今年度の母子保健講習会は、昨年に引き続き「子ども支援日本医師会宣言の実現をめざして-2」をメインテーマとして開催されました。当日は強風による交通機関の乱れによってプログラムも変更になり、最後の講演を待たずに帰途につきましたが、聴講できた部分について概要をお伝えします。
平成19年度母子保健講習会
平成20年2月24日(日)
日本医師会館(東京都)
講演「子どもの脳を守る」
山崎麻美(国立病院機構大阪医療センター副院長)
小児脳神経外科医としての30年の経験から、虐待の急激な増加、出生前診断の持つ側面、家族との関わり合いなど多面的な視点による子どもと親への支援について講演された。
欧米では揺さぶられっ子症候群(Shaken baby syndrome)は虐待と判断されるが、日本では虐待による頭部外傷のうち急性硬膜下血腫は10%程度で、転倒によるI型も分類されており、その差異については議論が残っている。
胎児期水頭症の出生前診断と長期にわたる治療経験から、産科医と脳外科医、母親の想いとの間に大きなズレがあることを痛感し、産科の現場に情報を伝えていくための診断治療ガイドラインを作成した。
一部の脳腫瘍は依然として予後不良であり、子どもの死と向き合う家族の姿から教えられたことも多い。
子育て支援には「おせっかい」が大事であり、地域で親も子も一緒に育つ「子育て育児より子育ち育自」(橋本)の視点に立った育児支援が必要であり、女性医師の復職支援にもつながる。
シンポジウム「母子の心の健康を求めて」
1)妊産婦のメンタルヘルスの理論と実際
~ハイリスク者の早期発見と育児支援における医療チームの役割~
吉田敬子(九州大学病院精神科神経科准教授)
1980年、英国のKumarらに始まる妊産婦の精神医学は、1987年に産後うつ病スクリーニングが開発されて研究とその実践が世界に拡がった。
出産後の母親の育児の障害を、次の三つの要因に分けて評価し支援していく必要がある。
1) 育児・環境要因
経済・住環境への不満
情緒的サポートの欠乏
社会的交流の乏しさ
2) 母親側にみられる要因
産後うつ病
3) 子どもへの否定的な感情
乳幼児の虐待との関連
それぞれの要因に対する「育児支援チェックリスト」「エジンバラ産後うつ病質問票」「赤ちゃんへの気持ち質問票」を用いた、産科・小児科・保健部門で途切れることのない育児支援が全国で展開されている。
産後うつ病は妊産婦の10~20%にみられ、軽症・中等症が多いため家事などは出来ているものの、育児機能障害、親子関係への影響のみならず、子どもの情緒や発達にも影響が生じるため、スクリーニングと適切な支援が必要である。
妊婦のストレスが胎児の発育不全や将来の行動上の問題などに影響を及ぼす(胎児プログラミング:Glover)ことが明らかになり、妊娠中のストレス管理の重要性が強調されるようになった。九大病院では産科と精神科が連携した母子メンタルヘルスクリニックが開設されている。
母親の抗うつ剤治療が母乳栄養児に及ぼす直接の副作用は報告されていないが、胎児への影響についてはエビデンスの蓄積が必要である。
母親の主な問題や背景が心理的・社会的なものであり、母親がサポートを求め、家族のサポートも期待できる場合は地域の母子訪問などの育児支援を継続できるが、母親の病識がなくサポートを求めていない、家族の協力や理解が得られない、精神科既往歴があるか治療中などの場合には精神科との連携が必要である。
ADHDなどの発達障害は子どもの5%程度にみられるが、母親のうつ病などで30~40%まで跳ね上がる。次世代に同じ問題を繰り返させないための行政システム、心理社会的および精神医学的な支援が求められている。
2)「キレる」脳:セロトニン欠乏脳
有田秀穂(東邦大学医学部統合生理学教授)
「キレる」現象に関連深い前頭前野腹外側部におけるセロトニン伝達機能の障害を「セロトニン欠乏脳」と呼んでいる。うつ病や自殺は最近20年間で急増しているが、心と体の元気を作るセロトニン神経を弱らせる生活習慣が「軽うつ」の増加の原因になっていると考えられる。
セロトニン神経活性化の要因は、呼吸・歩行・咀嚼などのリズム運動、日照(太陽光)、グルーミング(抱っこやタッピングなど)で、マイナス要因は疲労やストレスである。昼夜逆転でパソコンに向かい身体を動かさないライフスタイルが、セロトニン欠乏脳を作り出す原因となっている。
セロトニン神経は3-6歳で発達し、6歳頃には大人のレベルに達する。セロトニンとメラトニンは昼夜、陰陽の関係で生体のリズムを調整している。
母と子のセロトニン神経を活性化させるために、リズム運動、日光浴、互いに呼吸を感じ合う、スキンシップの四つを提案している。
3)子どもの心に出会う
村瀬嘉代子(大正大学人間学部臨床心理学教授)
児童福祉施設等における調査研究を通して、子どもたちは基本的信頼感を持ちたいと渇望し、きめ細かな配慮に裏打ちされた全体性のある日常生活を元にしたキュアとケアを必要としていることが見てとれた。
1987年と2000年の比較では、子どもたちが抱く家族への願望は基本的に変貌しておらず、将来大切にしたいものの筆頭に家族を挙げる率はむしろ上昇している。父母の役割のイメージはよりユニセックス化し、父親の影が薄れている。
子どもたちが空間的に、時間的に、人間関係の網の目の中で「居場所」をどのように確保できるかが問題で、網の目にならない場合でも小さな点が網の目を紡ぎ出す端緒となりうる。
子どもたちは、話を聴いてくれる大人を切望している。被虐待経験者は、毎日の食事や看病、声かけ、日々のさりげない行為など、生活を大切に見なおすことを通じて形成された目に見えない繋がりが、今日の回復をもたらしたと語っている。
4)子どもの社会力
門脇厚司(筑波学院大学学長)
社会力とは、人と人がつながり、社会を作る力であり、社会に適応する力である社会性とは異なる。社会性を育てることを教育の目標にしてはならない。
子どもの発達の異変は1960年代から始まり、すでに高校生の親の世代に達している。その本質は、他者への無関心、愛着・信頼感の欠如による「他者の取り込み不全」であり、結果として社会力が衰退し、いじめや不登校、引きこもり、虐待など深刻な事態をもたらしている。
それに対し、未だに学力の問題ばかりが取り上げられ、「生きる力を育てる」ことを後退させようとしている教育改革は、子どもの異変を更に加速させるだけである。
社会力は多様な他者、とりわけ大人との相互行為を重ねることで育てられる。子ども同士で遊んで社会力が育つなどという考えはやめなければならない。
子どもと親の社会力を育てるために、地域や学校で子どもと大人が交流し協働する場や機会を多くする必要がある。
講演「医学・医療の品格」
久道 茂(宮城県対がん協会会長)
日本の医療崩壊、臨床疫学の科学性と倫理性、科学者の品格、医療人・患者・住民の品格、市場経済主義の弊害、リーダーの品格等について話されたようです。同名著書をご覧下さい。
平成19年度母子保健講習会
平成20年2月24日(日)
日本医師会館(東京都)
講演「子どもの脳を守る」
山崎麻美(国立病院機構大阪医療センター副院長)
小児脳神経外科医としての30年の経験から、虐待の急激な増加、出生前診断の持つ側面、家族との関わり合いなど多面的な視点による子どもと親への支援について講演された。
欧米では揺さぶられっ子症候群(Shaken baby syndrome)は虐待と判断されるが、日本では虐待による頭部外傷のうち急性硬膜下血腫は10%程度で、転倒によるI型も分類されており、その差異については議論が残っている。
胎児期水頭症の出生前診断と長期にわたる治療経験から、産科医と脳外科医、母親の想いとの間に大きなズレがあることを痛感し、産科の現場に情報を伝えていくための診断治療ガイドラインを作成した。
一部の脳腫瘍は依然として予後不良であり、子どもの死と向き合う家族の姿から教えられたことも多い。
子育て支援には「おせっかい」が大事であり、地域で親も子も一緒に育つ「子育て育児より子育ち育自」(橋本)の視点に立った育児支援が必要であり、女性医師の復職支援にもつながる。
シンポジウム「母子の心の健康を求めて」
1)妊産婦のメンタルヘルスの理論と実際
~ハイリスク者の早期発見と育児支援における医療チームの役割~
吉田敬子(九州大学病院精神科神経科准教授)
1980年、英国のKumarらに始まる妊産婦の精神医学は、1987年に産後うつ病スクリーニングが開発されて研究とその実践が世界に拡がった。
出産後の母親の育児の障害を、次の三つの要因に分けて評価し支援していく必要がある。
1) 育児・環境要因
経済・住環境への不満
情緒的サポートの欠乏
社会的交流の乏しさ
2) 母親側にみられる要因
産後うつ病
3) 子どもへの否定的な感情
乳幼児の虐待との関連
それぞれの要因に対する「育児支援チェックリスト」「エジンバラ産後うつ病質問票」「赤ちゃんへの気持ち質問票」を用いた、産科・小児科・保健部門で途切れることのない育児支援が全国で展開されている。
産後うつ病は妊産婦の10~20%にみられ、軽症・中等症が多いため家事などは出来ているものの、育児機能障害、親子関係への影響のみならず、子どもの情緒や発達にも影響が生じるため、スクリーニングと適切な支援が必要である。
妊婦のストレスが胎児の発育不全や将来の行動上の問題などに影響を及ぼす(胎児プログラミング:Glover)ことが明らかになり、妊娠中のストレス管理の重要性が強調されるようになった。九大病院では産科と精神科が連携した母子メンタルヘルスクリニックが開設されている。
母親の抗うつ剤治療が母乳栄養児に及ぼす直接の副作用は報告されていないが、胎児への影響についてはエビデンスの蓄積が必要である。
母親の主な問題や背景が心理的・社会的なものであり、母親がサポートを求め、家族のサポートも期待できる場合は地域の母子訪問などの育児支援を継続できるが、母親の病識がなくサポートを求めていない、家族の協力や理解が得られない、精神科既往歴があるか治療中などの場合には精神科との連携が必要である。
ADHDなどの発達障害は子どもの5%程度にみられるが、母親のうつ病などで30~40%まで跳ね上がる。次世代に同じ問題を繰り返させないための行政システム、心理社会的および精神医学的な支援が求められている。
2)「キレる」脳:セロトニン欠乏脳
有田秀穂(東邦大学医学部統合生理学教授)
「キレる」現象に関連深い前頭前野腹外側部におけるセロトニン伝達機能の障害を「セロトニン欠乏脳」と呼んでいる。うつ病や自殺は最近20年間で急増しているが、心と体の元気を作るセロトニン神経を弱らせる生活習慣が「軽うつ」の増加の原因になっていると考えられる。
セロトニン神経活性化の要因は、呼吸・歩行・咀嚼などのリズム運動、日照(太陽光)、グルーミング(抱っこやタッピングなど)で、マイナス要因は疲労やストレスである。昼夜逆転でパソコンに向かい身体を動かさないライフスタイルが、セロトニン欠乏脳を作り出す原因となっている。
セロトニン神経は3-6歳で発達し、6歳頃には大人のレベルに達する。セロトニンとメラトニンは昼夜、陰陽の関係で生体のリズムを調整している。
母と子のセロトニン神経を活性化させるために、リズム運動、日光浴、互いに呼吸を感じ合う、スキンシップの四つを提案している。
3)子どもの心に出会う
村瀬嘉代子(大正大学人間学部臨床心理学教授)
児童福祉施設等における調査研究を通して、子どもたちは基本的信頼感を持ちたいと渇望し、きめ細かな配慮に裏打ちされた全体性のある日常生活を元にしたキュアとケアを必要としていることが見てとれた。
1987年と2000年の比較では、子どもたちが抱く家族への願望は基本的に変貌しておらず、将来大切にしたいものの筆頭に家族を挙げる率はむしろ上昇している。父母の役割のイメージはよりユニセックス化し、父親の影が薄れている。
子どもたちが空間的に、時間的に、人間関係の網の目の中で「居場所」をどのように確保できるかが問題で、網の目にならない場合でも小さな点が網の目を紡ぎ出す端緒となりうる。
子どもたちは、話を聴いてくれる大人を切望している。被虐待経験者は、毎日の食事や看病、声かけ、日々のさりげない行為など、生活を大切に見なおすことを通じて形成された目に見えない繋がりが、今日の回復をもたらしたと語っている。
4)子どもの社会力
門脇厚司(筑波学院大学学長)
社会力とは、人と人がつながり、社会を作る力であり、社会に適応する力である社会性とは異なる。社会性を育てることを教育の目標にしてはならない。
子どもの発達の異変は1960年代から始まり、すでに高校生の親の世代に達している。その本質は、他者への無関心、愛着・信頼感の欠如による「他者の取り込み不全」であり、結果として社会力が衰退し、いじめや不登校、引きこもり、虐待など深刻な事態をもたらしている。
それに対し、未だに学力の問題ばかりが取り上げられ、「生きる力を育てる」ことを後退させようとしている教育改革は、子どもの異変を更に加速させるだけである。
社会力は多様な他者、とりわけ大人との相互行為を重ねることで育てられる。子ども同士で遊んで社会力が育つなどという考えはやめなければならない。
子どもと親の社会力を育てるために、地域や学校で子どもと大人が交流し協働する場や機会を多くする必要がある。
講演「医学・医療の品格」
久道 茂(宮城県対がん協会会長)
日本の医療崩壊、臨床疫学の科学性と倫理性、科学者の品格、医療人・患者・住民の品格、市場経済主義の弊害、リーダーの品格等について話されたようです。同名著書をご覧下さい。