十一 利潤率の低下(2)
マルクスの利潤率法則については、その内容どおりの利潤率の低下現象が実証されないという批判が向けられている。この点、マルクス自身も現実の経済現象においては、法則どおりに運ばない諸原因が関与することを認めていた。
そこには反対に作用する諸影響が働いていて、それらが一般的法則の作用と交錯してそれを無効にし、そしてこの一般的法則に単に一つの傾向でしかないという性格を与えているにちがいないのであって、それだからこそわれわれも一般的利潤率の低下を傾向的低下と呼んできたのである。
つまり、この法則はあくまでも「傾向法則」でしかないという形で、法則性を緩めている。マルクスはこのように法則の反対作用因となるものとして、①労働搾取度の増強②労働力の価値以下への引下げ③不変資本の諸要素の低廉化④相対的過剰人口⑤貿易の五つを挙げている。
・・・剰余価値率を高くするその同じ原因が・・・・・、与えられた一資本の充用する労働力を減少させる方向に作用するのだから、この同じ原因はまた利潤率を低下させる方向に作用すると同時にこの低下の運動を緩慢にする方向に作用するのである。
第一の労働搾取度の増強である。マルクスは具体例として、一人の労働者に以前の三人分の労働が可能な事情の下、合理的には以前の二人分の労働が押し付けられたとして、その者が二人分の労働を提供する限りでは剰余価値率は上昇するが、三人分は提供しないから、剰余価値量は減少することを指摘している。つまり、利潤率低下をもたらす可変資本の相対的な減少が、剰余価値率の上昇により緩和され、制限されていることになる。すると、資本戦略的には、労働搾取度の増強が利潤率低下を食い止める有力な手段となる。
なお、第二の労働力の価値以下への労賃の引下げについては、「資本の一般的分析には関係のないことで、この著作では取り扱われない競争の叙述に属することだから」という理由で、詳論は割愛されている。
・・・可変資本に比べて不変資本の量を増大させるのと同じ発展が、労働の生産力の増大によって不変資本の諸要素の価値を減少させるのであり、したがってまた、不変資本の価値は絶えず増大するにしてもそれが不変資本の物量すなわち同量の労働力によって動かされる生産手段の物量と同じ割合で増加することを妨げるのである。
第三の不変資本の低廉化である。マルクスはこの具体例として、当時欧州の紡績労働者一人が機械化工場で加工する綿花の量は欧州の旧紡績職人一人が加工していた量に比べて著しく大しているが、加工される綿花の価値はその量に比例して増大してはいないことを挙げている。つまり、この場合も、利潤率低下をもたらす可変資本の相対的減少が食い止められていることになる。資本戦略的に言えば、技術革新による労働生産力の増大は利潤率低下を食い止める手段であり、これは産業技術が高度に進んだ晩期資本主義において、利潤率法則が実証し難い最大の要因であろう。
・・・新たな生産部門、特にまた奢侈消費のための部門が開かれ、これらの部門は、ちょうどあの相対的な、しばしば他の生産部門での不変資本の優勢のために遊離した過剰人口を基礎として取り入れ、それ自身は再び生きている労働という要素の優勢にもとづき、それから後にはじめてだんだん他の生産部門と同じ経路をたどって行く。どちらの場合にも可変資本は総資本のなかで大きな割合を占めており、労賃は平均よりも低く、したがってこのような生産部門では剰余価値率も剰余価値量も異常に高くなっている。
第四の相対的過剰人口である。過剰労働力が吸収される生産部門は先に述べた第一の労働搾取度の増強と第二の労賃の価値以下への引下げが同時に行われるような領域であるため、こうした部門の発達は平均的利潤率の低下に対しては反対に作用する。この点、晩期資本主義では奢侈消費のためのサービス産業が高度に発達し、多くの過剰労働人口を劣悪な労働条件の下に吸収しており、また製造業など伝統的な生産部門でも非正規労働力の増加減少が見られる。これも、資本総体での利潤率低下への対抗戦略とも言えるだろう。
貿易によって一方では不変資本の諸要素が安くなり、他方では可変資本が転換される必要生活手段が安くなるかぎりでは、貿易は利潤率を高くする作用をする。というのは、それは剰余価値を高くし不変資本の価値を低くするからである。
第五は貿易である。こうした貿易の中でも、植民地貿易が先進的な本国と発展度の低い植民地における労働搾取度の格差を利用して高い利潤率を達成することが指摘されている。植民地支配が基本的に終焉した現代にあっても、先進国‐途上国間の貿易では途上国への生産拠点の移転という戦略を伴いつつ、利潤率の低下が食い止められる。