今月5日、中国の上海では「中国国際輸入博覧会」が開催されました。同博覧会の開幕前夜にあって、習近平国家主席がビデオメッセージを寄せていますが、この中で習主席は、今後10年間の間に輸入額を22兆ドルに増やす方針を示しています。年額にしますと2.2兆ドル、日本円に換算しますと230兆円という巨額に上るのですが、この拡大方針には警戒すべきではないかと思うのです。
2019年における中国の輸入額は2兆769億ドルと既に2兆ドルを超えており、輸入博覧会で設定された年間2.2兆円の目標額は実現可能な範囲にあるのでしょう。同年の輸出額が2兆4984億ドルですので、中国の貿易黒字は4,215億ドルとなり、黒字ばかりを一方的に積み上げる状況はいささか改善されたようです。しかしながら、中国側の輸入拡大方針には、諸手を挙げて歓迎できない側面があります。
第一に懸念されるのは、中国側は、対中輸出に際し、相手国企業側に対して貿易決済通貨として人民元を求めてくる可能性が高いことです。日本国企業、並びに、米企業以外の海外企業との決済にあっては、従来のように米ドルを使用する必然性はありません。第二次世界大戦後、否、ブレトンウッズ体制の崩壊後にあっても、米ドルが最も信頼性の高い国際基軸通貨の地位にあったからこそ、ドル決済が慣例化してきたと言えましょう。目下、全世界はコロナウイルス禍に苦しみ、アメリカも、大統領選挙をめぐって混乱状態にありますが、計算高い中国がこの機を逃すはずはなく、輸入拡大を誘引として人民元の国際化を一気に加速化させることでしょう。それを支える制度として、2015年に邦銀を含む各国の民間銀行が、中国の中央銀行である中国人民銀行と直接にリンケージされる決済システムとしてCIPSを設立しています。既存の国際決済システムであるSWIFT等を介さなくとも、同システムを利用すれば、中国国内の中銀による決済システムと同様に国境を越えた人民元決済は一瞬のうちに完了するのです。
人民元決済は、近い将来、デジタル人民元が発効さればさらに普及することが予測されますし、CIPSとアントフィナンシャルが開発している送金システムやスマホ決済等とが統合されれば、デジタル人民元圏は、企業のみならず、一般の民間人を含めて他の諸国にも広がるかもしれません(個人情報も収集されていしまう…)。言い換えますと、中国との間で経済関係を深めれば深める程に、中国の貿易相手国は、中国中心の経済圏に取り込まれてしまうのです。
第二の懸念は、中国の貿易相手国は、内なる中国を抱え込み、最悪の場合には、その巨大な経済力、あるいは、潤沢なチャイナ・マネーによって政界、財界、マスメディア等が乗っ取られてしまわないとも限らないことです。中国は、他国を支配するための暴力手段として軍事力をも備えていますので、その影響力は計り知れません。
グローバリズムとは、日本国内では、兎角に、全ての諸国に平等なチャンスを与える体制として理解されがちですが、貿易決済通貨に注目しますと、戦後の国際通商体制にあって米ドルが事実上の‘共通通貨’の役割を担ったように、現状では特定の国の通貨を使用せざるを得ません。アメリカの場合には、自由主義国家の旗手であり、かつ、‘世界の警察官’の役割を担ってきたこともあり、同国が通貨発行益を得ることに対しては他の諸国も一定の理解を示してきたものの、中国が国際基軸通貨の発行国ともなりますと、全体主義国家による経済的支配の手段として使われるに至ることは十分に想定されます。一つ間違えますと、日本国は、中国向けの‘生産国’となりかねませんので、中国の輸出拡大の誘いに迂闊に応じてはならないのではないかと思うのです。