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比較:影の警察国家(連載第27回)

2020-12-20 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐2:北アイルランド警察の特殊性

 北アイルランド問題は、長年にわたり、イギリスにおける最大のアキレス腱であり、イギリス政府と独立派武装組織アイルランド共和軍(IRA)の間は1998年の和平成立まで一種の戦争状態にあり、その間、イギリスは北アイルランド独立派に対して、重装警察組織による強硬な警察国家的対応で臨んできた。
 しかし、和平成立後は、IRAの武装解除に伴い、北アイルランドの平常化が図られ、その一環として警察組織の再編も実施された。結果、発足した北アイルランド警察(Police Service of Northern Ireland:PSNI)は、連合王国構成主体の一つである北アイルランド全域を管轄する地方警察の一つであるが、和平後もなお、他の地方警察とは異なる特徴を備えている。
 まず、一つの地方全域を管轄する例外的な地方集権警察である点である。ただし、遅れてスコットランド警察も同様の構制で再編されたため、唯一の例外ではなくなったが、2001年の発足当時のイギリスにおいては初の警察形態であった。
 また、前身組織の王立アルスター保安隊(Royal Ulster Constabulary:RUC)が重装備の警察軍に近い組織であったことを反映し、PSNIも依然として武装化されている点である。イギリスでは一般警察官が武装しない伝統が維持されているところ、PSNIの警察官は常時武装し、防弾装備も備えていることが相違点となっている。
 さらに、武装組織の襲撃を想定した特殊作戦チームが豊富に配備されていることも特徴である。その中心は武装即応班(Armed Response Unit)である。これは厳選され、専門的な銃撃訓練を受けた要員から成り、緊急的な事案に対応する特殊部隊であり、アメリカにおけるSWAT部隊に近い存在である。
 その他にも、本部機動支援班(Headquarters Mobile Support Unit)や医療班を含め、様々に機能分化した戦術支援集団(Tactical Support Group)など、RUC時代の軍隊に近い組織構制が継承されており、北アイルランドが和平成立後も依然として厳しい治安警戒地域とみなされていることを示している。
 一方、北アイルランドならではの特殊な制度として、アイルランド島内で隣接するアイルランド共和国の国家警察(アイルランド治安警備隊)との人事交流制度がある。これは2002年の政府間協定に基づくもので、アイルランド島が南北に二つの国家に分割されている不自然な地政状況下で、両アイルランド警察機関の連携を図るものである。
 このように、北アイルランド警察は形式上は通常の警察組織として構制されているとはいえ、北アイルランドの地政学的特殊性を反映した特別警察的な存在であり、「テロとの戦い」テーゼの時代には他の地方警察にも参照モデルを提供し、イギリスにおける影の警察国家の重要な一部を形成していると言える。


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