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鶴ヶ城は、若松城とも呼ばれます。
会津戦争の際、籠城戦になっています。
圧倒的な重火器による攻撃を受けます。
1668年9月22日に、降伏開城しています。
この際の新政府軍総督は、板垣退助です。
板垣によって守られた、藩主松平容保。
戊辰の戦いは、まだ函館へと続いていきます。
まだここでは、歴史の変換は終わりにはなっていませんでした。
ここが、天守閣の入り口です。
振り返ると、こんな感じです。
新しく感じます。
石垣も改めて積み直されたように見えます。
入り口の部分は、鉄筋コンクリート造です。
こんな、旧い石垣も見えます。
元あった基盤の上に建てられているようです。
その上には、鉄筋コンクリート造の足元が見えています。
1965年に再興された、現在の天守です。
貯蔵庫のような空間です。
これは米ではなく、塩のようです。
ここは、塩蔵のようです。
会津の塩は日本海側から、
川を使って運ばれていたそうです。
五層の天守を、見学します。
撮影できない場所も、たくさんあります。
ここは、若松城天守閣郷土博物館になっています。
会津の歴史を、ここで見ることができます。
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