熊本熊的日常

日常生活についての雑記

ハイデラバード最終日

1985年03月04日 | Weblog
6時半頃起床。昨夜、バスルームでゴキブリを2匹撃退。配水管を伝って侵入してきたようだ。それと、昨夜は隣の部屋の人と話しをする機会があった。背が高く、体格のよい人だったが、バスケットボールの選手だそうだ。

朝、荷物をまとめ、ベランダに出てぼんやりと通りを眺めていると、通学途中の子供たちの姿が目に留まった。女の子の制服が二種類あり、サリーの子と、ブラウスとスカートの子が1対2の割合といったところだった。マドラスでもバンガロールでも、制服としてサリーを着ている子供は見たことがない。

こんな風景を見ながら、急速に近代化が進むこの国の未来に思いを馳せる。インドの工業力はまだまだ低いが部分的には最先端を行くものもある。しかし、強固な身分制、多数の宗教、多様な民族からなる複雑極まりない国家には社会全体のコンセンサスを得て何物かを成し遂げることなど期待すべくもない。

9時半頃、チェックアウトし、荷物を駅のクロークに預け、スカンディラバードへ行く。駅の事務所には思いっきり偉そうなオッサンが一人、それほどでもないのが二人おり、その偉そうな奴がキャンセル待ちの客一人一人に席を割り振っていた。私の乗る列車のリストはまだ彼の手元にはなく、12時にもう一度来いという。時間つぶしに駅前の屋台を見て歩く。葡萄がとても多いので、ちょっと買ってみることにした。売り子(文字どおり子供)相手に2ルピー分だけ欲しいと身振り手振りを交えて一生懸命伝えようとするのだが、どうもうまく伝わらない。やっと話が通じて、じゃぁこれで、と5ルピー紙幣を出すと、釣り銭がないという。彼も周りの屋台を駆け回って小銭を集めようとしたが、どうも金のことになるとシビアなようで、結局釣り銭が集まらなかった。そこで、彼いわく、2ルピーなら手元にあるので、3ルピー分買えという。仕方ない。彼はうれしそうに天秤を取り出し、3ルピー分計ってくれた。大きな房が3つあった。とても一人では食べきれる量ではなかった。それでももったいないから、一心不乱に葡萄を食べた。マスカットのような色だが、マスカットよりずっと甘く、皮が薄い。一房食べ終えたところで場所を替え、駅前のベンチに腰をおろして12時を待つことにした。

隣に座った20歳代後半から30歳代前半くらいの男性が話しかけてきた。彼の泊まっている部屋がダブルなので一人分ベッドが空いているから一緒に泊まらないかという。1泊30ルピーだから15ルピーずつということにしょうと続ける。自分は今夜の列車でニューデリーへ行くんだと言ってもしつこく誘ってくる。とうとう彼は自分のアタッシェケースを開いてエロ本を取り出し、自分の部屋には別のがたくさんあるという。そんなものは珍しくないじゃないかといって取り合わないでいたが、それでもしつこく誘い続ける。そこへもう一人、やはりビジネスマン風の人がやってきて腰を下ろした。隣の彼はさりげなくエロ本をしまった。今来たほうの彼は、やはりアタッシェケースから本を取り出した。こちらは英会話のテキストのようである。彼はそれを片手に私に話しかけてきた。何を言っているのかよくわからなかった。彼も頭を抱えてしまった。気を取り直してもう一度。今度は短いフレーズで
“Where’s your home?”
“Oh, it’s in Japan.”
彼は満足そうな顔をしていた。ちょっと変だなと思ったのは、エロ本の彼と英会話テキストの彼との間に会話がないことであった。どうも言葉が通じないらしい。我々3人の間の会話はへたくそな英語で行われることになった。そうこうしているうちに12時になったので、私は彼等に別れを告げ、階上の事務所へ向かった。相変わらず偉そうなオッサンが席の割り振りをしていた。私の番がきたが、あいにく彼の手元にあるのは別の列車のリストだった。10分待て、そう言われて10分待ったが彼は何もしようとしない。こうなったら自分で列車のリストを探すしかない。立ち上がって、オッサンの机に積んである乗客リストを覗き込む。オッサンの向かい側の席の奴が持っていたリストの上のほうに”Train No. 21”とある。これだ。あった、俺の名前!
“Excuse me, sir. This is my name.”
“Oh, yes, your seat number is G-18.”
これで私の持っている切符の裏に「G-18」と書き込まれ、手続きは完了した。
“Thank you, sir.”
“sir”なんて使うのは生まれて初めてだ。インドでは公務員がたいへん偉いのである。事務所を出て下に降りると、
“There he is!”と素っ頓狂な声。さっきのテキスト氏であった。手を振って笑顔を交わして別れた。

リクシャーで帰ろうと思い、駅前に停まっているリクシャーを一台一台覗いていく。どのリクシャーにも主がいない。たまにいると、20ルピーなどと法外な値段をふっかけてくる。このクソ暑いのに余計な手間をかけさせないで欲しい。10ルピーでいってやるというリクシャーがあった。それでも高いが法外というほどではなかったのでそれに決めた。

ハイデラバードでは、まず、駅で列車の出発時刻を確認し、それからベンチに腰掛けてさっきの葡萄を食べ始める。まったく、とんだ昼飯になった。1時間近くかけて全部平らげ、ミルク屋へ行って口直しにラッシーを飲む。時刻は2時ちょっと前。列車の発車は夜8時。公園でぼんやり時間の経つのを待つことにした。

午後7時頃駅に行った。大勢の人がそれぞれに列車を待っていた。列車は出発の約1時間前、遅くとも30分前にはホームに入線する。私の乗る列車とほぼ同時刻にボンベイ行きの列車も出発するので、ホームの番号と発車時刻を入念にチェックした。列車は既に入線していたが、電気が入っていなかった。車内は真っ暗。ライターの火を頼りに、まず、車両の入り口に貼ってある乗客名簿で自分の名前を確認して中へ入る。間もなく、電気も入り、あとは出発を待つだけ。ただ、不幸なことに、私の席は3人がけの真ん中だった。