里山悠々録

里山の家と暮らし、田んぼや畑、そして水墨画のことなどを記録していきます

震災復興の地を訪ねる

2021年02月26日 | 小旅

2011年3月11日の東日本大震災から間もなく10年。
この節目に大きな被害を受けた地を訪ねてみることにしました。
当県の大震災による死者行方不明者は1万人を超えます。
そのほとんどは津波による犠牲者です。土地や建物の被害も津波による被害が圧倒的に多い。それに比べれば内陸部の被害は相対的に軽いと言えます。
とはいえ、我が家も無傷というわけにはいきませんでした。家屋や農地さらにはライフラインと自らのことで精一杯でした。
それ故に大被害を被った沿岸部への貢献は何らできていません。これまでも足が遠のいていました。
今回は、県南の沿岸部数カ所を訪ねてみました。

仙台市若林区荒浜。
慰霊塔。すぐ向こうが太平洋です。


右の慰霊碑に犠牲者の名が刻まれています。
ここには知人夫婦の名があります。
集落は根こそぎ消滅しました。
震災遺構として住宅の基礎がそのまま残されています。


大津波の様子が書かれています。


遠くに見える白い建物が震災遺構として残されている荒浜小学校。
津波は2階まで到達したものの多くの人がここに避難して難を逃れました。

一帯は災害危険地域に指定され、住民が全て転居しているため未だ荒涼たる風景は否めません。
ここから南下。

名取市閖上。
2019年4月グランドオープンした「かわまちてらす閖上」。


復興の象徴的な閖上地区の新しい商業施設。


木造平屋建ての3棟には飲食店や海産物の店などが軒を連ねています。


この左手の川が名取川。すぐ河口です。


このすぐ近くに知人宅がありました。震災当時知人本人はすでに鬼籍に入られていました。すでに転居されています。
港の方まで足を伸ばしてみました。水産加工場や住宅施設も多くなり、当地では復興が実感できました。

亘理町荒浜。
ここは入り江になった特殊な地形の鳥の海地区。

かさ上げされた堤防から見る入り江。


昔は周辺に大型のプールなどもあり賑わっていましたが、未だ整備途中のようです。


この建物は「わたり温泉 鳥の海」
日帰り温泉施設です。


オープン3年目くらいで震災に遭い、しばらくして復活しました。3年ほど前に訪ねていますが、その時はまだ不十分な印象でした。
今度はレストランも綺麗に整備されており、ここで昼食をとりました。
当地の名物は「はらこ飯」ですが季節的に品切れ、寿司セットをいただきました。
ここから海岸線近くを山元町まで南下したかったのですが、昔とは道路が大きく変っており、イメージ通りには行けませんでした。
亘理町から山元町の海岸線沿い、通称浜街道にはイチゴのパイプハウスが林立していましたが、津波で壊滅。イチゴ農家の知人も命を落としました。
現在は大型の近代的な施設が建ち並び、イチゴ産地として目覚ましい復興を遂げています。

山元町坂元。
震災遺構の中浜小学校。

震災当時の姿がそのまま残されています。

向こうが太平洋。

右上2階天井付近に津波到達点の目印があります。


児童や地域住民らが屋上に避難し、90人の命が守られました。現在は防災教育・震災伝承の場として一般公開されています。
これは「幸福の黄色いハンカチ」をイメージしたモニュメントでしょうか。


復興のシンボル的な直売施設「夢いちごの郷」。

多くの地元産品が並び、賑わっていました。


何といっても目玉は特産のイチゴ。
これは当県のオリジナル品種「もういっこ」。
大粒で、甘味と酸味のバランスが良く日持ちもする美味しいイチゴです。

駆け足ではありましたが、復興の現状を知るいい機会となりました。


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2 コメント

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Unknown (kaz)
2021-02-28 12:55:01
blueskyさんへ
コメントありがとうございます。
震災復興の地を訪ね、亡くなった方々への哀悼の念を新たにしました。
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間もなく。 (bluesky)
2021-02-27 16:43:04
間もなく10年を迎えますね。 私も昨年の秋でしたが、「かわまちてらす閖上」へ行って来ました。
行きたいと思っていた所でした。
周囲のガランとした風景は、生々しい震災の傷跡でした。
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