Ⅳ ドイツ―分権型二元警察国家
2‐1:連邦警察任務の拡大
現ドイツにおける連邦警察機関の主軸は連邦警察(Bundespolizei)であるが、この機関は元来、旧西ドイツの連邦国境警備隊(Bundesgrenzschutz:BGS)を前身とする。BGSはその名の通り、国境警備に専任する武装組織であった。
その点、敗戦後の西ドイツではいったん連合国占領下で軍備が廃止された後、軍に代わる武装組織として BGSが創設された。そのため、 BGSは初発においては準軍事組織の性格を持ったが、1955年の再軍備を機に、1960年代の制度改正によって文民武装組織に転換されたため、事実上は「国境警備警察」となった。
そうした特殊な設立と転換の経緯から、 BGSは準軍事組織ではなく準警察組織として位置づけられるようになったため、時代の進展とともに、実質的な警察組織として発展していくこととなった。
その過程で、純粋の国境警備に加えて、大統領府や最高裁判所、首相府など連邦主要庁舎の警備任務が追加されるともに、対テロ作戦の中軸ともなった。後者は1972年のミュンヘン五輪でイスラエル選手団がパレスチナ武装集団に襲撃され、多数の死者を出した事件を機に整備されたものである。
さらに、1990年の東西統一に際しては、両ドイツの鉄道警察がBGSに移管された。このように、主として1970年代以降に BGSの任務が漸次拡大するにつれ、国境警備隊という機関名称が実態に合わなくなったことを受け、2005年に正式に連邦警察に名称変更された。
しかし、地方分権を指向するドイツ憲法は警察力を州の権限としていることから、憲法違反の可能性も指摘されたが、権限を制約することで憲法論議を抑えた。ちなみに、この改正を主導したのは時のシュレーダー社会民主党政権であったが、こうした「法と秩序」政策は従来「リベラル」政党であった社民党の保守的変質を示す政策と言える。
このように、連邦警察への名称変更は、旧西ドイツ下で連邦は警察力を正式に保有しないという脱警察国家を目指していた流れを転換し、影の警察国家を進展させる意味を持ったのであるが、その基本は警備警察であって、フランス国家警察のように刑事警察や公安警察にも及ぶ自己完結型の警察組織でない限りにおいては、なお権限が制約されていることも確かである。
とはいえ、国境警備や対テロ特殊作戦部隊に加え、デモ規制や暴動鎮圧などの集団警備力をも擁する連邦警察の物理的な実力は相当に高度であり、実態としてはフランスの国家治安軍のような軍事的な性格を持った強力な準軍事的警察組織に増強されていることが注目される。