いいお天気で山へ行くつもりでしたが、いろいろあって各自で外出。昼御飯だけ落ち合って一緒に食べ、また別行動です。
うーーむ、前期高齢者の外出はstress freeのこの形に限りますね。
ドンキの前で待ち合わせて近くの韓国料理へ。ご飯は食べられず半分以上夫に食べてもらう。少食な私。エツヘン!!
そのあとパルコまで。この付近戦前から戦後に少しずつ埋められたけれど、平田屋川という運河あり。広島築城のとき材料運搬用の掘割でした。平田屋というのは松江の近く(だったかな)、平田からきた豪商で、広島の街をつくる御用を仰せつかったそうで。遠浅の砂地の地形が似ているそうです。
モミの植わったロータリーはある時期、ここが運河の最北端だった名残と思われます。私が広島に来た頃はパルコのところはキリンビアホールという洋食屋さんがあり、一年生のちょうど今の時期、同じ専攻のQ君からデートに誘われてステーキ食べさせてもらったのでした。
当時は洋食屋もそう多くなく、そこはまあおしゃれな部類。この近くにはバレリーナ森下洋子さんの御実家が経営するキッチンもりしたというのもありましたね。とてもおいしい店で、デミグラスソースが特に美味でした。
Qくんのステーキの前に能の同好会の発表会を見たのだった。渋いですねぇ。Q君とはその時だけ。なんてことを思い出しながら、若い時の話をしていたら、夫にもう忘れたいことをいろいろ持ち出されて焦った。うわおう、藪はあまり突かない方がよろしい。季節外れの蛇が出てきます。
本通りの一本南の通りには若いオーナーが出すおしゃれな店各種。
こちら古着屋さん。ヨーロッパ買い付けのビンテージばかり扱ってて、なかなかいい品ぞろえでした。買わないけど、ゆっくり見て楽しかった。ああ、体を服に合わせるわけにはいかないものだろうか。。。。
本通りに復帰。アンデルセン本店。元は銀行で被爆建物。当時の惨状が陶板に焼き付けられ、モニュメントになっています。
この建物も耐震性に問題あっていずれ取り壊される運命だとか。経営のタカキベーカリーは戦後の廃墟の中からパン製造を始め、今は大きな会社になりました。
1967年秋、この店がオープンして、私は初めてフランスパンとデニッシュペストリーを買ったのでした。フランスパンはいくらだったかな、50円くらいかしら、硬くて甘くもないパンが高いなあと思ったのは私が田舎者だから。
時は移り世は流れ、10代の少女はいまや孫もいる身の上。とまあそんなことを思いつつちょっとだけ買い物して帰宅。
急須の湿布。先日のクリスマス会の後、うっかり萩焼にお茶入れたまま寝たら翌朝、見事な貫入が。いゃあ、萩焼の場合嬉しくない。
で、漂白剤とティシュで湿布、きれいになりました。やれやれ、使うときにも吸水してからでしたね。次から気を付けようっと。
夫がアメリカロブスターとブイヤベースの素というのを買ってきた。
昔、用水路にアメリカザリガニというのがいたのを思い出した。これよりだいぶ小さいけど。夫はさすが都会っ子で見たことないんだとか。
なんかねぇ・・・でも文句言うのも悪いのであるもので鍋物風にして食べた。甲殻類の常として食べるところが少ない。身はよく締まっておいしかったですけど、ザリガニですからね。フナとかドジョウとかメダカとか、いろいろとって遊んだのも思い出した。
ザリガニですが…食べません。フナもドジョウも。我が家は祖父が熱心なbuddistで殺生大嫌い、肉や魚は生業としている人から買って食べるものでした。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。クリスマスに南無阿弥陀仏。