万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イギリスのEU離脱と新型コロナウイルス―国家の出入国管理権限

2020年02月04日 11時30分04秒 | 国際政治

 2020年1月31日、イギリスは、1973年の加盟から半世紀を経ずしてEUから去ってゆきました。時を同じくして、人類は武漢発の新型コロナウイルスの脅威に見舞われたのですが、この二つの世界を揺るがせた出来事を観察しますと、ある共通点を見出すことができるように思えます。

 それでは、どのような共通点が両者にあるのかと申しますと、それは、両者とも国際組織というものの‘人の移動’に関する権限が注目された点です。イギリス国民がEU離脱を決定した最大の理由は、国家の主権的権限がEUに移譲されてしまうことへの危機感にあります。ブレグジットの最大の争点は移民問題とされましたが、移民の受け入れは国家の国境管理の権限と表裏一体ですので、移民問題=国家主権の問題とっても過言ではありません。つまり、EUにおいて域内の‘人の自由移動’が原則として確立し、かつ、難民の受け入れ等においてEUが加盟国に対して受け入れ数の割り当てといった権限を有するに至ると、イギリスは、独自に国境管理権を行使することはできなくなるのです。

‘これでは、もはや我が国は独立主権国家とは言い難い’というのが、離脱を支持したイギリスの一般国民の多数派の気持ちなのでしょう。個人レベルでも自己決定権が尊重されるように、自らに関する重大な事柄についての決定権は、その本人が有するのは当然のことです。逆に、決定権が他者にある状態は半ば決定者への隷従を意味しますので、人格の尊重からすれば望ましいことではありません。国際社会でも独立性の尊重は自決権としても原則化されており、イギリス国民の離脱決断も理解に難くないのです。

イギリスが国境管理の権限を自国に取り戻す一方で、新型コロナウイルスもまた、国境管理の権限をめぐる問題を提起することとなりました。後者は感染症という前者とは全くことなる状況とはいえ、感染拡大を事前に防止するために、日本国をはじめ世界各国の政府は中国からの渡航について厳しい規制を設ける決断を下しています。‘自国ファースト’との批判はあるものの、政府には国民の命と健康を守る義務がありますので、むしろ、何らの措置も採らなければ、政府は国民からの厳しい批判に晒されることとなりましょう。

ところが、こうした各国の対応について、国際機関であるWHOのトップであるテドロス事務局長は苦言を呈しています。公衆衛生上の緊急事態を宣言しつつも‘中国との取引や渡航については勧告しない’と述べ、中国擁護に回っているのです。同局長の親中姿勢の背景として、中国の習近平国家主席との間の親密な関係が指摘されていますが、初期対応の不備の責任を問うこともなく、中国の適切な対策によって世界大での拡大が阻止されているとして逆に恩を着せようとしているのですから、あまりの媚中ぶりに驚かされます。そして、中国もまた、各国の渡航制限についてWHOの提言に反しているとして息巻いているのです。

新型コロナウイルスをめぐる国際機関の動きを見てみますと、国際機関が出入国に関する権限を握るリスクがよく分かります。現状では、WHOの決定や事務局長の提言等には法的拘束力はなく、出入国に関する権限は加盟国の手中にありますが、仮に、WHOが同権限を排他的に有するとしますと、恐ろしい事態が予測されます。国際機関において‘出入国規制を設けてはならい’との決定がなされますと、全ての加盟国は、否が応でも同決定に従わざるをえなくなるからです。たとえ、この決定によって、自国に深刻な感染病が持ち込まれたとしても…。

また、WHOの今般の決定はチャイナマネーの影響下においてなされており、民主的でもなければ、公平でもありません。WHOのみならず、世界第二位の経済大国にのし上がった中国は、国連をはじめとした他の国際機関に対しても影響力を浸透させており、今後、国際機関のあらゆる決定は、中国の意向の代弁に過ぎなくなるかもしれません。中国は、グローバリズムの旗手を自認していますので、他の諸国による中国からの移民を制限するようなあらゆる措置に反対することでしょう。国際機関の衣を借りて…(中国にとっての‘グローバリズム’は、中国による政界支配を意味する?)。

このように考えますと、地理的、性質的には離れているものの、イギリスのEU離脱と新型コロナウイルスの感染拡大という二つの出来事は、偶然にか国際機関と国家の出入国管理の権限に関する重大な問題を問うているように思えます。従来、国際機関は理想視されがちであったのですが、これを機に、国際機関への権限の移譲に伴うリスクについても考えてみる必要があるように思えるのです。


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