内的自己対話-川の畔のささめごと

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忠誠論(十一)「君に事へて遇はざる時」― 常朝と松陰との根本的相異

2022-01-15 06:05:20 | 哲学

 今回の忠誠論を始めた一月五日の記事で、吉田松陰の『講孟余話』を情誼的忠誠論の代表として引用した際、そこでは常朝の忠誠論もこの類型に属するという小池氏の見解に従った。しかし、小池氏自身、第三章末の注(4)で、松陰と常朝の忠誠論の決定的な違いについて重要な指摘を行っている。
 松陰の没我的忠誠のうちに胚胎する能動的契機としての「忠義」の「逆焰」に注目した丸山真男の『忠誠と叛逆』に対して、小池氏は、常朝の「諫言」における積極的契機としての「志の諫言」の境位の開明が本章の意図であったという。つまり、松陰の忠誠論にあっては、不義なる権力に対する叛逆を正当化する契機が没我的忠義の徹底に内在しているのに対して、常朝に於いては、「逆命」はあくまで「利君」のためであって、「志の諫言」は自分が奉公人として仕える藩の維持と安泰という目的に叶うかぎりで正当化される。したがって、常朝の忠誠論には、藩の秩序を揺るがし、さらにはその転覆を引き起こしかねない「逆焰」が正当化されうる契機は存在し得ない。
 両者の忠誠論を情誼的忠誠論という同一の類型中に組み入れる見方は維持しつつ、小池氏は、同注において、「両者の思惟様式の差異の面」により多くの関心を示し、とりわけ両者における「諫言」の位相の違いに注目している。
 確かに、何に対して「忠」なのかという点において、両者には決定的な違いがある。小池氏が同注で引用している『講孟余話』に「国家夷狄の事、固より君相の職にはあれ共、神州に生まれたん者は、普天率土の万民、皆自ら職とせずんばあるべからず。……吾幽囚の罪人と雖ども、悪んぞ国家の衰乱夷狄の猖獗を度外に置くに忍びんや」とあるように、国家存亡の危機にあって、その国家に対して普天率土の万民の一人として「忠」であろうとするのが松陰の忠誠論の根本的な姿勢である。
 『講孟余話』冒頭には、「君に事へて遇はざる時は、諫死するも可なり、幽囚するも可なり、飢餓するも可也。……是を大忠と云なり」とあるが、小池氏が同注で指摘しているように、常朝ならば、「君に事へて遇はざる時」とは決して言わないであろう。
同注の最後の段落を引く。

君・臣をあたかも対等視するかのごとき大上段のこの議論は基本的に藩を超越する「日本国」からの視点からのものであり、ナショナリスティックな気分の高揚した幕末「猖獗」の時節のなせる業といってもよい。……常朝には君主や藩を超えての上位概念は天・天下・幕府などのいかなるものも存在しない。ここに「日本国」規模の大問題をかかえてわずか自藩やその主君のために安閑と「朽果」ててなどいられず、積極的な「諫死」へと駆り立てられる「神州」的発想の松陰との根本的相異がある。