内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「わたしの空想で黄金時代をつくりあげ」― ルソー「マルゼルブへの手紙」第三書簡より(前編)

2023-06-06 16:07:34 | 哲学

 ルソーが一七六二年一月にマルゼルブに送った四書簡のうちの第三書簡はフォリオ版『夢想』で六頁あまりである。だからけっして長くはないのだが、ブログの一記事の中に全文引くには長すぎる。それに、一気に読んでしまうより、少しずつ読むほうが味わいも増す。今日と明日の記事では、岩波文庫の今野一雄訳(一部改変)と現代表記に改めた仏語原文からの抜粋を交互に並べて味わっていこう。

それにしても、わたしは、ひとりでいるとき、いったいどんなことを楽しんでいたのでしょうか。自分を、世界ぜんたいを、存在するすべてのものを、存在しうるあらゆるものを、感覚の世界にある美しいすべてのものを、知的な世界に想像されるすべてのものを、です。わたしは心を喜ばせるあらゆるものをわたしの周囲に寄せ集めていたのです。わたしが望むこと、それがわたしのたのしみの尺度だったのです。そう、どんなに快楽を愛する人でもそれほどの享楽を経験した人はありません。そういう人たちが現実に楽しんでいることよりもはるかに多くのことを私は空想によって楽しんだのです。

Mais de quoi jouissais-je enfin quand j’étais seul ? De moi, de l’univers entier, de tout ce qui est, de tout ce qui peut être, de tout ce qu’a de beau le monde sensible, et d’imaginable le monde intellectuel  : je rassemblais autour de moi tout ce qui pouvait flatter mon cœur, mes désirs étaient la mesure de mes plaisirs. Non, jamais les plus voluptueux n’ont connu de pareilles délices, et j’ai cent fois plus joui de mes chimères qu’ils ne font des réalités.

それからはもっとゆっくりとした足どりで、どこかの森のなかの野生のままの場所、人間の手が加えられたものは見られず、束縛や支配を感じさせるものはなにひとつ見あたらない人気ない場所、自分が最初にはいりこんだと思われるようなところ、自然とわたしとのあいだによけいな第三者がはいりこんでいないような隠れたところをもとめて行きます。そういうところでこそ自然はわたしの目にいつも新しい、すばらしい光景をひろげているように思われました。

J’allais alors d’un pas plus tranquille chercher quelque lieu sauvage dans la forêt, quelque lieu désert où rien ne montrant la main des hommes n’annonçât la servitude et la domination, quelque asile où je pusse croire avoir pénétré le premier et où nul tiers importun ne vînt s’interposer entre la nature et moi. C’était là qu’elle semblait déployer à mes yeux une magnificence toujours nouvelle.

やがてわたしはそこに自分の好みにあった存在を集め、臆見や偏見、あらゆる人為的な情念を遠くへ追いはらって、自然の隠れ家に、そこに住むにふさわしい人々を移し入れるのでした。そういう人たちで楽しい仲間をつくり、自分も当然それに加わる資格があると思っていました。わたしの空想で黄金時代をつくりあげ、わたしの生涯のなつかしい思い出をのこしてくれたあらゆる情景と、これからもわたしが心に願うことのできるあらゆる情景とでその美しい日々をみたし、人間のほんとうの喜び、じつに甘美な、純粋な喜び、こんにちではもう人々から遠いところにある喜びを考えて涙を流さずにはいられないくらいの感動を味わうのでした。

Je la peuplais bientôt d’êtres selon mon cœur et, chassant bien loin l’opinion, les préjugés, toutes les passions factices, je transportais dans les asiles de la nature des hommes dignes de les habiter. Je m’en formais une société charmante dont je ne me sentais pas indigne. Je me faisais un siècle d’or à ma fantaisie et, remplissant ces beaux jours de toutes les scènes de ma vie qui m’avaient laissé de doux souvenirs, et de toutes celles que mon cœur pouvait désirer encore, je m’attendrissais jusqu’aux larmes sur les vrais plaisirs de l’humanité, plaisirs si délicieux, si purs, et qui sont désormais si loin des hommes.