万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

嘘は身を亡ぼす―李医師の死去が中国の体制崩壊を招く?

2020年02月08日 13時14分37秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスの危険性をいち早く察知し、感染拡大を防ぐために警告を発した李文亮医師が、自らも同ウイルスによる肺炎に斃れることとなりました。中国では、同医師の死を悼む声が広がると共に、同医師をめぐる政府の一連の対応に対する批判も高まりを見せています。そして、この動きは、中国の一党独裁体制を崩壊に導く可能性を秘めているように思えます。

 中国政府は、常々、国家レベルであれ、地方レベルであれ、巧緻な情報操作を以って国民を支配しようとしてきました。高度なITを活用した先端的な情報・通信システムを全国に張り巡らしたのも、個々の国民を徹底監視し、情報統制を徹底したいからに他なりません。目的のためには手段を択ばず、自らにとりまして都合の悪い情報は隠蔽する一方で、世論誘導のためには偽情報を発表することも厭わなかったのです。かくして、中国では、虚実が逆転する異様な世界が出現したのですが、今般のコロナウイルス感染拡大は、この異常な状況が既に限界にきていることを示しています。

李医師の死去こそまさにこの中国の欺瞞性を象徴しております。国民の命を救おうとして事実を伝えた李医師が武漢当局から処罰を受ける一方で、政府当局による隠蔽や数字の改竄が対処を遅らせ、今なおも多くの国民の生命を奪っているのですから。今日ほど、政府の欺瞞が白日の下にさらされたことはなく、あらゆる情報統制が裏目に出る、否、自らの嘘を自らで暴いてしまっているのです。

例えば、中国当局は、当初、新型コロナウイルスは特に高齢者が罹患しやすく、重症化して死亡に至るのも持病を有する人と説明していました。しかしながら、李医師は34歳という若さであり、医師という職業からしますと深刻な持病があったとも思えません。また、集中治療室にあって呼吸が苦しい中でも、死の直前まで微薄に退院に向けた前向きな記事を投稿していたというのですから、その死にも謎が残ります。抗HIV薬が治療に有効であるとする説もあり、治療に最善が尽くされたかどうかも疑問なところです。あるいは、新型コロナウイルスは、年齢や健康状態とは何らの関連性もなく、かつ、現状では有効な治療法も見当たらない、全ての感染者に死をもたらしかねない極めて危険なウイルスであるのかもしれません。

また、中央政府側は、国民に広がる政府批判に敏感に反応し、恰も国民に寄り添うかのように李医師の英雄的な行動を讃えつつ、新型コロナウイルスの感染拡大の責任を武漢当局に転嫁しようと試みています。しかしながら、ここでも、情報統制者としての尻尾を見せています。報道によりますと、死の翌日にあたる7日には、同医師の死を伝える複数のハッシュタグが微薄の検索結果から消えたそうです。また、ユーザーからのコメントや投稿が削除されたり、ハッシュタグのランキングにも当局からの操作の痕跡が見られるそうです。こうした全国レベルでのネット統制は、中央政府からの指令なくしてあり得ません。つまり、ここに国民は、責任を地方政府当局に押し付けつつ、国民からの批判を封じようとする中央政府の狡猾な策略を見て取るのです。

国民の生命、身体、財産等を護ることは、政府の第一義的な役割です。今日の中国政府は、共産党一党独裁体制の維持、すなわち、自らの保身のために最も大事な責務を放棄し、国民を犠牲にしており、これが国民の目の前で明らかとなった時、国民の側が現国家体制を支持する理由は消えてなくなります。そして、中国共産党による支配の道具が情報統制であることが判明した以上、言論の自由を求める声が国民から挙がることは、当然すぎるほどに当然なことなのです。もはや、共産党支配には何らの大義もなければ、存在価値すらなく、むしろ、国民にとりましては危険な存在に成り果てているのですから(国民が政府に殺されてしまう…)。

‘嘘はばれたらが最後’であり、嘘を吐きとおすために後から辻褄を合わせようとすればするほど、見苦しい悪あがきともなります。新型コロナウイルスの蔓延に中国国民が心身ともに苦しむ中、中国という国に希望を見出すことができるとすれば、それは、言論の自由を求める国民の声がやがて政治的な自由を求める声となり、一党独裁体制崩壊をもたらす展開です。新型コロナウイルスの蔓延により死をも恐れぬ境地に至った中国国民が、一党独裁体制の醜悪さに耐えかね、本源的な自由を取り戻す機会となることを願うのです。


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