ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

台湾周遊の旅(10)

2013-03-18 16:32:43 | 旅日記

「九ふん」の観光を終えて高速道路で台北に着いたのは、すでに17時を過ぎていました。
急いで故宮博物館に向かいます。


17時30分に地下から入場して1階の「特別展示」、2階の「書画・陶器」、3階の「漢字の源流」「玉石の彫刻」と見て回りましたが、何分にも全てを見るには10年かかるといわれる70万点の収蔵品を有する博物館です。わずか1時間余りの見学では、僅かにその一端に触れただけに終わりました。


内部は全て撮影禁止ですので、お土産に買った絵葉書でごく一部をご紹介します。


鼎(かなえ)は元は料理に使われた道具でしたが、後には皇帝などの権威を象徴する礼器となりました。この「毛公鼎」の内部には世界一長いと言われる銘文が刻まれています。内容は周の宣王が周朝復興に功績のあった毛公一族を称賛したもので、背後の壁にはその全文が大きく表示されていました。


おそらく故宮博物館で一番人気の「翠玉白菜」。いつもは10分くらい並んで見るそうですが、閉館間際で並ばずに見ることができました。思ったよりも小さく、全長が19cm。翠の原石を彫刻したものだそうですが、微妙な色合いの変化を見事に表現しています。葉っぱにキリギリスとイナゴが付いているのですが、視力の弱い変愚院にははっきりとは見分けられませんでした。


「肉形石」はブタの角煮=東坡肉を掘り出した彫刻。瑪瑙(メノウ)の濃淡を利用して皮と赤身と脂肪を見事に表現した技巧に舌を巻きます。これも思ったより小さいものでした。


玉製の「辟邪」。「辟」は「避」と同じ意味で「邪悪をさけると考えられた空想上の霊獣」です。顔は馬に似ていますが(龍ともいいます)脚は太く、羽を持っています。


ミュージアム・ショップでも「白菜」は人気で、いろんなグッヅがありました。これはお土産のマグネットと携帯ストラップです。


慌ただしい見学を終えてホテルに荷物を置き、夜の町へ。「金品茶楼」で点心料理の夕食。左上は美味コウ(火偏に考)方。肉まんのような皮に豚の角煮を挟んで食べます。左下の小籠包にも色んな種類があり、最後の台湾ビールによく合って美味しかったです。


食事を終えると20時を過ぎ、「台北101」の最終入場時間が迫っています。


台北101は高さ509.2m、地上101階、地下5階の台北のシンボルタワー。ショッピングモールや証券取引所、銀行や企業も入る複合ビルです。


まず5階までは普通のエレベーターで登り、ここで入場券を買って高速エレベーターに乗る列に並びます。


パンフレットにあるような夜景のパネルをバックにした記念写真が撮られ、幾つもぶら下がっているモニター画面に映し出されます。ようやく順番が来て「世界最速」を誇るエレベーターに乗ります。


エレベーターの天井に描かれた美しい星座をカメラに収め終わるや、はや89階の展望階に到着です。分速1,010m、所用時間37秒間ですが、上昇中や停止時の不快感は全くありませんでした。


お姉さんから音声ガイドを借りて、ぐるりとフロアを一回りします。


眼下に美しい台北の夜景が拡がります。音声ガイドは日本語なのですが、


通りや建物の名前を聞いても、どこがどれやらサッパリ分からず、ただ「綺麗やなあ」と眺めるばかり…


集合時間が来て、階段で一つ下の88階まで下りました。重量800トンの世界最大のダンバー(強風や地震などによるビルの振れを吸収する装置)や色んなサンゴの展示などを見て、行列に並ばずに(廖さんの顔で)従業員用のエレベーターで下りました。花蓮から九ふん、台北と長い長い一日の観光が終わって、ホテルに帰ったのは21時半になっていました。



台湾周遊の旅(9)

2013-03-18 06:50:05 | 旅日記

鉄道の代わりにバス移動というハプニングはありましたが、予定通りのスケジュールを強行することになりました。結局これで台湾をバスでほぼ一周することになります。蘇澳で高速道路に乗り、九ふん(人偏に分)へ急ぎます。


九ふんは台湾北東部にあり、戦前(1880年、清の時代から)は近くの金瓜石に東洋一といわれた金鉱があった関係で、ゴールドラッシュで栄えた街です。戦後、生産量が減少し閉山した後は過疎化が進み、寂れた町になっていました。


その代りノスタルジックを感じさせる往時の町並みがそのまま残り、今は新しい観光の町となって生まれ変わっています。
このように屋根に煌(きら)びやかな飾りがあるのは道教の寺院です。仏教寺院は黄色い瓦で葺かれています。


金瓜石へ通じる汽車路(バス道)で、かなり上まで登りました。美しい入り江を見下ろしながら…


軽便路を歩きます。ガイドブックで見るより寂れているな…と思ったのも道理で、本当はこの上(山側)にある基山街という土産物屋や工芸品店が並ぶ通りが有名なのです。どうも時間がないので下の道を歩いたようでした。この辺りの古い民家はこのように屋根にコールタールを塗った布を張っています。


この少し先で、豎崎路(シューチールウ)という石段の道と十字形に交差します。


矢印が基山街(チーシャンチェ)と九ふん<国民>小学校を指しています。ここでの自由行動時間は僅か20分程。この間に見学とトイレも済ますという慌ただしさです。


大急ぎで豎崎路の急な石段を少し登ります。


一時、衰退していた九ふんが再び脚光を浴びたのは、1989年、ベネチア映画祭で金獅子賞に輝いた候孝賢(ホアシャオシェン)監督の映画「非情城市(ペイチンチョンシー)」の舞台になったことがきっかけです。映画には日本統治終了後から中華民国が台北に遷都するまでの台湾人社会が描かれています。特に、当時はタブーだった本省人(台湾人)と外省人(在台中国人)との抗争「2.28事件」(1947年)を取り上げたことで話題になりました。
  その舞台になった店がこの「阿妹茶酒館」というレストランです。


しかし日本人にとっては、宮崎峻監督の「千と千尋の神隠し」のモデルの町として有名です。阿妹茶酒館の向かい側にこんな看板を見かけました。ヨシモトの末成由美風の女性が番台に座っているお風呂屋…ではなくて喫茶店のようでした。(中国語で「湯」にはお茶、スープの意味もあります。)


外の景色が写りこんでよく分かりませんが、中には「千と千尋…」のお面などが飾ってあるようです。
山街まで登ると、トイレに行く時間が無くなるので元の十字路に帰りました。


十字路の角に建つこの立派な石造の建物は「昇平戯院」。1934年(変愚院の生まれた年)オープンした(廖さんによれば台湾で一番古い)映画館です。今は資料館のような形で保存されています。中に入ると当時のままのスクリーンを前にして座席が並んでいます。古い映写機やポスターの他に…


こんなチラシや


覗き眼鏡なども展示されていました。実は、ここは集合時間直前にトイレを借りに入ったので、ゆっくり写真も撮れませんでした。帰りは十字路から豎崎路の階段を別の駐車場に下りました。


台北へ向かうバスの窓から仏教寺院の黄色い屋根が見えます。今日の観光はまだ続きます。