万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

RCEPは‘秘密協定’?-秘密主義の問題

2020年11月12日 12時01分54秒 | 日本政治

 報道によりますと、今月15日、RCEPの交渉が妥結したとして、参加15カ国の首脳が協定書への署名に臨むそうです(首脳会談はリモート会議方式で開かれるそうですので、署名もまた、電子署名なのでしょうか…)。しかしながら、このRCEP協定、すんなりと成立するのでしょうか。

 

 何故ならば、RCEPの交渉過程も合意内容も非公開であったからです。15日に各国首脳が協定書に署名することも、多くの国民にとりましては寝耳に水であったはずです。交渉の存在自体は知ってはいたものの、肝心の内容については国民は知ることはできず、RCEP協定は、いわば政府が国民に隠れて締結した‘秘密協定’の性質を帯びているのです。

 

因みに、2019年に11月14日の共同首脳声明で公開されたのも、協定を構成する20章にも及ぶタイトルのみです。交渉分野が20にも及ぶのですから、RCEPの包括性が伺えます(RCEPの日本語の名称は‘東アジア地域包括的経済連携’…)。公表された20のテーマの中には、移民問題と直結する「自然人の移動」、チャイナ・マネーの流入や中国IT大手の進出を意味する「投資」や「サービスの貿易(金融サービス、電気通信サービス、自由職業サービスに関する附属書を含む)」、さらには、ファウェイ製品排除問題とも関連する「政府調達」などもあり、どれ一つをとりましても、日本経済のみならず、政治や社会にも直接的な影響を与えます。

 

一党独裁体制を敷く中国であれば、こうした既成事実化の手法はまかり通るかもしれません。しかしながら、自由主義国家の国民にとりましては、政府による突然の協定妥結は、企業も国民もこれまでとは全く違った環境に放り込まれるようなものです。しかも、TPPとは違い、国内にあって賛否両論の議論が湧くことも、国政選挙にあってRCEPが争点になったこともなく、選挙公約に掲げた政党も候補者もなかったのではないでしょうか。つまり、国民的な議論も合意の形成もなく、政府が、一方的に国際協定を締結してしまったのです。これでは、国民は、政府から‘奇襲攻撃’を受けたようなものです。

 

 本来、通商協定とは国内産業と直結しますので、交渉の場に臨むに先立って、国内においてプラスマイナス両面の影響を受ける産業間の利害を十分に調整すると共に(必ず利害対立が生じる…)、国民の合意を得ることも必要不可欠のプロセスとなるはずです。安全保障の分野における条約や協定の締結には、機密保持の必要性から交渉過程が付されることはありますが、通商の分野では、むしろ、協定の内容を全面的に公開し、それを議論の叩き台にしないことには、真に相互利益となる協定は作成できないはずです。全ての参加国が、相互に他の諸国の国内産業や利益団体、並びに、国民の反応が分かっていれば、自国のみならず、相手国を配慮した提案や譲歩ができるからです。

 

 通商協定締結に際しての秘密交渉は、既にTPP交渉に際して問題視されていましたが、それでもリーク等により同協定の内容が事前に外部に漏れたため、議論されただけ‘まし’でした。一方、今般のRCEPに際しては、国民は、情報から完全に遮断されているのです。インドの離脱理由は安価な中国製品の流入ですので、農産物については各国とも一定の配慮がなされたものの(もっとも、日本国側が護ったのはコメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の「重要5品目」に過ぎない…)、工業製品、サービス、投資、人の移動等の分野では、原則自由化で合意されているかもしれません。メディアは、‘日本から中国に輸出する自動車や自動車部品の関税の削減・撤廃’のみを報じていますが、その他の製品分野はどのように合意されたのでしょうか(中国市場向けの自動車輸出、あるいは、現地生産拡大のために、他の国内産業が犠牲になる?)。

 

 アメリカが参加せず、かつ、RCEPの中心国が中国である点を考えましても、このまま同協定を発効させるのはあまりにも危険すぎます。RCEPは、大中華経済圏形成へのステップともなりかねず、貿易決済通貨も、人民元の使用が要求されるかもしれません。秘密交渉であったのですから、協定の内容が公表される今こそが、国内的な議論の本格的なスタート時点ともなりましょう。そして、同協定は首脳による署名のみでは発効せず、国会における批准手続きを要しますので、十分な情報開示と将来予測の結果、同協定が日本国に対する中国の支配力を強め、国民生活にもマイナス影響を与えると判断された場合には、RCEPからの離脱という選択肢も真剣に検討すべきではないかと思うのです。


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