私の大切な学校のこととは云え
家族で出掛けるほど余裕がなかったのか、
それとも、可愛い子には旅をさせよ、です
私は、1人で静岡市へ行くことになりました
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浜松は夏休みに父親と一緒に来た
覚えはありましたが
これから私の行く静岡市は全く初めてで
心細かったはずです
母親に地図と、汽車賃、小遣いをもらって
電車で浜松駅から静岡市駅に出掛けました
行く先は、父親の兄で、肺炎で亡くなった
戸谷家(とだに)の叔母を訪ねてです。
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母親と戸谷家の叔母とは事前に
手紙のやりとりで、道しるべの地図など
連絡済みだったのでしょう
どのように静岡市内を
歩いて行ったのか
覚えていません
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立派な門構えの玄関を見つけて
叔母様に会えました
初対面の戸谷の叔母様に挨拶を済ませて
持参した手紙を差し出しました
叔母様は、まず私に
「ご飯食べる?…」と用意してくれました
真っ白なご飯、生卵、海苔、焼き魚などが
ずらりと並びました。
いまなら、当たり前の朝食ですが、敗戦後、復興期の
日本では、大ご馳走でした。
特に、眩しい真っ白なご飯は
世間で、銀シャリと云われていました
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豪華な、ご馳走を嬉しく済ませた私の前に
パリッと和服姿で現れた戸谷の叔母様は、
私を連れて、静岡県庁・教育課へ出発です