万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナの安全をどのように保障するのか?

2022年03月04日 15時17分42秒 | 国際政治

 ポスト冷戦の時代、あるいは、将来に向けたより善き国際秩序の構築という観点から見ますと、ウクライナのNATO加盟は逆行どころか、むしろ、冷戦構造をより危険な方向に導きかねないリスクがあります。本日も、ウクライナのゼレンスキー大統領が、’キエフが陥落すれば、ロシアは、次にバルト三国に侵攻するだろう’と警告したとも伝わりますが、バルト三国は、既にNATO加盟国ですので、仮に同大統領の予告が的中すれば、NATOとの全面戦争、あるいは、第三次世界大戦を引き起こすことは必至となります。北大西洋条約の第5条に明記されている集団的自衛権が、即、発動されるのですから、NATO加盟国という立場は極めて重大な意味を持つのです。

 

NATOには、核大国であるアメリカのみならず、同国と共にNPT体制において核保有国として認められているイギリスやフランスも含まれますので、NATO加盟国への攻撃は、核戦争のリスクと凡そ同義でもあります。このため、ウクライナ制圧後のロシアが、バルト三国に攻撃を仕掛けるとは思えないのですが、仮に、ウクライナのNATO加盟が断念されたとしますと、ウクライナの安全は、誰が、どのように保障するのか、という問題が提起されます。「ブダペスト覚書」では、ロシア、アメリカ、イギリスの三国が同国の安全を保障しましたが、今やこの協定は、何れの国からも無視されています。

 

一方、今般の停戦条件を見ますと、ロシア側は、ウクライナの中立化、並びに、非武装化を求めています。NATO加盟の断念は、ロシアの中立化要求に応じることを意味しますが、非武装化の条件を受け入れるとなりますと、ウクライナには力の空白地帯が生じます。否、武装解除後に非武装化の名の下で解体されたウクライナ軍に代ってロシア軍がウクライナ領域内に駐留し、同国の独立性は名ばかりともなりましょう。ウクライナは、事実上、ロシアに併合されたかの状態となりますので、非武装化の要求をウクライナが受け入れるとは思えません。

 

それでは、交渉によって、両国の間に合意は成立するのでしょうか。現状を見る限り、殆ど絶望的なようにも思えますが、一つ、妥協案があるとしますと、それは、ウクライナが、NATO非加盟国として核を保有するというものです。現状にあっては、ウクライナが保有する核兵器は、その運用ノウハウも含めて何れかの核保有国からの提供を受ける必要がありましょう。しかしながら、同国の核は、その提供後にあっては同国に完全に移管され、独自に運用されるとしますと、同国は、NATO加盟国ではありませんので、NATOとは切り離されることとなります。つまり、ウクライナは、少なくともロシアに対する核の抑止力を保持すると共に、アメリカを含むNATO側も、ウクライナ危機が自国に飛び火する、あるいは、第三次世界大戦や核戦争を招くリスクを負わなくても済むのです。

 

 要約しますと、本案は、ウクライナ並びに西側諸国は同国のNATO加盟を諦める一方で、ロシア側は、ウクライナの核保有を認めるというものです。以前にも本ブログで説明しましたように、ロシアが核による威嚇を行っている以上、ウクライナには、NPTにおいて締約国に認められている正当な脱退事由がありますので、国際法上のハードルは、それ程には高くはないはずです。

 

今日、ウクライナ東部にあってザポロジエ原発での火災が報じられており、ロシアによる事実上の核攻撃ともなりかねない懸念も広がっています。ロシアが核によって揺さぶりをかけている現状を鑑みますと、核につきましては頭からその存在を拒絶するのではなく、それが抑止力を有するとする現実を見据えた上で、’核を以って核を制する’、あるいは、’核による平和’という発想も、必ずしも否定されるべきことではないように思えるのです(そもそも、力による解決は甚だしい時代錯誤ですし、危機そのものが茶番である可能性もあるのですが…)。そしてこの問題は、今後の国際社会における安全保障体制の在り方とも密接に関連することとなりましょう。


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