Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家
1‐5‐1:麻薬警察としての麻薬取締部
麻薬取締部は、厚生労働省の地方支分部局である地方厚生局に所属する麻薬捜査専門機関であり、アメリカの麻薬取締庁(DEA)に相当する機関であるが、DEAがFBIと並び、司法省に属するのは異なり、薬事行政を担当する厚労省に属する点で、薬事行政の一環としての位置づけが強い。
そのため、麻薬取締部に所属する麻薬取締官は薬学部卒業者が大半を占めているが、単なる行政官ではなく、司法警察職員としての職務権限を有するため、麻薬取締部は麻薬警察としての性格を持った国家警察機関もある。
そうした点でも、如上のDEAに近いが、特別捜査官約5000人を擁するDEAに比べ、麻薬取締部の定員は300人程度と、圧倒的に小規模である。そのうえ、麻薬捜査の優先権もなく、権限が都道府県警察と重複し、都道府県警察との協力関係が不可欠であるため、過去には都道府県警察との統合論も提起された。
ただ、上述したように、麻薬取締部は薬学知識を持った捜査官を擁することに特色があり、都道府県警察とは異なる薬事行政の観点から活動するため、両者には相違点もあり、現時点では統合論は下火となっている。
麻薬取締官は、法律に基づき、厚生労働大臣の許可を得て、違法に流通している麻薬等を実際に譲り受けるおとり捜査を実行する特別な権限を与えられている点でも警察官とは異なっており、人権上も、都道府県府警察との完全統合には問題を生じるであろう。
1‐5‐2:労働警察としての労働基準監督署
麻薬取締部と並ぶ厚生労働省系の警察機関として、労働基準監督署がある。労働基準監督署は、その名の通り、労働基準法をはじめとする各法令で定められた労働基準の順守を監督し、かつ労働基準法違反事件を捜査、立件する捜査機関としての役割を持つ点で、労働警察として機能する。
そのため、労働基準監督官には司法警察職員としての職務権限が与えられている。人員も、厚労省本省や都道府県労働局所属者も合わせれば、約4000人と比較的多く、立件件数も、都道府県警察以外の特別警察の中では、海の警察である海上保安庁に次いで多いアクティブな警察機関でもある。
その点、労働基準法違反事件は都道府県警察の生活安全部も捜査権限を持っており、麻薬捜査と同様の権限重複が見られるが、専門性の高さから、事実上労働基準監督署に優先性がある。
とはいえ、労働基準監督署はまさに労働基準の監督業務に大きなウェートがあり、純粋の警察機関ではないが、そうした労働基本権の擁護機関としては、独立性を持ったオンブズマンのような護民官制度には及ばない限界性もあり、警察機能と監督機能の併有には問題もある。