万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

原発の”危険神話”の誕生も問題

2011年09月24日 13時56分21秒 | 国際政治
福島・浪江町長、東北電の原発建設に反対表明(読売新聞) - goo ニュース
 福島第一原発の事故を受けて、脱原発・反原発派の人々は、かつて広く信じられていた原発の”安全神話”の崩壊を取り上げて、原子力発電を推進してきた人々を厳しく糾弾しております。”安全神話”は嘘であり、国民を騙したと・・・。

 その一方で、脱原発・反原発派の人々もまた、原発の”危険神話”という新たな神話を、一生懸命に紡ぎだしています。原発推進派は、電力会社と繋がる御用学者を繰り出して国民を洗脳してきたと批難していますが、脱原発・反原発を主張する学者もまた、常に同じ人物が出演しており、やはり”御用学者”と化しています。あらゆる物事にリスク0%はあり得ませんので、リスクを指摘することは間違ってはいないのですが、”絶対に危険”、あるいは、倫理に照らしても”絶対悪”と言い切る態度は、狂信的でもありますし、その宣伝ぶりは、国民を”危険神話”で洗脳しようとしてるようにも見えるのです。この危機感を煽るプロパガンダに、文化人や芸能人も加担していることは、言うまでもありません。

 人類が原子力エネルギーをコントロールできるか否かは、適切なリスク管理体制の構築にかかっておりますし、将来的には、技術的に除去可能なリスクも少なくありません。”危険神話”が広まることで、原発の安全化に取り組む優秀な研究者や技術者が育たなくなりますと、その損失は甚大です。原子力の利用については、”安全神話”も”危険神話”も、冷静な議論を阻害するという、共通の問題点があると思うのです。

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コメント (9)
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