‘アメリカ・ファースト’を訴えて当選したトランプ大統領は、第一期目の発足当初にあって、諸外国から懸念の声が上がっていました。自国優先主義となれば、諸外国の問題は後回しにされる、あるいは、負担を強いられる可能性があったからです。今般の大統領選挙にあっても、バイデン候補の当選を願う根拠として、しばしば、バイデン氏が掲げる国際協調主義への期待が指摘されています。
それでは、‘国際協調主義’とは、一体、どのような政策方針、あるいは、国際秩序を構想しているのでしょうか。実のところ、この言葉には、全く正反対とも言える二つのヴィジョンが含まれているように思えます。その一つは、国家体制や価値観の相違に拘わらず、全ての諸国が連帯してゆこうとする宥和主義的なヴィジョンであり、もう一方は、国際法秩序の維持のために諸国が共同で脅威に立ち向かうとするヴィジョンです。両者は、一国主義ではなく、複数の諸国が協力して行動する点において共通しながら、その意味するところは、180度も違っているのです。
第一の宥和主義的なヴィジョンに基づけば、‘国際協調主義’とは、独裁国家であれ、人権弾圧国家であれ、人道的な見地から批判を受ける国であっても、民主主義、自由主義、法の支配といった人類普遍とされる諸価値を共有しなくとも、アメリカは、協力路線を歩むこととなります。同ヴィジョンは、トランプ政権と鋭く対立している中国にとりましては願ってもいない最高のシナリオである一方で、日本国、並びに、中国の軍事的脅威に晒されている他の民主主義国家にとりましては最悪のシナリオとなるかもしれません。日米印豪が強化してきた中国包囲網はアメリカの離脱により急速に弱体化し、その対中抑止力も著しく低下するのは避けられないからです。また、中国は、半導体をはじめとした高性能部品もアメリカから自由に入手できますので、人民解放軍のハイテク化にも拍車がかかることでしょう。バイデン政権の誕生は、日本国最大の危機とされる理由も、バイデン氏と中国との利権を介したダークな繋がりから判断すれば、同氏の唱える‘国際協調主義’とは、第一のタイプである可能性が高いからです(アメリカの財界がバイデン氏を積極的に支持した理由では…)。
もう一つのヴィジョンは、国際法秩序の維持を最優先とするものです。同ヴィジョンに基づけば、中国の如き国際法を無視する無法国家、かつ、軍事大国は、複数の国家が団結して立ち向かうべき国家となります。つまり、アメリカは、軍事的にはこれまで構築してきた対中包囲網をより強化すると共に、経済分野にあっても、中国とのデカップリング政策も友好国との協力の下で進められるべき政策となるのです。このヴィジョンでは、日本国は、日米同盟における役割分担の自国負担分の比率が増すとはいえ、中国に対する抑止力、並びに、有事に際しての実戦力を高めることができます。デカップリングに伴うサプライチェーンの再編過程にあって若干のコストが掛かろうとも、長期的に見れば、中華経済圏に飲み込まれるリスクを回避できますし、共産主義の政経一致体制の下で日本国を支配しようとする中国の魔の手から逃れることもできます。
以上に述べましたように、‘国際協調主義’には二つのヴィジョンが混在しているのですが、バイデン氏の主張が第一のヴィジョンであるとしますと、同候補の当選は、まさしくオバマ政権時代の悪夢の再来となることも予測されます。今般の大統領選挙の結果が確定するまで時間がかかるのでしょうが、‘国際協調主義’を以ってバイデン氏に期待を寄せる人々は、一体、どちらのシナリオを想定しているのでしょうか。