万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

観光と命のどちらが大事?-新型コロナウイルス対策問題

2020年02月03日 11時11分06秒 | 日本政治

 日本国への中国人観光客の数は年々増え続け、2019年には959万人を数えています。年間1000万人突破も間近に迫る中、武漢を震源地とする新型コロナウイルスの感染拡大がこの勢いに急ブレーキをかけています。訪日客の半減も予測されてはいますが、こうしたマイナス情報は、必ずしも悲観的に捉える必要はないように思えます。

 観光と命のどちらが大事?という二者択一の選択であるならば、誰もが後者を選ぶに決まっています。新型コロナウイルス肺炎に感染すれば、高熱のみならず咳や呼吸困難に苦しめられると共に、手足が動かずに脱力状態に至るケースもあります。最悪の場合には命を落とすことにもなりかねませんし、たとえ病院での治療を要さない無症状の状態であっても、保菌者であることが判明すれば、2週間程度は隔離状態に置かれることになりましょう。想像しただけでも怖くなります。

 人から人へとうつる感染病は、人が病原菌のキャリアーとなりますので、保菌者の移動範囲がそのまま感染リスクの範囲となります。今日、世界各国が中国からの入国者を厳しく制限しようとしている理由も、人と病原体との一体性による感染拡大リスクを認識しているからに他なりません。自由な人の移動はリスク拡大と凡そ同義なのであり、感染拡大防止のための最も効果的な手法は、感染者の隔離と移動制限と言っても過言ではないのです(人権保障の普遍性に鑑みれば、感染リスクを受ける側の人権、すなわち、基本的権利(生存権)も保護しなければならないので、保菌リスクのある人々に対する自由の制限は致し方ない側面がある…)。

 感染症というものの特性を考えますと、観光という行為は、観光客の側とこれらの人々を迎え入れる観光サービス業者や観光地の住民側の両者に高い感染リスクをもたらします。日本国内では、武漢からの団体観光客を乗せたバスの運転手とガイドさんが感染しており、長時間にわたって密封状態とならざるを得ない団体旅行に伴う極めて高い感染リスクを示しています。中国政府は、既に団体旅行による出国を禁止していますが、規制対象ではない個人旅行客にあっても、目的地への移動手段として使用した公共交通機関のみならず、観光地においてウイルスをばら撒く可能性があります。宿泊先のホテルや旅館、さらには、民泊である場合にはその住居にウイルスを持ち込むかもしれず、それは同時に、日本人を含めた同地に観光に来ていた他の宿泊客等、観光施設や宿泊施設で働く人々、そして、観光地の住民に対しても重大な脅威となるのです。

 仮に、日本国内の観光地において一人でも感染者が確認されたならば、おそらく、その観光地はほとんど封鎖状態となることでしょう。日本国政府は、観光客のみならず、武漢市と同様にあらゆる人の同地への出入りを禁じるかもしれませんし、こうした強硬な法的措置を採らなくとも、誰もが自からの判断で同地を避けることが予測されるのです。日本国政府が中国からの訪日客の入国禁止措置を躊躇うのは、日本国内の観光業へのダメージを懸念してのこととも指摘されていますが、新型コロナウイルスの感染力の高さからしますとこの懸念は逆であるかもしれません。早期に感染リスクを最小限に抑えておけば、観光地が長期的な‘休業’に追い込まれるリスクも減らすことができるからです。

短期的な損失を恐れるばかりに長期的な損害を招き入れるのでは、この判断は、賢明であると言えないように思えます。そして、今般の新型コロナウイルスによる感染拡大による中国人観光客の大幅減少は、日本国の観光業をもう一度見直すきっかけになるかもしれません。すなわち、‘観光立国’の危うさを示唆しているのです。

急激に増加した中国人観光客による観光公害は既に対策を要するレベルに達していますし、日本国内の観光地の多くが如何にも日本らしい佇まいを残す木造建築の多い古都や集落である点を考慮すれば、将来的には文化財や伝統的な景観の保護にも支障をきたすことでしょう(損傷や摩滅の原因に…)。また、中国人観光客が押し寄せる観光地では、あまりの騒々しさに日本人観光客の足が遠のく現象も起きています。さらには、中国人向けの観光業の場合には、中国人、あるいは、中国資本の事業者がサービスを提供しているケースが多く、近い将来、日本国の観光市場が中国系に占められてしまう事態もあり得ます(観光業が中国経済のみを潤し、日本経済に資さないようになる)。

日本国政府は観光立国を目指し、年間4000万人の外国人観光客の訪日を目標に掲げていますが、一般の日本国民が政府と同目標を共有しているとも思えません。グローバル時代における‘国際分業’の結果が、日本国の産業の空洞化と外国人向け観光地化であるならば、この目標は軌道修正すべきであり、一般の日本人も国内旅行を気兼ねなく楽しめ、かつ、外国人観光客も静謐を好んできた日本の伝統的な精神性にも接することができるような、量よりも質を求める観光の在り方を探るべきなのではないでしょうか。今般の新型肺炎による観光へのマイナス影響は、それが日本国の観光政策の転機となるならば、危機をチャンスに変えることができるのではないかと思うのです。

コメント (2)
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