川本ちょっとメモ

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沖縄米軍基地――1968年佐藤首相沖縄訪問演説と1947年昭和天皇沖縄メッセージ

2015-01-26 11:39:07 | Weblog

2018/08/27
<昭和天皇> 「戦争責任をいわれる」と苦にしていた 臣民を不幸・窮状に追いこんでしまった自責懺悔の念は見当たらず
2017/05/15
<資料文書掲載> 昭和天皇1947年9月 マッカーサー元帥に提案、「沖縄・琉球諸島」を米国の軍事占領とし 25年~50年以上の米国租借地に
2005/06/25
昭和天皇の政治的発言(6月1日朝日新聞記事転載)



1月15日外交文書公開
外務省が本年1月15日、平和条約,沖縄返還,国際連合における中国代表権問題,サミット,軍縮問題などに関する41冊の外交記録ファイルの一般公開(閲覧)を始めました。このことについて毎日新聞が1月16日に伝えた一連の記事の中の一つに、当時の佐藤首相沖縄訪問時の演説に関する記事があります。


佐藤首相(当時)1968年沖縄演説
米側圧力で米軍基地の重要性強調
 外務省は15日、外交文書41冊を新たに公開した。佐藤栄作首相(当時)による米国統治下の沖縄訪問(1965年8月)に関する文書では、「沖縄の戦略的、軍事的重要性」を強調するよう求める米側の圧力を受けて佐藤氏が現地での演説内容を修正し、「極東の平和と安定のために沖縄が果たしている役割は極めて重要」との一節を加えたことが明らかになった。基地存続を前提にした佐藤氏の発言は、72年の返還実現後も沖縄に長く負担を強いる一因になったとみられる。(毎日新聞2015年1月16日記事転載)


なぜ昭和天皇の責任を問わないのか
佐藤首相(当時)のこの演説が今も沖縄に基地負担を強いる一因になっているというのはその通りでしょう。もっともこれが「一因」と言うなら、歴代首相はみな「一因」を背負っているということになります。

そして佐藤元首相が沖縄基地存続の「一因」をになっているにしても、外交文書公開のタイミングで特筆して強調するのは正しいとは言えません。新聞社ならば、当然、昭和天皇の沖縄メッセージを知っているにもかかわらず、なぜ昭和天皇の責任を問わないのでしょうか。


昭和天皇の沖縄メッセージ
米軍による沖縄軍事占領継続を希望
敗戦後の現行憲法施行後においても、それまでと同様に、昭和天皇が重大な政治的行為を行ったことはすでに明らかにされています。

昭和天皇は1947年(昭和22年)9月、使者を通じて日本占領連合軍のマッカーサー総司令官に、沖縄の軍事占領を継続してくれるよう希望を伝えました。

沖縄メッセージの内容は概ね以下の通りです。(沖縄県公文書館資料)
(1)米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む。
(2)上記(1)の占領は、日本の主権を残したままで長期租借によるべき。
(3)上記(1)の手続は、米国と日本の二国間条約によるべき。

※沖縄県公文書館資料 http://www.archives.pref.okinawa.jp/uscar_document/5392


憲法無視、沖縄切り捨て
昭和天皇は国民に対して不実であった
昭和天皇は1952年(昭和27年)単独講和のころまで何回か、天皇の見解を米国に伝えています。これが単独講和後の独立日本における日米安全保障条約締結と沖縄占領継続という戦後体制につながっていきます。

敗戦後の昭和天皇が憲法の制限をまったく顧慮しなかったことは驚くべきことです。そして、単独講和後も沖縄の軍事占領継続を願い出ていたことにも驚くほかありません。昭和天皇は国民に対して不実でありました。


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<私のアピール>
2012年末の安倍政権成立以後の短年月、武器輸出3原則を廃し、特定秘密保護法の新設、憲法9条解釈変更の7・1閣議決定(集団的自衛権ほか)と、先行き不安な政策ばかり急激に推進されています。安倍内閣の政治手法は民主主義下の独裁と見えて、危険です。安倍総理退陣まで、自民党に“No”を。




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