万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国での生産再開は難しい

2020年02月07日 13時29分51秒 | 国際政治

 例年であればとっくに春節の時期は過ぎているはずなのですが、新型コロナウイルス肺炎の蔓延により、中国では、延期に次ぐ延期により春節が明けず、長い冬の眠りに就いているかのようです。中国のみが季節が逆方向に移ろっており、首都北京でさえ人通りが少なく閑散とした光景が広がり、‘世界の工場’も休業状態にあります。

こうした中国における感染病の拡大は、同国のみならず、中国市場に進出した海外企業にも多大なマイナス影響を与えています。日系企業も例外ではなく、報道によりますと、2月下旬頃までには終息に向かうのではないかとする希望的観測はあるものの、同地での生産再開の目途はたっていません。しかしながら、異常事態とも言える今般の感染拡大の状況からしますと、長期的な生産停止の覚悟が必要なようにも思えます(そもそも、中国政府が稼働再開を許可するかどうか分からない…)。

中国は、1980年代に鄧小平氏の下で改革開放路線へと舵を切り替え、全世界から安価な労働力を武器に工場を積極的に誘致してきました。‘世界の工場’とは中国が世界最大の輸出向けの製造拠点となることを意味しており、米中貿易戦争の原因も同国の輸出志向の産業戦略にあります。トランプ政権による対中制裁により若干の減少が見られるものの、今日なおも中国の対米黒字は維持されており、製造拠点としての地位を保っているのです。日本国内でも、先端的なIT製品から日用雑貨品に至るまで中国製品で溢れています。しかしながら、今般の新型コロナウイルスの蔓延は、中国経済の強みが弱点になる可能性があります。

先に述べたように、グローバル時代における中国の製造拠点としての強みは、安価で豊富な労働力にあります。進出企業としても、自国で生産するよりは人件費を大幅に削減できますので、中国生産への切り替えは利益率を上げる有効な手段でした。今日では「中国製造2025」を掲げ、ITやAIの分野でのトップを狙い、産業の高度化に邁進しているとはいえ、未だに労働集約型の産業から抜け切れている訳ではありません。中国における人件費の上昇と中国国民の購買力の向上により、中国は、‘世界の工場’から‘世界の消費地’に変貌しつつあるものの、この移行も、海外企業にとりましては、中国市場向けの現地生産の拠点としての重要性を増しこそすれ、製造拠点としての魅力は色褪せていないのです。

ところが、今般のコロナウイルス肺炎は、多数の人々が空間を共有する閉鎖空間において高い感染率を示しています。仮に、中国において工場の稼働が再開されたとしますと、まさしくこの最も感染リスクの高い状況が発生します。精密機器の製造現場では、ちりやほこりを避けるために頭部からつま先までの全身を作業服で覆って作業しますが、それでも、微小なウイルスの感染まで防げるかどうかは分かりません。また、作業現場にあって感染を防げたとしても、休憩や食事の時間帯では従業員の人々は公共スペースに集まることとなります。況してや、日用品などを製造する一般の製造現場であれば、衛生管理が杜撰な状況下で一日の内の8時間程度を同じメンバーが空間を共にして働くことになるのですから、感染リスクは格段に上がることでしょう。つまり、工場の稼働再開は、春節後の公共交通機関を介した感染リスク以上に、新型コロナウイルスの感染を拡大させる恐れがあるのです。

このように考えますと、中国における製造再開は、当面の間は諦めざるを得ないかもしれません。そしてそれは、中国に進出した海外企業に対して、中国頼りの現状を見直し、如何なる状況下にあってもサプライチェーンの迅速な組み換えを可能とする柔軟なシステムへの転換を促すことでしょう。既に日系企業の多くも東南アジアといった他の諸国への代替生産に切り替えているそうです。あるいは、産業の空洞化に直面している諸国にとりましては、産業を自国に回帰させるチャンスとなるかもしれません。新型コロナウイルスの感染拡大にも拘わらずアメリカでは株価が上昇しており、むしろ、内需を育てるという意味ではプラスの作用をもたらす可能性すらあるのではないかと思うのです。


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