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持続可能的計画経済論[統合新版](連載第72回)

2025-02-22 | 持続可能的計画経済論[統合新版]

第4部 持続可能的計画経済への移行過程

 

第15章 経済移行計画

(4)「貨幣観念」からの解放
 貨幣経済を廃する持続可能的計画経済への移行過程にあっては、円滑な移行を担保する技術的な諸政策も重要であるが、人々がほとんど無意識のうちに前提としている貨幣観念から意識的に解放されるというある種の意識革命を促進することも不可欠である。
 現代世界では、あらゆる物やサービスを貨幣と交換で取得するという貨幣交換システムが強固に定着しており、人々は呼吸する空気とほぼ同等レベルで貨幣を無意識の前提としているため、貨幣交換に基づかず、無償または物々交換で回っていく経済システムを想定することが至難となっている。
 その点、生物としてのヒトが誕生してからいかにして貨幣交換の観念を習得していくのかは十分解明されておらず、誕生後の母語言語習得のプロセスと同様に謎である。家庭や学校で系統的に貨幣教育を実施しているといった事実はないから、母語言語と同レベルの無意識的な習得過程を経て、ある程度の年齢に達すれば自然に簡単な買い物はできるようになっているというのが大半のヒトの成長過程である。
 そのようにして自然に習得された貨幣観念から人々を解放することは容易でなく、貨幣観念の習得は無意識的に行われるとしても、それからの解放は逆に意識的かつ習練的に行われる必要がある。その過程や方法の考察は、これまでのところほぼ未開拓の行動経済学的な課題である。
 ここでも、ショック療法的に貨幣経済の廃止を即行する策を採るならば、一部の人々は反動から独り占めを狙った大量取得に走り、深刻な物資不足に陥る恐れがある。人間の物欲は貨幣経済下では貨幣の持ち高によって不平等に規制されているが、非貨幣経済下では別のより公平な方法で規制される必要がある。
 物欲が後天的に習得された欲望なのか、生物としてのヒトが生得的に備える欲求なのかは別としても、そうした物欲コントロールも、持続可能的計画経済にあってはその成否に直接関わる重要な課題であり、貨幣観念からの解放と表裏一体の行動経済学的な課題となる。
 それらの課題を負いつつ、貨幣観念からの解放も経済移行計画に組み込んで進めていく必要があるが、大枠として、出発点は情報提供と啓発、次いで限定的な非貨幣経済の試行、最終的には非貨幣経済の完全施行という段階を経過することが最も円滑な移行を保証することになるだろう(詳細後述)。

 

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持続可能的計画経済論[統合新版](連載第71回)

2025-02-22 | 持続可能的計画経済論[統合新版]

第4部 持続可能的計画経済への移行過程

 

第15章 経済移行計画

(3)「経過制」か「特区制」か
 経済体制の移行に際しては、しばしば特定の地域に限り特別な法的地位を与え、他地域とは異なる経済体制を敷く経済特区が設置されることがある。その多くは統制的な経済体制を自由市場経済体制に転換する過程で見られる。これを最も大々的に活用してきたのは中国である。
 このような手法は、一挙に経済体制を移行する場合に陥りがちな経済混乱を緩和するとともに、まずは特区内で地域限定的に試行することで、新経済体制に社会経済を適応させていく意義もある。
 こうした経済特区制は、自由市場経済から持続可能的計画経済に移行するに際しても適用することは理論上可能である。例えば、都市部及び農漁村部の一定地域を「計画経済特区」に指定し、各地域限定的に持続可能的計画経済を先行的に試行するような方策である。
 しかし、特区制はどのような方向性のものであれ、政策的に指定された一定の地域の住民や登録法人に限り特別な経済特権を付与することになる点で、法の前の平等に反する結果となる。
 中でも、持続可能的計画経済は貨幣制度の廃止を本旨とすることからも、特区内に限り貨幣制度を廃止することの不公平さ、さらにはそれに伴う経済混乱も少なからず予想されることからして、特区制によることは適切と思えない。
 持続可能的計画経済への移行に際しては、特区制ではなく、全域一律的なシステム移行を想定するべきであろう。このような手法は「特区制」に対して「経過制」と呼ぶことができる。経過制は、前回も見たような段階を経過して、計画的に経済体制の移行を進めていく手法である。
 ちなみに、「経過制」と対照されるもう一つの手法として「即行制」がある。これは段階を設けることなく、新経済体制に一挙移行するもので、言わばショック療法的な手法である。これも、ソヴィエト連邦解体後のロシアなどで資本主義市場経済体制に移行する際に適用された実例があるが、市民生活を犠牲に供する著しい経済混乱を生んだ。
 その点、貨幣経済の廃止を即行で実施することに伴い予想される混乱は、急激な市場経済化の比では済まないから、このような手法は論外である。結局、綿密な経済移行計画を伴う経過制こそが、持続可能的計画経済への移行を最も円滑に保証することになると考えられる。

 

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