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港の家具屋など

2013-04-20 | 日記

朝刊におしゃれな家具屋の紹介が。何だ、近いじゃないの、知らなかった。ということで雨の中、歩いて出かけました。

あれ、いつの間に????一番向こうの店は一月くらい前に行ったけど、気が付かなかった。

FLEX GALLERYです。若い人向けのシンプルで手ごろな値段の家具と雑貨、バッグ、洋服なども。海側、中二階はカフェです。

向かい側にも駐車場有。古い倉庫を利用。加藤海運→PARKING FLEX GALLERY

この付近は40年前には、貨物船から小麦?などの荷揚げをしていて、日雇いの労働者専門の職安もあり、とても賑わっていた。

いつごろどんな理由で貨物の荷揚げがなくなったのか知らないのだけど、今はひっそり。

子供たちが小さい頃はまだまだ軍港跡の広い空き地に茅が生い茂り、大きくて元気のいいバッタがたくさんいた。今は都市高速とウォーターフロントの再開発。なんともはや。

家具屋さんは三軒、おしゃれで高級→北欧系のビンテージ家具中心、やや手頃→手ごろで若い家族向けと並んでいるのが面白かった。雑貨好きの人は楽しいかも。例によっておばさんは完璧買うものがありません。買うものがないというのもつまらないものです。


連休前半、息子たち家族と義妹夫婦が集まり、お姑様の家で食事することになった。大人10人、こども1人、お姑様は昔から人にものを作って食べさせるのが大好き。今回はさすがに仕出しを取ることにしたけど、準備に張り切っている。

昔、夫が大学に合格して、親戚を呼んで食事したら大姑がとても喜んでくれたそうで。歳とると、家族が集まってくれるのが何より嬉しい。その時の話をきのうのことのように、話している。姑89歳、「私ももう最後かもしれないので」と言うけど、私はまだまだ嫁でいたいですう。何にも知らない不出来な嫁は居心地いいですう。お義母様。

翻って我が長男が合格した時は、舅死亡10日後くらいだったので、祝い事はしなかった。実家の父がすごく喜んでくれて、子供三人つれて春休みに実家へ行って祝ってもらった。いいことがあって喜んでくれる人が少しずつ少なくなるのは寂しいけど、今度は自分が喜んで祝ってやる順番、そう思うと楽しい。

食器も座布団も、お姑様が自分のを使うと言うので、お願いすることにした。お金も出してくれるそうで、我が家はお酒各種を準備する。


 

きれい好きな三男お嫁さんのため、二階の片付け。冬物も少しずつしまう。こんなものも出てきた。読んでるとはかどらない。

三男の小4の時の連絡帳。毎日の日記つき。

例えば2月2日

おいだしたいおには、お母さんについているおこーるおに(・・・でも我が家は豆まきをしない家なので)だからいつになっても家はかみなりゴロゴロ

2月6日

(習字「父母」を書いたらしい)ぼくは、お父さんを思い出してみると。仕事がおわればぼくをオモチャみたいにあつかいます。

お母さんは「べんきょうした?」といわれて「した」というとしつこくうたがいます。

いい親じゃないのでいい字も書けませんでした。でもがんばって自分でもいいのができたのでよかったです。

小学生の正直な日記は家の中のことが筒抜け。その他、長男の日記で、お客さんが来るので、お母さんが家の中を必死で片付けて見違えるようになりました。なんてのもありましたね。いやはや。

昔、雑誌に掲載した原稿も出てきた。一枚目は原稿返却のお知らせ。印刷に回したので、多少書き込みがあるけど御寛恕願いたいとのこと。はいはい、寛恕いたしますとも。

パソコンにワープロソフト入れて書き、プリンターが連続用紙のみ対応なのに、ワープロソフトは今みたいに一枚ずつ入れるタイプ、どうしても合わないのでミシン目無視して、100枚くらいの原稿を物差しあてて切り離すという手作業。書くよりそっちが面倒だったかも。

今は入稿もメール添付でしょうか?時代も変わったものです。

なんてことをしみじみ思うので片付けがはかどらない。明日も引き続き片付ける予定。

 

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