さる七月一日に安倍晋三内閣が行った、集団的自衛権をめぐる閣議決定については、極端な報道が散見されます。「この閣議決定で、明日にでも外国に対する武力行使が可能になってしまった」と危機感を煽るような論調です。しかし、これは極端であって、「七・一閣議決定」の意味が理解されていないと感じています。 今回の閣議決定は何のためにされたのかといえば、要するに「法案を作成する準備をした」ということです。 ところで、内閣および官僚は、憲法九十九条の「憲法尊重擁護義務」を負っています。あたりまえのことですが、内閣とその下部機関である行政官僚は、最高法規である憲法に違反する行政活動をしてはいけません。 ところがいまの内閣は、国際社会における安全保障環境が変化したので、現行憲法下でも集団的自衛権の行使は部分的に許容されるとしています。 (略)ともかく彼らなりの憲法解釈を示して、「この線で法案を起草しましょう」という意思表示をしたわけです。 また、できた法律の運用をめぐって具体的な損害が生じ、裁判が起こされれば、裁判所で憲法判断がなされます。 憲法学者として七・一閣議決定の中身を見ると、「従来の解釈と完全に整合している」と読むことができる文章にはなっていると思います。公明党議員の方々が、与党協議でかなり頑張ったということでしょう。
私たちの憲法には、私たちに幸せな生活を保障したいという気持ちがいっぱい詰まっています。基本的人権とか自由とか平和とか……。
月刊誌「潮」9月号に「『七・一閣議決定』を読む」という一文を寄稿した憲法学者、木村草太准教授(首都大学東京)は「実務的」憲法学者ではないかと思います。
経済学者には、社会思想や経済思想など経済現象の基底にある人間の営みに発想の起点を置いている人がいます。一方で、日銀の公定歩合をどうするかという金利政策や、円安傾向をどう誘導するかという外国為替政策など、今年来年の経済動向を研究の対象にしている人もいます。常に、現在進行中の経済現象をあるがままに見つめて、そこからスタートしようという立場です。後者を、私は仮に、「実務的」経済学者と呼びます。
今の憲法は生まれるときから現在に至るまで、政治にもまれ続けてきました。憲法環境としての政治状況に重きを置いて憲法を論じる学者を、私は、「実務的」憲法学者と呼びます。そのうえ木村准教授は、細部に法技術的解釈にこだわりを見せています。このタイプは、生起変動をつづける政治状況に足場を置いている間に、憲法の気持ちから外れていく傾向があるのではないかと、私は危惧しています。
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(注)囲み内の記事が寄稿文です。(略)とあるのは文間の文章省略のことです。
<1> 予断について
寄稿文冒頭が上の囲みの文章です。閣議決定が終わるとすぐに、その決定に従って何かを実施するのだと思いこんで、報道しているマスコミは無いでしょう。行政が常に何かの法律に準拠して執り行われていることは、公務員なら誰でも知っています。そういうものだということを知っている人は、私を含めて多くいます。
閣議決定の意味を知らないのではなく、大正デモクラシーから満州事変、日中戦争、太平洋戦争に至ったわが国の歴史に学べばこそ、二度とくりかえしはしないと、先行きを心配しているのです。若い憲法学者がそれをもって無知であると見るのは、思い上がった予断であると思います。
<2> 「七・一閣議決定」の意味
国家権力を行使するには、法律の根拠が必要です。集団的自衛権を部分的にでも行使できるようにするためには、その根拠となる法律を作らねばなりません。
閣議決定だけでは、まだ法律ができていないので実効性がない。「法律を作りますよ」というだけでは、違憲の行為でも合憲の行為でも、なんでもありません――と主張しています。閣議決定そのものは憲法判断の対象になる行為ではない、と言うのでしょう。おかしな話です。まちがいです。
内閣法をここに見てみます。
第一条 内閣は、国民主権の理念にのっとり、日本国憲法第七十三条 その他日本国憲法 に定める職権を行う。
第四条 内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。
閣議によって内閣の職権を行うことができるのは、その権能が内閣法によって付与されているからです。法律はすべて合憲の範囲内において認められます。閣議決定は内閣の職権行為であり、内閣の行為は必ず合憲の範囲でなければいけません。ですから閣議決定という行為は、憲法判断の対象になる行為です。
胸中にいろいろな考えを抱き、政権内部でいろいろな案を練り、議論をするという段階は、内閣の行為ということになりません。しかし閣議決定という行為は内閣の行為であり、憲法の枠内でなければならないのです。
<3> 憲法を尊重し擁護する義務
憲法第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。
上の文に続いて木村准教授は、集団的自衛権の行使を違憲とするこれまでの政府見解に従うならば、集団的自衛権を行使できるようにする法律を起草すること自体が憲法違反に問われる、としています。もっともなことで異論はありません。が、続く次の段で寄稿文は転調します。
<4> 閣議決定で憲法解釈を示すこと
閣議決定で憲法解釈を示すこと自体は、べつにおかしいことではありません。(略)
ただ、法解釈が分かれた場合にそれを最終的に確定する権限は裁判所にあります。ですから内閣は、(閣議決定に基づく法律ができた)あとで裁判になったとしても、裁判所に否定されないような解釈をしておく必要があります。
つまり、七・一閣議決定は「裁判所に否定されないような解釈」を事前に提示するという性質のものと捉えることができるでしょう。
「安全保障環境が変わったから」ということそのものは解釈変更の政治的動機であるけれども、憲法解釈を変える要件にはなり得ないと思います。「法の安定性」という法治国家の根本に関わることですから、「彼らなりの解釈」として軽く流して容認することには抵抗があります。
閣議決定の内容について、違憲提訴があっても憲法判断に耐えられるような憲法解釈であれば、妥当である――として、木村見解は7・1閣議決定を合憲と判断しています。彼が憲法判断に耐えられる憲法解釈であると認める主要な根拠は、後に述べるように、個別的自衛権ですべて説明可能な集団的自衛権に限定されているというところにあります。
そして、閣議決定そのものは、決定の内容のいかんを問わず憲法判断の対象外であるけれども、閣議決定の内容は憲法判断に耐え得るようなものでなければいけない――としています。
ここで木村准教授の立場が、安倍政権の側に立っていることが明らかになりました。私は反対の立場ですが、それはさしおきます。
私が違和感を覚えることがあります。閣議決定という行為そのものは憲法判断の対象外であるが、閣議決定の内容については合理的な憲法解釈に基づく必要があるとする立論のし方です。法律が成立して初めて憲法判断の対象となるという、細かな立て分けへの職人的こだわりです。そのうえ、先に述べたように、この立論は明らかにまちがっています。
しかもこの立て分けでいけば、法律ができる前に閣議決定の結果を批評することに対して、法律ができる前の批評・批判は不適切であり、法律ができた後に批評・批判をしてくださいということになります。木村准教授の論理は、閣議決定についての批評・批判封じにつながります。それは、議論の最中であったり、検討が始まったり、検討されていなかったり、さまざまな政治過程についての批評・批判を封じることにつながっていきます。とんでもないことです。
こうした立論につづいて次の説明がなされます。
<5> できた法律の憲法判断は裁判所で
閣議決定の次には法律が制定され、それが実際に動き始めて不満があれば、違憲だよと裁判所に提訴され、裁判所が憲法判断を下す――という流れの説明です。
これは、これまでの寄稿文の経過から見れば、違憲合憲の憲法判断は裁判所に任せておきなさいと言っているように思えます。なにかしら、素人には違憲合憲の議論は無理だよと、木村准教授の天の声が聞こえそうな感じがします。素人であろうがなんであろうが、稚拙であろうがなんであろうが、かまびすしく憲法論議の輪を世論に広げていきましょう。世論が沸騰してこそ、裁判所の冷たい心にも響くというものです。
<6> 個別的自衛権で説明できる武力行使
つまり、集団的自衛権という言葉は使っているものの。実際には個別的自衛権で説明できる武力行使に限定された内容になっているのです。
7・1閣議決定は、集団的自衛権を容認しているとはいえ、個別的自衛権でも十分に説明できる制限を加えている。だから、従来の政府憲法解釈の枠内におさまっていて違憲解釈ではない、という主張です。
この問題について野党が全く無力であったという政治状況にあって、与党である公明党が抵抗を示したのは良しとします。しかし、自衛隊出動要件の転回点となる7・1閣議決定の重要性から見れば、政権内のさざ波に過ぎません。さらに、公明党が自民党に抵抗したことと、閣議決定が違憲か合憲かという議論とは、関係のない別の事柄です。
しかしここで、「個別的自衛権でも説明できる武力行使」を従来の政府憲法解釈の枠内というならば、「集団的自衛権」という語句を入れる必要がありません。なぜ今、わざわざ多くの反対をふりはらって、政府が新しい憲法解釈を出すのでしょうか? そういう方面からの憲法解釈の考察がされていません。安倍政権はなぜ、「集団的自衛権」という語句を差し入れることに、特別の執心を最後まで示したのでしょうか?
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<私のアピール>
2012年末の安倍政権成立以後の短年月、武器輸出3原則の緩和、特定秘密保護法の新設、憲法9条解釈変更の7・1閣議決定と、先行き不安な政策ばかり急激に推進されています。第2次大戦後の日本において安倍政権は最も危険な政権です。
安倍内閣退陣の機運を盛り上げていきましょう。与党であれ野党であれ、安倍首相と同じ考えの人、同じ路線の人を選挙で落としましょう。
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