の脚本で作ることだよ。
長老の息子として生きてきて
―― デボさんのお父さんはすごい人なんですよね。
秋辺 すごい人だった。かなわない。
―― 長老みたいな。
秋辺 うん。実際、長老だし、個性派だったし、ダイナミックな人だし。ここはそういう先輩ばっかだったもん。
―― その息子としては、いろいろ教わることはあったんじゃないんですか。
秋辺 あったし、この村でアイヌだって顔を利かせて生きていくには、親の七光りが助かったね。
―― やっぱり長老の息子ってことで結構特別扱いされたり。
秋辺 うん。有利なところはいっぱいあった。
―― どんなところが有利なんですか。
秋辺 他の人だとしかられるようなことを、やんちゃをやっていても怒られなかったりさ。逆に「あいつならしょうがないな」とか「言いづらいな」とかはあったみたいよ。
―― 長老の息子だから。
秋辺 俺はそれに甘えた覚えはないけれども、気が付けば守られていたなとは思う。
―― でも、逆に長老の息子たるもの、ちゃんとしなければというのはあるでしょう。
秋辺 ない。
―― ない?
秋辺 俺はどうやっていい加減に生きようか、どうやって楽をしようか、そればっかりを考えて生きてきたから。
長老になる条件とは
―― この映画を通してデボさん的には何を伝えたいと思ったんですか。この映画の制作に協力して何が伝わったらいいなと思いました?
秋辺 ウソを並べて、真実が伝わればいいなと思った。
―― ほんとにリアルでドキュメンタリーかと思いました。
秋辺 うん。だけれども、映画なんだから作っているでしょう。
―― フィクションですよね。でも、しゃべっている言葉は、自分の言葉なんですよね。
秋辺 ほとんどがアドリブ。
―― すごいですね。
秋辺 だって、俺は台本どおり言えねえもん。
―― 主演の幹人くんに話す時の言葉や言い方がリアルで。
秋辺 俺の父親のイメージ。
―― ああいうふうに本当に自分も言われたんですか。
秋辺 優しい時はあんなふうな言い方なの。そのイメージを借りて、親父になりすまして俺はやっていたよ。実際の俺はあんなに優しくないんだ。親父は6年前に死んだけど。
―― じゃあ、お父さんが亡くなって、少ししてこの映画の話が来たんですかね。
秋辺 偶然ね。
―― もしお父さんがこの映画に出ていたら、どういう感じだったでしょうね。
秋辺 もっと長老をアピールする場面が増えたんじゃない(笑)。もっと映像に力が出るだろうし。「俺を格好よく撮れ。俺は格好いいだろう。俺を中心に撮れ」と言う。そういう人だもん。
―― 長老って、何をもってして、長老に決まるんですか。
秋辺 何となく。
―― 何となく?
秋辺 発言力、人間力、貫禄。一番大事なのは儀式をつかさどって仕切れるというところかな。だから、アイヌ語に堪能で、祝詞言葉が上手でも選ばれない人もいるよ。
―― それはみんなで、この人にと言って、決めるんですか。
秋辺 親父の時までは長老が跡取りを指名していたけれども、俺の時には、もうそんなのはなくて、合議制で、俺たちの先輩が集まって、「次は誰よ」「あいつだ、あいつだ」といって決まる。今は、俺はその決められた長老のサブ。
アイヌの伝統的な考え方が今、世の中の処方箋になっている
―― 20歳ぐらいの時は差別から始まっていたけれども、今だったら何を語りたいですか。
秋辺 みんなで幸せになろうだな。
―― 住人の皆さんに今回いろいろ話を聞いて、これだけアイヌがブームになったのは、やっぱり今の世の中にアイヌの考え方、例えば、自然と共生するとか、そういうのが合っているんじゃないかって、おっしゃっていたんですけれども、デボさんはどう思います?
秋辺 今、処方箋になると思われているよね。アイヌの伝統的な考え方がね。
―― 例えば、それは?
秋辺 自然との付き合い方とか。余分に木を切るなとか、山菜を取り過ぎないとか、そういう細かいことを入れれば。あと例えば、イオマンテをする気持ちとか。
「アイヌとしての誇りはあるけれど、ただの血だから。アイヌがすごいからって俺がすごいわけじゃないから」と(撮影/佐藤智子)
―― イオマンテをする気持ちはどういうふうに言えばいいですか。
秋辺 やっぱり命に対して感謝して、命によって人間は支えられているということと、大事に育てて泣きながら殺すということの心の重さを伴った儀式をやれる。要するに、牛や豚を生産物として育てて殺すということとは全く違う次元にアイヌがいて、尊敬を持って殺すということ。ほふるということ。
―― 尊敬を持って。
秋辺 そこに悲しみがちゃんと伴っているよということを理解した上で、そこを深く掘り下げた感性で生きている。その感覚をちゃんと持っている、考え方を保持しているというところが、現代社会に必要になるんじゃないかな。単純に感謝じゃ済まない。
―― やっぱり育てたクマじゃないとダメなんですか。
秋辺 意味ないね。俺が山で突然クマと会って、撃ったのは、イオマンテと言わないもん。それはまた別の儀式とやり方がある。
―― すごくかわいがって育てたクマを殺すことに意味がある。
秋辺 と俺は思うよ。
成熟したアイヌじゃないと儀式はできない
―― その儀式、イオマンテを復活させたいと思われているんですよね。
秋辺 誰かが復活させてくれればいいなと思っている。
―― 自分から率先しては?
秋辺 10年前に挫折したから。
―― 自分としてはちょっと無理な感じですか。
秋辺 無理じゃないけれども、10年前にできなかったということは、他の神々カムイたちに「おまえがやれよ、おまえの役割だぞ」とは思われていないなって、その時分かったの。だから、無理してやると、それこそ日本語で言えば、罰が当たる。要するに俺が主催だと実力も伴っていないし、人望も伴っていない。そんな中でクマを送るということは、そのクマの儀式が、軽くなっちゃうでしょう。そういう成熟したアイヌになっていないから、カムイが許さなかったんだべなと思い当たったから。
―― すごく深い話。イオマンテは、どうなればできると思います?
秋辺 人望、知識、アイヌ語の能力、統率力。まあいろんなものが総合的に伴っていないと儀式はできない。
―― 1人でもダメと言ったら、できないものなんですか。
秋辺 いや、そんなことはないけれども。
―― ないけれども。
秋辺 7割、8割が賛成しないとイオマンテはできないよ。
―― 10年前にできなかったのは、やっぱりかわいそうというか、どうしても殺せなかったということですか。
秋辺 いや、無理してやろうとも思っていなかった。俺はクマを飼って、みんなにチビというのをお披露目していて、賛成してくれると思っていたの。アイヌ文化の大事なところだから。それが、ほとんどみんなが反対だった時には、逆にびっくりして、文化とか伝統と言うべきじゃないと思ったの。もっとみんな感情的な深いところを感じてやったから反対している。経験があるから反対している。ということは、昔はそういう感情があってもやらざるを得ない状況があったんだろうと思う。でも、今は昭和、平成と来て、令和。必要性がないと無理もできない。文化という軽い言葉でクマを殺すべきでないとその時に気が付いた。
―― 人を説得してまでするべきではないと。
秋辺 賛同されて初めてやれることであって、きれい事で文化を伝承する、伝統ですなんて、そんな言葉ではやっちゃいけないことだと俺は思ったんだ。たかが文化じゃない。
―― 確かに。イオマンテというのは、アイヌの中ではどういうことなんですか。
秋辺 集大成。コアな部分。だから、それをやらないとアイヌとして生きていけないというか、本質的なものはつかまえていない自分がいるんだよね。
―― それは踊りとかじゃダメなんですね。
秋辺 間に合わないよ。クマの命を取り扱って初めて、だと思うよ。
同じ人間っていないもん
―― 今、そして、今後、アイヌとか日本人とかじゃなくて、もうみんな同じ人間としてやっていくのか、それともアイヌという民族の個性を生かしていくのか。どうですか。
秋辺 同じ人間っていないもん。
―― みんな個性があって別々で。
秋辺 うん。
―― でも、やっぱり自分の中にアイヌという民族の誇り高きものがあります?
秋辺 誇りは高くないけれども、アイヌしかやったことがない。映画に出てもアイヌ。歌ってもアイヌ。
―― 何が違うと思います?
秋辺 キャラじゃないかな。アイヌというキャラから抜け出られないんだよね。
―― アイヌのキャラってどんなこと?
秋辺 (自分を指差して)こんな感じ。映画の感じ。
―― キャラ濃いですね(笑)。言われます?
秋辺 あの映画を見て初めて気が付いた、本当。濃くて嫌だったな。
―― 自分が嫌だった?
秋辺 うん。もっとさわやかなやつだと思っていたもん。全然違う。
―― 映画を見たら、強いというか、たくましい感じがすごくしました。
秋辺 あれは映画の中の俺だよ。本当の俺って酔っぱらっているのが俺なの。
―― そうなんですか(笑)。
秋辺 だらしがなくてさ。
―― お父さんから「これはアイヌとして大事にしなさい」って口を酸っぱくして言われたこととかはあります?
秋辺 キャッチコピーみたいなのはなかったね。でも、至るところにそういうのがあったよね。
試写とは違って、完成した映画を観た時は感動して泣いた
―― この映画ができて、いつ見られたんですか。
秋辺 2019年に試写会を集会所でやったんだ。その時、「つまんない映画だな」と言ったの。
―― 監督に?
秋辺 うん。だけど、2020年になって、完成した映画を、渋谷の映画館で見た時は、俺は感動して泣いていたもん。
―― それは何の差だったんですか。
秋辺 やっぱり撮って編集が終わってできましたという時の映像は、あの時ああだった、こうだったという。
―― 反省みたいな。
秋辺 撮影の時の苦労話とか、そんなことばっかりが思い付いて、映画として見ていないんだよね。
―― 一緒に映画を作っていたから。
秋辺 うん。それが、すっかり忘れて、この映画って何だったっけ、ぐらい忘れていて、これを見た時に、おお、いい映画じゃんと思って。
―― それは監督に伝えました?
秋辺 言ったよ。監督は、「つまんない映画を作りやがって」って俺に言われて気にしてたんだよ。2年もたってから公開になって、「いや、いい映画だったな」と言ったら、すごく喜んでいた。
―― しかもトライベッカ映画祭の審査員特別賞も取って。
秋辺 渋谷で見る前に賞を取ったと聞いた時に、何がよくて賞をくれたのよと思っていて(笑)。俺は映画として見ていないんだよね。
―― 映画として見た時、何が一番感動したんですか。
秋辺 いや、クマのチビが死んじゃうから泣いたのよ。もう身に染みて。あんなかわいい生き物を殺すなんて、なんてひどいやつだと思って映画を見ていたよ。うちは今、犬を飼っているし。ゴールデンレトリバーのでっかいの。
―― 犬とダブってしまった。
秋辺 ダブるしね。若い時よりずっと生き死にに対する気持ちが強くなったよね。若い頃なんか、犬が死のうが猫が死のうが、泣くなんてことはあり得なかった。だんだん弱くなってきてね。
「日本語、お上手ですね」なんてしょっちゅう言われるよ
―― この映画の制作に協力した経験はよかったですか。
秋辺 よかった。
―― 何か変わりました?
秋辺 変わんない。余計なインタビューが増えた(笑)。
―― 本当に余計(笑)? そうですか?
秋辺 うん。あんたみたいな真面目な人もいれば、行きずりで会いたいという人もいるし。
―― そうなんですか。
秋辺 それこそ興味本位。
―― 私は本当に引き寄せられるように、公開日の翌日に映画を見に行って。
秋辺 ありがとね。
―― なんか本物を見たような気がしましたよ。ドキュメンタリーのような。
秋辺 俺もそんな気はしたよ。映画を見て、そのままだなみたいな。
―― 観光客が「日本語をよくしゃべれますね」みたいに言うシーンありますよね。
秋辺 あれはもうしょっちゅう言われている。もっとひどいのは、「いっぺんに何人子どもを生むんですか」とか「どんなところに住んでいるんですか」という。なんか洞穴にでもいるんでないかと思っているみたいな人もいたよ。
―― え? それは、今の話? 
秋辺 いや、10年ぐらい前までいっぱいいた。
―― 最近はいないでしょう。
秋辺 最近は「アイヌの人はどこにいるんですか」って俺に聞く人がいるから。
―― そういう時はどう答えるんですか。
秋辺 「知床のほうに行ったら野生のアイヌがいるらしいよ。行ってごらん」と言う。
―― そしたら、観光客は何と言います?
秋辺 「はい、分かりました」って行くんだよ。「世界遺産になったからね」と言ったら、「そうですね」って、納得していくんだ。
―― そうなんですか。雪男じゃないんだけれども。
秋辺 うん。まだそんなもんですよ。
―― そういう時に、「そうじゃないよ」とは言わないんですか。
秋辺 そんなこと、いちいち毎日商売やっていて相手にしたらこっちが疲れるさ。からかって遊んでちゃかしていたほうが面白いよ。映画にもあったけど、「いや、日本語が上手ですね」と言われたから、「苦労して覚えたんですよ」って言う、あのセリフ。あれは実際に言われた実話だから。「何年ぐらいいるんですか」と聞くから「かれこれ60年だね」と言ったら、「あら、若く見えるね」とか言われて。だから、生まれた時からいるという意味を言っているんだけれども、どっかの国から来た人だと俺を見て思っているの。まあそれはそれでいいのさ。
―― なんか誤解だったり、失礼なことを言われて、「ちょっと違うよ」とは言わないんですね。
秋辺 若い時は言っていたけれども、面倒くさいじゃん。「血液型は何ですか」って聞かれたから、「いや、アイヌに血液型はないんですよ」と言ったら、「はい、知っています」と言われたこともある。
―― えー、ちょっと。
秋辺 「へえ、知っているの?」と言ったりしてね(笑)。
アイヌの説明を俺にする人もいる
―― 真面目に勉強して来る人もいるわけですよね。それもまた面倒くさい?
秋辺 そういうのもまたな。ああだった、こうだったってなんか歴史を語り始めたり、俺に聞く前にアイヌの説明を俺にし始めるわけよ。アイヌってこうですよね、ああですよね。おまえ、誰に向かって言っているんだよって(笑)。
―― この映画を観たと言って来る人はどういう話をするんですか。
秋辺 映画の中の俺がそのまんまだというのを期待して来るよね。それは迷惑なわけよ。あくまで映画だから。だけど、映画の中で、「気を付けろよ。デボはホラを吹くからな」と言っている。あれが本当の話。ほとんどホラで出来上がっているから(笑)。
―― 住んでいる阿寒のアイヌコタンで、本名も顔もそのまんま出ているから。逆に言えば、逃げも隠れもできないじゃないですか。
秋辺 だって、こんなに流行ると思っていなかったもん(笑)。ぽしゃると思っていたから。
―― 今、全国公開でロングランになっているから、そのうちまた人が来ると思いますが、どうします? 
秋辺 なるべく家から出ないように(笑)。
―― でも、そうやっていろんな人が興味を持ってくれる分にはいいんですよね。
秋辺 そういう人は喫茶店やお店に来ればいいんだよ。うちには来ないでほしい(笑)。
でも、おかげさんで、少しうちの木彫りのものも売れたよ。訪ねてきたお客さんで、「デボさんが作ったものはどれですか」と聞いてくれてね。
世界中にいる先住民族のスピリットとは
―― 話は変わるんですけれども、興味があって、縄文人のことを調べていたら、アイヌの考え方にすごく似ているなあと思ったんです。一つの説として、縄文人というのはすごくコミュニティを大切にしていて、自然をすごく大事にして、その恩恵、食べ物なんかをみんなで分け合うんですね。自分だけがいいようにするんじゃなくて。弥生時代になったら、貧富の差が起きたんですよ。こっちの田んぼで豊作になって、こっちが何かあっても分けないというか。縄文スピリットという、みんなで仲良くコミュニティを作るという考え方が、アイヌの先祖じゃないのかともいわれているんですよ。
秋辺 ほぼ間違いないと思うけれども。弥生人は稲作を始めて。その前の縄文時代、米とか麦を栽培しない時はどうだったのといったら、アイヌと一緒でしょう。
―― そうですね。だから、アイヌは、日本人の祖先だとも思える。
秋辺 いやだから「私たちの祖先もそうでしたよ」って言っていいんだよ。たまたまアイヌが近現代までその暮らしをやっていたというところに価値があって。
―― そうなんです。
秋辺 見方を変えると、ずっと遅れたままでよかったねということなの。
―― だから1万年前の伝統的な考え方を継承している、そういうことなのかなあと。
秋辺 それが世界中にいる先住民族なんですよ。
今、アイヌの考え方、暮らし方が注目されている(撮影/佐藤智子)
―― 今、先住民族が、すごくもてはやされているというか、注目、尊敬されているでしょう。それはどう思います?
秋辺 定住して、米とか穀物を育てて、それが財産となり、貨幣になるでしょう。だから、貨幣価値を持たなかった人々の価値観がやっぱりよかったんだってみんなが気が付き出したということだけであって、別にすごいことでもなければ、全人類がそうだった。そこに早く貨幣価値に行っちゃった人と、つい最近まで貨幣価値に移行しなかった人たちが混在していた地球というのは面白いねというところで。
―― それが、今、こういう世の中になって、お金を持っているとか土地があるとか、そういうの関係なく、みんな全人類が同じ問題に直面しているわけじゃないですか。そういう時に自然からちゃんと学んでいるほうが強いなと思うんですよ。
秋辺 きっとそれはあるよね。そして、その方がきっと楽しいと思うんだよね。
https://news.yahoo.co.jp/byline/satoutomoko/20210213-00222377/

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Netflix「アンという名の少女」:「好奇心にあふれ偏見がないのは、勇敢さの証しよ」―アンは闘う少女だ

2021-02-14 | 先住民族関連
ニッポンコム 2021.02.13

多くの人の心にすんでいる『赤毛のアン』。これまで映像化されてきた「アン」とはひと味もふた味も違うのが、NetflixとカナダCBCの共同製作によるオリジナルドラマ『アンという名の少女』だ。全世界で配信中の3シーズン27話で描かれるアンの世界は、とても魅力的で刺激的である。
原作を暗い色調のドラマに転換
原作はL・M・モンゴメリの『赤毛のアン』。その舞台は19世紀の終盤、カナダ・プリンスエドワード島のアボンリー村。孤児院から男の子を養子に迎えるつもりのマシューとマリラという兄妹のもとに、手違いで赤毛の少女・アンがやって来る。アンは兄妹に引き取られ、健やかに成長していく。映画やアニメにもなっており、日本でもなじみ深い物語だ。
『アンという名の少女』の製作総指揮はモイラ・ウォリー=ベケット。原題は『Anne with an “E”』。〝E〟の付いたアン。つづりの〝E〟にこだわるのはアン自身で、「ANNではひどく見えるけど、ANNEにすると見違えて上品だわ」(松本侑子訳『赤毛のアン』文春文庫)と言っている。アンが養女になり、大学に進むまでを描くドラマだ。
始まりは、原作の世界そのままだ。アン(エイミーベス・マクナルティ)は想像力にあふれ、おしゃべりで、うぬぼれやで、愛されることを知らない娘。痛々しいほどにかわいい。マシュー(R・H・トムソン)もマリラ(ジェラルディン・ジェームズ)もイメージ通りで、視聴者の期待を裏切らないだろう。
だが、ドラマの色調は決して明るくはない。アンは、時折、孤児院などでのつらい暮らしがフラッシュバックし、身動きが取れなくなる。秋から冬のシーンが多く、美しい風景に注ぐ日の光は弱い。どこか心を凍らせる。映画やアニメの世界になじんだ人は、その暗さに驚くはずだ。
よく考えてみれば、〝本当は、こうだったんじゃないか〟というシーンばかりだ。小さな村の共同体が、突如現れた異質なもの(アン)を簡単に受け入れるとは思えない。
「(孤児を引き取ったら)家に火を付けられる」と言われ、「汚い」と学校でもいじめられる。よそ者には冷たい。そんなアンが周囲に受け入れられるきっかけになるのがクラスメートの家の火事だとは、なんとも皮肉である。孤児院での消火訓練のおかげで、アンは大活躍するのだ。
現代的なテーマを追求
登場人物のキャラクターや設定も、ひとひねりされている。
級友のギルバートは父を病気で失い、独りきりになってしまう。そして村を離れ、蒸気船で働きながら旅をするという展開だ。さらに、船で知り合った黒人のバッシュを友人として伴い、帰郷する。
マシューとマリラが、なぜ生涯独身だったのかも描かれる。
また、アンの腹心の友・ダイアナの大叔母、ジョゼフィーンの存在も重要だ。原作では独身とあるだけだが、ドラマでは同性のパートナーがいた設定で、アンに大きな影響を与える。
ほかにも、新たな事件や出来事に合わせてオリジナルのキャラクターが登場する。シーズン2では村を揺るがす事件も勃発、ドキドキ感が止まらない。
このドラマは、ジェンダー(社会的・文化的につくられる性差)やLGBT(セクシャルマイノリティの総称)、いじめ、フランス系住民や黒人への差別、先住民族への迫害など、現代的テーマを追求しているのが大きな特徴だ。原作のエピソードから何を選択し、オリジナルの展開のどこに配するかも注意深く考えられているようだ。とても大胆な作りだが説得力があり、もしモンゴメリが現代を生きていたら、『赤毛のアン』は、きっとこのドラマのような物語になっていたかもしれない、と思わせる。
自在で説得力のある物語
シーズン3に入ると、アンやダイアナたちがさらに生き生きと自在に動き始め、ますます話は広がっていく。春や夏のシーンが増え、青春の輝きが画面からあふれてくる。中でも、アンと先住民族・ミクマク族の娘、カクウェットとの出会いが印象的だ。
カクウェットはアンを評して「好奇心にあふれ偏見がないのは、勇敢さの証しよ」と言う。ここが、このドラマの核心部分ではないだろうか。アンはフェミニストであり、偏見を持つ者に勇敢に立ち向かう。アンは闘う少女なのだ。そして、ギルバートやマシュー、マリラも(程度の差はあれ)同様に広い心を持ち、アンの闘いの理解者であることが示される。
ドラマは自由自在に空を駆けめぐり、ハラハラさせ、そして最後はストンと原作の世界に戻ってくる。原作にはない話なのに、やはりアンの物語なのだ。あまりの違いに失望どころか、「よくぞ」「あっぱれ」の賛辞を送りたくなる。
少女だったころはアンにばかり目がいった。だが、年を経るにつれ、マリラへの共感が湧いてくる。このドラマでいっそう、その思いは強くなった。アンを迎えたことで、孤独で止まったままの時間が動きはじめ、不器用ながらもアンへの愛情を育て、それを表現するすべを手に入れていく。マリラの成熟の物語でもあることは明らかで、大人にこそ見てほしいものになっている。
『アンという名の少女』はシーズン3での終了が発表された。カクウェットのエピソードなど中途半端なものもある。打ち切りの理由が何であれ、この先、アンがどういう道を選ぶのかを見られないのは、残念で仕方がない。
バナー写真:Netflix『アンという名の少女』シーズン2
Netflixオリジナルシリーズ『アンという名の少女』シーズン1~3独占配信中
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c084003/

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迫力満点のプロジェクションマッピング、北海道留寿都村で「KAMORI WONDER LIGHTS」が開催中

2021-02-14 | アイヌ民族関連
ウォーカープラス 2021/02/13 09:00
北海道虻田郡留寿都村(あぶたぐんるすつむら)のルスツリゾートホテル&コンベンションで、巨大なプロジェクションマッピングを楽しめる「KAMORI WONDER LIGHTS」が4月3日(土)まで開催中。
ルスツリゾートホテル&コンベンションは、遊園地とスキー場直結の、オールシーズンで楽しめる総合リゾート。夏は遊園地やプール、アウトドアアクティビティなど、冬はスキーをはじめとするウィンターレジャーを楽しめる。
「KAMORI WONDER LIGHTS」は、50メートル×13メートルの巨大なガラスに投影する、アイヌの物語と北海道の自然をモチーフにしたプロジェクションマッピング。屋外・屋内のどちらからでも見ることができ、屋外では迫力のパノラマ映像が、屋内では幻想的な映像空間が広がる。
また、同じ期間内に全長300メートルの光の散歩道「スターダストアベニュー」も登場。約25万球の光り輝くイルミネーションと光のオブジェが散歩道を彩る。
夜のリゾートを存分に楽しめる「KAMORI WONDER LIGHTS」を見に行こう。
■新型コロナウイルス感染拡大予防対策
【屋内・屋外区分】
屋内、屋外
【スタッフ対策】
手洗い・うがい・手指消毒/マスク・フェイスシールド着用/定期検温・体調管理の徹底/距離を意識した接客
【施設・会場内の対策】
窓口等に飛沫防止パーティション設置/キャッシュレス対応/定期的な換気/共有部分の定期的な消毒/消毒液設置
【来場者へのお願い】
三密回避/体調不良時・濃厚接触者の来場自粛/咳エチケット/入場時の手指消毒・検温/マスク着用/混雑時の入場制限
【その他】
※取材時点の情報です。新型コロナウイルス感染拡大予防対策・その他の最新情報は、公式サイト等でご確認ください。
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。
https://news.goo.ne.jp/article/walkerplus/region/walkerplus-1017516.html

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“足掻く”ことから新しいものが生まれる──坂本龍一 × 黒沢 清

2021-02-14 | 先住民族関連
GQ 2/13(土)
世界の映画界で活躍するふたりが、「後世にのこしたい日本映画」について語り合う。
“戦メリ”撮影秘話
黒沢 後世にのこしたい映画と言われても、どこからどう選べばいいかと戸惑いました。でも昨年から大島渚賞の審査員を坂本さんとやらせていただいているご縁もあるので、まずは大島渚作品から選びたいと思いました。好きな作品はたくさんあるんですが、やっぱり坂本さんも出演されている『戦場のメリークリスマス』を挙げるべきかな、と。
坂本 アラばかりの映画ですけどね。そのほとんどは僕が原因なんですが(笑)。
黒沢 いや、あらためて見直して、紛れもない傑作だなと思いました。奇妙な映画であることは間違いない。でも言葉では言いあらわせない魅力にあふれている。坂本さんだけでなく、デヴィッド・ボウイや北野武さんというプロの俳優ではない人たちをキャスティングして、プロでも難しいような役を演じさせている。でもそれが見事に成立している。現場ではどんな演技指導があったんですか?
坂本 ぜんぜんなかったですね。大島監督はプロの俳優以外はまったく怒らない。その代わりプロは怒られていましたね。「演技をするな!」「お前の臭い演技なんか見たくない!」などと怒鳴っていました。でも僕らにはなんにも言わないんですよ。
黒沢 そのほうがむしろプレッシャーですよね。あの映画がすごいのは、演技のプロではない人間の、その人そのままの“生”を撮るわけでもなく、あくまでもフィクションの人物を演じさせているところを撮っている。人間の肉体と声の個性は、どんな演技力をも上回るという映画的真実を見せつけられました。
坂本 音楽もそうだったんです。選ぶのは俺の仕事、そこからはお前の仕事、という思いきり。『戦メリ』は、僕にとって初めての映画音楽で、どう作っていいかわからなかったんです。それでプロデューサーに何か一つ参考にすべき映画を尋ねたら『市民ケーン』(1941)だと。それで観ましたが、僕にはおもしろくなかった。なので、こんな感じかなと勝手にやってみました。結果的に大島監督は、それをほぼそのまま採用してくれました。
黒沢 メインテーマだけでなく、それ以外の音楽も驚くほど凝っていますよね。
坂本 僕が作ったまま使ってくれている。それで映画音楽はいいものだな、自分のやりたいようにできるじゃないか、と。ところが2作目以降は、どんな監督とやってもダメ出し、やり直しばかり(笑)。毎回、映画音楽をやるたびに、もうこれで最後にしようと思いながらやっています。
黒沢 あの映画はオールロケですよね。
坂本 そうですね。ニュージーランドの、地図にも載っていないような小さな島で1カ月ちょっと撮影しました。おもしろいことがたくさんありましたよ。7カ国からキャストやスタッフが集まって、海外から資金を集めて、大島監督にとっても大いに楽しい撮影だったと思います。
黒沢 あんな贅沢な撮影はいまできないですよ。大島監督は『日本の夜と霧』(1960)など初期の作品はぜんぶセットで撮っているんです。作品作りの基本が贅沢。こう撮りたい、撮ろうという欲望があふれていて、俳優とスタッフの力量にすべて委ねている。僕らの世代では発想もできないことをやっています。
坂本 『日本の夜と霧』は、照明がすごく凝っていますね。舞台作品のよう。
映画にしかできない表現をもとめて
黒沢 坂本さんが今回挙げている小津の『秋刀魚の味』もほとんどセットで撮っていると思います。撮影所がそれだけの資金、力を持っていたんですね。いまならセット代だけで予算が吹き飛んでしまいます。
坂本 僕も「後世にのこしたい映画」については悩んだんですが、結局好き嫌いだけで選びました。小津も黒澤も溝口も成瀬も、好きな映画ばかりなんですが、あえて選ぶならこれかなと。『秋刀魚の味』は、バーで軍艦行進曲が流れるなか、岸田今日子が海軍式の敬礼をするシーンは忘れられません。
黒沢 あれこそセットならではの照明でしょうね。楽しげなシーンなのに暗くて不気味。加東大介なんか、まるで戦場から兵隊が舞い戻ったような薄気味悪さがある。
坂本 柄谷行人さんが「小津映画は盆暮れに女子どもが観る映画」だと言っていて、まさに当時はそういうふうに観られていたと思うんですが、実はアートをひそかにやっている。『秋刀魚の味』は遺作ですが、それまでほとんど戦争について直截に表現することのなかった小津が唯一「敗けてよかったんだよ」という台詞を入れている映画でもありますね。
黒沢 坂本さんが選んだ映画のなかで、『秋刀魚の味』は小津の遺作ですし、『デルス・ウザーラ』も黒澤の後期の作品です。初期の荒々しさより、後期の完成度の高い作品を評価していらっしゃるんですか?
坂本 いや、完成度というか、単に好き嫌いで選びました。『デルス・ウザーラ』は、狩猟採集民である先住民の男と、文明からやってきた軍人の、世界観や自然観の違いをいきいきと映画にしていて、すごく今日的な問題意識を感じさせる映画です。映画のパワーみたいなことでいえば、『羅生門』(1950)とか『七人の侍』(1954)とかのほうがあるんでしょうけど、僕はそのあたりの黒澤作品に描かれているヒューマニズムとか人間愛みたいなものがちょっと苦手で。映画としてはすごいけど、思想がちょっと苦手。その点、『デルス・ウザーラ』に表現されている自然観、思想はとても共感できる。原作は戦前から読んでいたらしいですし、その後に撮った『夢』(1990)にも同じような思想を感じる。黒澤のベースにはああいう思想があったのかもしれませんね。
黒沢 実は僕も黒澤作品は後期のほうが好きなんです。『七人の侍』とか『用心棒』(1961)は確かにおもしろいんだけど、商業的な成功を狙ったのか、少し無理をしている感じがしてしまう。でも『デルス・ウザーラ』とか、遺作の『まあだだよ』(1993)とかを観ると、いわゆるヒューマニズムとか商業的娯楽性とか関係なく、ただ右往左往する人たちを撮っている。
坂本 僕は『デルス・ウザーラ』の集団の動きが好きなんですよ、『デルス・ウザーラ』に限らないけど。シベリアの吹雪のなかで撮影したのでみんな大変だったと思いますけど。
黒沢 でもあれこそ映画でしかできない表現だと思います。さすがの選択だなと思いました。
キーワードは“1983年”
坂本 僕も黒沢監督が選んだ作品を事前に観てみたんですよ。でも『ションベン・ライダー』だけはぜんぜん理解できなくて……。
黒沢 すみません! そうだと思います(笑)。実は『戦メリ』を選んだあと、1983年の作品なんだとわかり、それなら同じ年の相米慎二監督の『ションベン・ライダー』も挙げたいな、と。あの映画に特別な意味は多分ありません。ストーリーはあるし、難解というわけでもないのに、映画を観ながら、「なにやってんだ、こいつらは」と、唖然としてしまうのではないでしょうか。でもそこにこそ、当時の若者たちの葛藤がある。戦後の監督たちのような反戦意識もなければ、70年代の学生運動を経験しているわけでもない。どこにも根っこを見出せない世代が、懸命になにかをしようと試行錯誤している。僕はこの83年に商業映画デビューしているんですが、こんなに無意味でわけがわからなくても映画として成立するんだということに希望をもらったんです。
坂本 じゃあ、意味がないと感じてよかったんですね。ちょっと悩んでいたからホッとしました(笑)。
黒沢 あの当時、意味や意義から抜け出した、言ってみれば映画の原理だけで作動しているような作品こそが若い映画作家たちの希望でした。でもいまデジタルの時代になってみると、相米慎二が商業映画で試みていた無意味で過酷な肉体の運動のようなことをYouTubeでやっている人たちがいるんですよ。商業映画のキャストやスタッフが必死でやっていたことを簡単に観られる時代になったんだな、と感慨深いものがあります。
坂本 いまなら、いろんな意味で問題になりそうなシーンがたくさんありますよね。
黒沢 俳優を橋から川に飛び込ませたりしていますからね。いまなら絶対、スタントマンを使います。ほかにも無茶なシーンがたくさんある。でもそういうナンセンスな演出の裏に、相米慎二の葛藤があったのかな、と。巨匠たちのような意味もない。かといって森田芳光のようなセンスもない。『家族ゲーム』も同じ83年ですからね。意味もセンスもないなら、とにかくドタバタと足掻くしかない。元々映画はそんなものだったのではないかと。
坂本 『家族ゲーム』は公開当時も観ていましたが、今回あらためて観て、おもしろい映画だなと思いました。編集の切れ味が鋭く、カメラの動きが奇妙で、音の使い方も不思議。全編不条理劇なんだけど、小気味いいスピード感で最後まで楽しめる。森田監督という人は、すごい人だったんだな。
黒沢 あの映画は80年代を代表する日本映画だと思います。意味を失った時代に森田芳光が見出したのが記号性。松田優作の家庭教師も伊丹十三の父親も由紀さおりの母親も、まるで記号のような人物で、現実に生きている人間とは思えない。でも、それを生の俳優が演じると舞台劇のような存在感が立ち込めて、絶対ウラになにか意味があるはずと思わせるんだけど、たぶん無意味なんです。その巧妙さが森田芳光のセンス。森田芳光も相米慎二も、撮影所が力を持っていた時代を知る最後の世代。まだ監督のわがままが許された時代だったんでしょう。今では、記号でも運動でも何でもいいから、とにかく観客を感動させなければ商品として成立しません。
『ションベン・ライダー』に見出す希望
坂本 音楽業界でもかつて指揮者は独裁者だったんです。でもグローバル化、民主化が進んで、最近は調整役的な指揮者が求められるようになってきました。映画業界も同じような感じですか?
黒沢 それはありますね。監督は別に偉い人ではなく、あくまでもスタッフのひとり。自分の意思や意向を通すのも、許された範囲に限られます。まあでも、そんな時代だからこそ特別なカリスマ性も教養もない僕のような人間が監督をやっていられるのでしょう。俳優もスタッフたちも僕が自信なさそうに口にするお願いを、文句も言わず実行してくれます。本当に優しい人たちです。昔だったら、指導力のない監督は俳優やスタッフに完全に馬鹿にされていたでしょうね。
坂本 『戦メリ』のスタッフもクレージーな人ばかりでしたよ。美術監督はコンクリートを打って広大なセットを作り、小道具のお爺さんは画面に映らないお守りをわざわざ広島の神社までもらいに行く。執着というより、それが当たり前のようにやっていたんでしょう。そもそも大島監督が自宅を抵当に入れてまで作った映画です。ヒットしなかったら無一文になる覚悟を持っていた。
黒沢 いま、そこまでの覚悟でやっている監督もいないでしょうし、その責任も負わせてもらえない。でもそんな時代だからこそ、『ションベン・ライダー』の無謀さに希望、勇気をもらえるんです。なにもない。でもとにかく無謀に前進する。そこからしか新しいものは生まれないんじゃないかと思っています。
坂本 そうやって足掻いていればいつか新しいものが生まれ、日本映画がおもしろいという時代がまたやってくるかもしれませんね。
Sakamoto's select
『デルス・ウザーラ』
1975年公開、監督:黒澤明、主演:ユーリー・ソローミン。アカデミー賞外国語映画賞受賞。シベリアで1年以上におよぶ過酷なロケを敢行した、黒澤作品らしい迫力ある映像美にあふれる1本。「都会からやってきた軍人と先住民族の猟師の2人の異なる世界観、自然観の対比がおもしろい。いまこの時代に、もっとも大事なことを伝えてくれる映画だと思います」(坂本)。
『秋刀魚の味』
1962年公開、監督:小津安二郎、主演:笠智衆。初老の父と娘をめぐる小津らしいテーマを軸とした遺作。「それまでの作品でまったく戦争について直截的に触れてこなかった小津ですが、唯一この作品では『敗けてよかったんだよ』というセリフを使っているのが印象的です」(坂本)。娘を演じた若き日の岩下志麻、バーのママを演じた岸田今日子など豪華女優陣の溌剌とした演技もみどころ。
『銀座化粧』
1951年公開、監督:成瀬巳喜男、主演:田中絹代。銀座の街で女給として働く雪子の刹那の恋を描く、女性映画の名手といわれた成瀬の代表作のひとつ。「この映画の舞台である銀座の新富町に音楽スタジオがあって、80年代毎日のように通っていた。街は様変わりしてしまったが、50年代の銀座と80年代の銀座の風景を重ねあわせて郷愁にひたることができます」(坂本)。
Ryuichi Sakamoto
坂本龍一 1952年生まれ、東京都出身。1978年にYMOを結成、世界的に爆発的人気となる。YMO“散開“”後は、ソロミュージシャン、作曲家としても活躍。1987年の『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞を受賞。現在はNYを拠点に、音楽制作を行いながら、社会的活動も積極的に行う。
Kurosawa's select
『戦場のメリークリスマス』
1983年公開、監督:大島渚、主演:デヴィッド・ボウイ。戦時下ジャワ島にあった俘虜収容所での体験を描いた原作をもとに映画化。ボウイのほか、坂本龍一や北野武などのキャスティングも大きな話題に。「当時は話題先行のイメージがありましたが、あらためて傑作だと思いました。俳優経験のない人たちをつかって、物語がしっかりと成立していることに敬服」(黒沢)
『家族ゲーム』
1983年公開、監督:森田芳光、主演:松田優作。一見普通、しかし実際は風変わりな家族のもとにやってきた暴力的な家庭教師。アクションスターだった松田の新たな魅力を引き出した快作。「意味ありげな記号を並べて、絶対ウラになにかあるにちがいないと観客に思わせて、実はなにもない……。森田監督らしい、巧妙でセンスにあふれた80年代を代表する日本映画です」(黒沢)
『ションベン・ライダー』
1983年公開、監督:相米慎二、主演:藤竜也。暴力団の抗争に巻き込まれた中学生たちの“冒険”を描いた青春映画。若き日の永瀬正敏、河合美智子、坂上忍らが出演。「ストーリーはあるけど、意味はない。でも俳優やスタッフが『なにかをやろう』と右往左往して、一生懸命になっていることは伝わってくる。映画ってこれでいいんだって、勇気をもらえるんです(笑)」(黒沢)
Kiyoshi Kurosawa
黒沢 清 1955年生まれ、兵庫県出身。『CURE キュア』で世界的な注目を集め、『トウキョウソナタ』(2008年)で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。2020年9月にイタリアで開催された第77回ヴェネツィア国際映画祭で、監督と共同脚本を手がけた映画『スパイの妻』が銀獅子賞を受賞し、日本人監督としては17年ぶりの快挙を達成した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ccd394af0ebf27e52d2a3a2f8d058da3a8063df7

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