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戦後ファシズム史(連載第53回)

2016-08-16 | 〆戦後ファシズム史

第四部 現代型ファシズムの諸相

4‐4:日本の新国粋主義
 戦前における軍部主導の擬似ファシズムが、敗戦を経て、―連合国の占領という「横槍」の結果ではあるが―民主的に再編され、漠然と「戦後民主主義」と称される体制が定着してきた戦後日本でも、21世紀に入って「ファッショ化要警戒現象」と思しき現象が観察される。
 といっても、日本では現時点で外見上明白な変化が見て取れるわけではない。戦後日本の体制は、戦前非合法化されていた共産党も含めた多党制の下、保守系包括政党の性格を持つ自由民主党が不定期の解散総選挙を繰り返しながらほぼ一貫して政権を維持する一党優位構造であり、1990年代以降、二度の比較的短い政権交代を経験しても、この構造は変わっていない。
 しかし、イデオロギー的にも温度差のある派閥連合体の性質を持つ自由民主党内で中道保守系派閥が主導していた党内権力構造が変質し、2000年の森喜朗内閣以降、5年にわたった小泉純一郎政権を経て、森が実質上率いていた最右派派閥が主導するようになり、自民党の右傾化反動化傾向が顕著になってきた。
 この傾向は、1997年に設立された各界横断的な尊王国粋団体・日本会議と同時に結成された連携国会議員グループが自民党内に深く浸透し、とりわけ近年の安倍晋三政権では首相をはじめ、多数の閣僚を輩出していることで、ある種の影の権力として党内党の様相を呈するに至っていることともリンクしている。
 こうした自民党の右傾化反動化傾向は、2009年の総選挙で敗れ、自民党が下野中の12年4月に取りまとめた「憲法改正草案」に顕著に現れている。この草案の特徴は、再軍備宣言を基調としつつ、基本的人権に公益・公序の観点から広範な制限を加え、国防の責務や国旗国歌尊重義務に象徴される国民の国家忠誠義務を明記するという国家主義的な色彩の強いものである。
 そのほか、天皇を国家元首として明記し、国防軍の退役軍人も内閣総理大臣及び全ての国務大臣となれる道を開くなど、克服されたはずの軍国主義に回帰するかのような復古色も滲み出る内容となっている。
 このような改憲草案をひっさげつつ、安倍を擁する自民党は12年の総選挙で圧勝し、政権を奪還すると、13年、16年の参議院選挙でも連勝し、衆参両院を制覇するというかつてない支配力を得た。その結果、野党は断片化を来たし、対抗力を喪失しており、巨大与党が議会政治を支配するというシンガポールや近年のロシアなどで見られる議会制ファシズムの形式的な土台はすでに用意されているとも言える。
 10年近い長期化も窺う安倍政権ではメディアに対する与党からの訂正要求や「ネットサポーターズクラブ」なる後援組織を通じたインターネット上での世論介入のような法制化されない非公式的な形態の情報統制策が多用されていることも、「ファッショ化要警戒現象」として注視される。
 他方で、地方基盤政党の形で、地方集権化、競争淘汰主義と教育を中心とした分野での管理統制を追求する日本維新の会(現党名)のような新たな権威主義的右派政党も台頭している。同党は日和見的に離合集散と党名変更を繰り返し、いまだ全国政党にはなり切れていないが、同党が中央でも伸張し、自民党と協力関係、さらには連立政権を形成することになれば、日本政治はファッショ化段階に進む可能性もある。
 ちなみに、移民政策に関して、従来の日本では欧州における反移民諸政党の主張をも上回るほどの移民規制策―事実上の移民否定政策―を敷いてきているが、近年は在日コリアンを中心とした定住移民の排斥を訴える在野運動も隆起している。こうした運動はまだ議会政党の形を取っていないが、隠然と与党周辺にも影響していると見られ、今後の動向が注視される。
 これに対し、従来、一部自民党内にも裾野を持つ形で、右傾化反動化に対するブレーキの働きをしてきた護憲運動は高齢化による退潮も目立ち、往時の勢いを失っている。とはいえ、自民党も現時点では護憲的な傾向の強い中道政党・公明党との連立枠組みを維持しており、連立第二党からのブレーキはある程度働いていると見られる。
 こうして、現時点では日本のファッショ化は要警戒段階にとどまっているとはいえ、新国粋主義とも呼ぶべき潮流の中にあって、「戦後民主主義」は現在、岐路に立たされていることに変わりなく、今後の日本の針路は安易な予断を許さぬものとなるだろう。

※既連載『近未来日本2050年』は、日本のファッショ化が進展するという前提で、2050年の近未来日本における「議会制ファシズム」のありようをフィクショナルに描出する試みである。

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