内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ルソーのマルゼルブ宛の自伝的な四つの書簡

2023-06-05 23:59:59 | 読游摘録

 夢想と聞くと、ジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を想起される方もいるだろうと想像する。
 ルソーがこの未完の最後の著作のなかで展開した夢想による自然との一体化という方法は、『夢想』が書き始められる一七七六年からさかのぼること十四年、一七六二年一月にマルゼルブ宛に送られた四つ書簡のうちの二六日付の第三書簡にすでに示されている。
 このマルゼルブ宛の四書簡は、『夢想』の補遺としてよく収められている。ガリマールのフォリオ・クラッシック版の『夢想』で二十頁ほどである。この四書簡に解説を付した安価なポケット版もある。ルソーの自伝的文章を集めたプレイヤード叢書の一冊にも当然収められている。ネット上でも無料で閲覧・ダウンロードできる。邦訳は、岩波文庫『エミール』の下巻に付録として収められている。サント・ブーヴは『月曜閑談』のなかで、ルソーはこれら「マルゼルブへの手紙以上に美しいものを書いたことはなかった」と述べている。
 宛先のマルゼルブについて、日本では、フランス十八世紀の専門家でもなければ、ほとんど知られていないのは残念である。言論・思想の自由の危機が叫ばれている今日の日本で、ルイ一五世治世下で出版統制局長として言論・思想の自由を擁護したマルゼルブの生涯・思想・業績から学ぶことは少なくないと思うからである。私の知る限り、日本語の一般書でマルゼルブのモノグラフィーは木崎喜代治著『マルゼルブ フランス一八世紀の一貴族の肖像』(岩波書店、一九八六年)の一冊だけである。絶版で古書でしか入手できない。この良書に依拠して、このブログで二〇一四年十二月十九日から三日連続でマルゼルブのことを話題にしているので、そちらを参照していただければ幸いである。古い名門貴族の家に生まれ、啓蒙の世紀において寛容の精神を体現した大人物であるマルゼルブに対して、ルソーは深い信頼と尊敬の念を抱いていた。
 ルソーとマルゼルブとの間には少なからぬ書簡のやり取りがあり、木崎書によると、ルソーからマルゼルブへの手紙が五三通、マルゼルブからルソーへの手紙が三四通、今日まで保存されている。失われた手紙も多数あるようだ。「両者の関係は広く深く重い」と木崎氏は言う(107頁)。
 一七六二年一月に矢継ぎ早に書かれた四通のルソーの手紙は、その前年の十二月二十五日付けのマルゼルブの手紙への返事として書かれた。その手紙を読んで、ルソーは、マルゼルブがパリの文学者連中やルソーのかつての友人たちが言いふらしているルソーについての讒言を信じてしまっていることに深く傷つく。その誤解を解くために、ルソーは、これら四通の手紙のなかで、ほんとうの自分の姿を描き出そうとした。
 この四通はルソーにとってもかけがえのない文章だったようで、同年の十月、マルゼルブにそれらの写しを送ってくれるように頼んでいる。その写しをルソーは亡くなる一七七八年まで大切に保管した。その束の上には、「わたしの性格をありのままに描き、一切の行動の本当の動機を語っている」(« contenant le vrai tableau de mon caractère et les vrais motifs de toute ma conduite »)と自筆で書かれている。
 明日の記事では第三書簡を読んでみよう。