ごっとさんのブログ

病気を治すのは薬ではなく自分自身
  
   薬と猫と時々時事

御前試合のはなし

2014-10-23 11:33:04 | 
今回は私の昔の仕事のはなしをします。私は30年近く製薬メーカー(薬だけではないのですが)の基礎研究所で、新しい薬の合成をやっていました。薬としての1次評価には、ほんの少量のサンプルがあればよく、初期の動物実験としても500mg程度で十分でした。ところが詳しい動物実験などをやるためには、かなり大量のサンプルが必要になり、私の所属する研究所では対応できなくなります。この場合は大量合成ができるほかの研究所に依頼して作ってもらうことになります。
当然非常に詳しい合成法のレシピを送り、それに沿ってやってもらうよう依頼するのですが、ごくまれに、レシピ通りにやってもうまくできないという返事が来ることがあります。そういう場合は、担当者がその研究所に出かけて行って、向こうの研究員が見ている前で実験を行うことになります。これを御前試合と呼んでいました。

私は御前試合を若いころ1回やっただけで、あとは私のグループの若手がやるのを見に行くだけでしたが、これはかなり緊張する実験となります。依頼した研究所でもいろいろやってみてどうしてもできないという結論が出るわけです。こちらの担当者としては、何度も実験してうまくいっているものですから、なぜうまくいかないかはわかりません。そういう状況で、多くの研究員が見守る中、慣れない実験室で操作するので、皆手が震えるといっていました。
しかし、我々にとっては、毎日やって成功している実験をやるわけですので、当然うまくいきます。その後の分析なども含めて、2,3日で結果が出ますが、この御前試合で失敗したことはありませんでした。

おもしろいことに、こういった御前試合で成功する実験を見た後は、できないといっていた担当者もできるようになり、スムーズに大量合成ができてしまいます。
なぜこんなことが起きるのか、ミーティングや懇親会の時に話し合いますが、大体よくわからいままになっています。たぶんレシピ・報告書といった文章では書き現わせないような微妙なノウハウが、実際の実験を見ることで伝わるのかもしれません。

薬の開発といった、科学的・論理的な研究の中には、このような非科学的な現象がよく起きる点も、研究の面白さの一つと感じています。