桜の草履、おまけに紙風船が入っていた。懐かしい。
昔富山から来た薬売りの人によく貰っていた。
夫に話振ると「そんなん来んでえ」とのこと。そりゃそうだ。納得。
三男のブログ、前の記事がごっそりなくなっているのは、たぶん見られるのが嫌だから、特に私にだと思う。
面と向かっては素知らぬふり、してもう長い。息子の暮らしが分かっていいのだけど、お嫁ちゃんの両親と息子夫婦で旅行する記事は、息子の母親としてはちょっと寂しいかな。記事はもう消してあるけど。
息子によると、お母さんは肉が全然食べられない人で、その宿を探すのに苦労するそうで。寂しがっても何かが変わるわけではないので、いい関係を築いて、可愛がってもらっているようでよかったと思うことにした。
私が声かけたら、一緒に旅行行くのだろうか。多分行ってくれると思うけど、今度、思い切って言ってみようかな・・・
長男も、結婚当初は、元旦にはあちらの一家で集まって宮島かどこかの旅館で過ごすとかで、お正月、我が家でゆっくりしたことがなかった。
昔の姑なら、お正月は夫実家で過ごすべしと姑風吹かせたかもしれないけど、私は全然そんなこと言う気もなくて、放置していた。ちょっと寂しいけど、少し手伝ってくれても私が大変なことに変わりはないので、楽だと思うことにしていた。
それにお正月の宮島なんて、いくらするんでしょう。我が家は総勢9人、3万円として27万円だあ~無理無理。
でも時は流れ日は移り、お父さんは亡くなり、お母さんは年齢的にはちょっと早いけれど、認知症の症状が出始めて一人にしておけないので今は施設に。孫たちは遊びに行く祖父母の家が我が家だけになってしまった。お嫁さんにも「いつでも来てね」と言ってある。ちょっとかわいそうだけど、正直に言うならちょっとだけ嬉しい私。
人との付き合いは、相手のあることだから、自分ではどうすることもできないことも多い。でも時間が経てば流れが変わることもある。ずっと付き合う人との間では、自分の気持ちを棚上げして潮目が変わるのを待つ。それしかないですね。
先月、銀行ロビーで染めと織りの展示会の時には、姑様の作品見ていただきたかったのでいろいろな人に案内出した。
感想はメールや電話で、または口頭で言ってもらって嬉しかった。お隣の人はわざわざ我が家にまで感想言いに来てくれて感激した。
がん闘病中の友達、昔のママ友、ワカメ友達が来てくれたのも嬉しかった。
私のこと、友達としてこれからも付き合ってくれるサイン。我が家へ来てもらって話もした。
水彩画の友達にも案内したけれど、何人かで集まり、見て帰った・・・よかったとあとで電話くれたけど、なんか釈然としなかった。我が家は近いのだから、ちょっと声かけてくれたら、出かけたのに。そして、作品について話もしたかったのに。
私、嫌われているのかなと落ち込んだ。だとしたら原因は?
考えても分からないので、もう考えないけど、こちらが友達と思っているほどにはあちらは思ってなかったということでしょう。残念ながら。
それに、誰かのいない場所で、その人のことを話すのは、自分たちの絆を確認する快感もあるのでしょう。
もう一つのグループも声かけてくれればよかったのにと残念でならない。なんでかなあと思う。そのグループの中で居心地が悪くなって、初めに私が距離取ったので、相手も気を使ったのかもしれないけど、少しの時間も会いたくなかったのかしらと激しく落ち込んだ。私がいない方が盛り上がるのかなあと。いやいや、未練がましいのは私だけで、あちらにすれば私は過去の人?
人の付き合いはいつも流動的、縁の切れた場所からは離れるのがお互いのため。楽しかったこと、世話になったあれこれは忘れないけど、くよくよしても仕方ない。新たな一歩を。
これって、恋人と別れるときにも思うことでしょう。付き合うのは双方の合意、別れるのはどちらかが離れたいとおもった時。
いつまでも古い付き合いの中にとどまってないで、次の場面に行き、新しい人と出会いなさいという流れが来たのだと思うことにした。
そしてうーーーんと時間が経ったときには、また笑って会えそうな気がする。そう、高校の50周年の同窓会のように。あの時は楽しかった。
みんなおじいちゃん、おばあちゃんになってたーーーー。
でも、うーーーんとって何年後?
この歳ではもう後がないんですけど。