万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

法の支配が最も低コスト-米軍南シナ海問題撤退論の行方

2016年04月25日 15時17分09秒 | 国際政治
 アメリカ大統領選挙戦では、米軍のアジアからの撤退の可能性に言及したトランプ候補の発言が注目を集めましたが、費用対効果の観点から、南シナ海でのアメリカの関与は国益に反するとする意見も聞かれるようになりました。”パンダ・ハガー”と呼ばれる親中派識者の個人的な見解かも知れませんが、本日は、この主張の行き着く先について考えてみたいと思います。

 米軍南シナ海撤退論の趣旨は、南シナ海において直接的に中国からの脅威を受けているのは、日本国といったアジア諸国であり、南シナ海で中国を抑止する軍事的なコストは、こうした利害関係国が負うべきであり、遠方に位置するアメリカの国益を考慮すれば全く利益がない、というものです。つまり、アメリカの国益とは一致しないので、南シナ海問題から米軍は撤退すべきと主張しているのです。アジアから米国の影響力を排除し、アジア全域に現代版華夷秩序を構築したい中国には好都合となる見解なのですが、この見解には、南シナ海問題が、国際法秩序違反の問題であるとする認識が完全に欠如している点においても、中国の基本的な立場と共通しています。

 確かに、関係諸国に対中牽制の軍事費負担を求める見解には一理あるものの、国際社会全体からしますと、その先には、暗雲が立ち込めているようです。アメリカがモンロー主義に回帰し、結果として国際法秩序が消滅するとしますと、米国以外の諸国の軍事的コストが一気に跳ね上がることが予測されるからです。中国は、好機到来とばかりに、周辺諸国に対する軍事的拡張主義を強化し、南シナ海では、”中国の海”と化したい中国と、同国と領有権を争う東南アジア諸国や台湾との間に軍事的衝突が起きることも懸念されます。中国の他にも、”警察”の不在をチャンスと捉える国が出現すれば、局地的な地域紛争も多発し、国境線の武力による一方的な変更といった事態も頻発するかもしれません。世界大での軍拡競争は、永遠に続いてゆくのです。

 国際社会において法秩序が消滅し、法の支配が無力化しますと、それによって生じる軍事的なコストは計り知れません。そして、国際社会に法秩序を再興しようとすれば、第三次世界大戦をも辞さない構えで臨むしかなく、そのコストも膨大な額に上るのです。何事も、壊すのは一瞬でも、立て直すには莫大な費用と長期的な努力を要するものです。アメリカの軍事的な負担を軽減し、関係諸国がシェアする必要はあるのでしょうが、将来的なコストを考慮すれば、人類が進むべきは、揺るぎなき法の支配確立への道ではないかと思うのです。

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コメント (1)
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