音色と言う時、人はどうも、単音では無く、複合の音のことを言うようです。
先日、三線作りのYさんにお会いした時にも、その話になって、
(人工皮革の事お聞きしに行きました)
人工皮革良くはなるし、斑も無いのだが、底、の音がしない。
という話になり、蛇の皮は、硬いうろこの部分、柔らかい皮の部分と、二重になっているから、底、の音がする。とのことでした。
底の音と言う言い方は、かなり難易度の高い話ですね。
昨日、劉継紅先生と話していた、音と音色。
もしかしたら、この底の音と言うのは、近いものがあるのかもしれません。
音叉のようなものでない限り、私たちが自然の中で聞く音と言うのは、全て、複合体です。
今の時代でこそ、鳥の声や犬の声等、或いは、波のおと等自然の音から、バイオリンや、トランペットなど、コンピューターを使って、かなり近い感じが得られるぐらいまでは、再生できます。
しかし何回か、そのような音を、ある作曲家のスタジオを設計した時に、聞かせてもらったことがあります。
確かに、犬や、虫、あるいは波の音等に聞こえます。
でもなんだか、耳は、来ているのですが、体にまで来ないのです。
秋の、人のいない浜辺などで聞く、波の音のようには感じないのです。
何かが足りない。
実際に、波の音を収録してきて、それを解析し、更に合成したものですから波には聞こえますが、
言い方を変えると、波には感じないと言った方が良いのかもしれません。
音色と言った時人は、耳以外でも感じる部分まで含めているような気がします。
ですから、演奏会などの生の演奏と言うのは、音、以外の沢山の物の集合体なのでしょう。
その意味で行くと、岩にしみいる虫の声と言う1つの音だけに絞り上げて
、静かさを強調したというのは、
反対に自然の中に存在するあらゆる音を取り去った、単音、が、周りの静かさを強調しているのかもしれません。
さて、二胡の音色です。
二胡は、楽器の中でも、倍音の一番多いものだと言われているようです。
倍音の数が、楽器の音色を特徴つけるのだとして、それははたして、数だけの問題なのでしょうか?
もちろんそれは、その種類にもよるのでしょう。
その倍音の多いうえに、二胡の音は全体で揺れます。
多少高い音などは、弾き方によってなのか、聞き方に依るのか、
たまに、サックスフォンの高音に聞こえなくも有りません。
同じように、倍音が多いというサックスフォンの音は、二胡のようには揺れはしません。
構造上揺れると言うのが、二胡の音色を決定ずけているのかもしれません。
むしろ、良く言われるように、女性の声が一番近いのかもしれませんが、
女性の声を、音色という表現はしません。
ただ妙な経験をしたことはあります。
うちのスタッフと車で出かけ、私は珍しく助手席でうとうと。
彼がラジオをつけたのでしょう、ふっと眼覚めた瞬間、
二胡の音聞いたような気がしました、不思議なことに二胡が言葉をしゃべっているのです。
「首都高、4号線の渋滞は解消され、」
え!何で二胡が、、、
良く聞けば、
「警視庁から、穴見恭子がお伝えしました」
何時か、アナミキョオコ、という名前の二胡作ってみようと、思っています。
続く
西野和宏
先日、三線作りのYさんにお会いした時にも、その話になって、
(人工皮革の事お聞きしに行きました)
人工皮革良くはなるし、斑も無いのだが、底、の音がしない。
という話になり、蛇の皮は、硬いうろこの部分、柔らかい皮の部分と、二重になっているから、底、の音がする。とのことでした。
底の音と言う言い方は、かなり難易度の高い話ですね。
昨日、劉継紅先生と話していた、音と音色。
もしかしたら、この底の音と言うのは、近いものがあるのかもしれません。
音叉のようなものでない限り、私たちが自然の中で聞く音と言うのは、全て、複合体です。
今の時代でこそ、鳥の声や犬の声等、或いは、波のおと等自然の音から、バイオリンや、トランペットなど、コンピューターを使って、かなり近い感じが得られるぐらいまでは、再生できます。
しかし何回か、そのような音を、ある作曲家のスタジオを設計した時に、聞かせてもらったことがあります。
確かに、犬や、虫、あるいは波の音等に聞こえます。
でもなんだか、耳は、来ているのですが、体にまで来ないのです。
秋の、人のいない浜辺などで聞く、波の音のようには感じないのです。
何かが足りない。
実際に、波の音を収録してきて、それを解析し、更に合成したものですから波には聞こえますが、
言い方を変えると、波には感じないと言った方が良いのかもしれません。
音色と言った時人は、耳以外でも感じる部分まで含めているような気がします。
ですから、演奏会などの生の演奏と言うのは、音、以外の沢山の物の集合体なのでしょう。
その意味で行くと、岩にしみいる虫の声と言う1つの音だけに絞り上げて
、静かさを強調したというのは、
反対に自然の中に存在するあらゆる音を取り去った、単音、が、周りの静かさを強調しているのかもしれません。
さて、二胡の音色です。
二胡は、楽器の中でも、倍音の一番多いものだと言われているようです。
倍音の数が、楽器の音色を特徴つけるのだとして、それははたして、数だけの問題なのでしょうか?
もちろんそれは、その種類にもよるのでしょう。
その倍音の多いうえに、二胡の音は全体で揺れます。
多少高い音などは、弾き方によってなのか、聞き方に依るのか、
たまに、サックスフォンの高音に聞こえなくも有りません。
同じように、倍音が多いというサックスフォンの音は、二胡のようには揺れはしません。
構造上揺れると言うのが、二胡の音色を決定ずけているのかもしれません。
むしろ、良く言われるように、女性の声が一番近いのかもしれませんが、
女性の声を、音色という表現はしません。
ただ妙な経験をしたことはあります。
うちのスタッフと車で出かけ、私は珍しく助手席でうとうと。
彼がラジオをつけたのでしょう、ふっと眼覚めた瞬間、
二胡の音聞いたような気がしました、不思議なことに二胡が言葉をしゃべっているのです。
「首都高、4号線の渋滞は解消され、」
え!何で二胡が、、、
良く聞けば、
「警視庁から、穴見恭子がお伝えしました」
何時か、アナミキョオコ、という名前の二胡作ってみようと、思っています。
続く
西野和宏
多分、一定のリズムと同じ音の繰り返し?
バイオリンなどに代表される楽器の音色、車の心地良い音などを分析した結果、なるほどという結論を得られました。
よくよく考えれば当たり前みたいな話でしたが、目から鱗でした。
問題はそれをどうやって出すのかという方法論ですね。
音とホルモンの関係ですかね?
あるいはアルファー波の問題ですかね?
ほんとなら癒されるはずの二胡弾いているのに、力が入って力んでしまうのは、多分それが原因で、癒すような音が出せないのかもしれませんね。
これ今のテーマに結びつきますね。