万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国政府は正攻法で-NPT体制の見直し問題

2022年03月10日 14時08分33秒 | 国際政治

 NPT体制において合法的核保有国であるロシアが核を脅迫に用いたことから、ウクライナ危機は、日本国内にも核シェアリング、及び、核保有の是非をめぐる議論をもたらすこととなりました。同問題提起に対し、岸田文雄首相は、即座に非核三原則の堅持を以って応えましたが、最終的な判断は別としても、少なくとも議論を行う必要性は国民の多くが認めるところとなっております。行く先には崖淵が待ち構えているかもしれない状況下にあって、ルートの変更に関する議論を封じるのは、あまりにも危険であるからです(同乗者全員の命に関わる…)。リスク対応の側面からしますと、日本国政府にしばしば見られる条件反射的な核に対する拒絶反応には疑問を抱かざるを得ないのです。

 

 日本国は、人類史にあって唯一の被爆国であり、原子爆弾のもたらす悲惨さを身を以って経験しています。日本国にあって非核三原則が設けられたのも、被爆国としての立場が強く影響しており、同原則は、非人道的な兵器が二度と用いられてはならないとする国民の願いによっても支えられてきました(国際的な要因もあるのでしょうが…)。今般の核に関する議論においても、日本国政府は、核廃絶を理想とする立場から同原則に忠実に従おうとしたのでしょう

 

 しかしながら、ウクライナ危機は、核保有国が、非核保有国であり、かつ、核の傘もない国に軍事侵攻したことで、従来の核に対する認識を大きく転換させる機会となりました。そして、ロシアの態度は、ウクライナと同様の立場にある国々に対して核保有国の脅威をまざまざと見せつけることともなったのです。国連体制にあって’警察官’の役割を担い、それ故に、拳銃の携帯(核保有)を合法的に許されてきた国(常任理事国)が、その拳銃で脅しながら家宅侵入する強盗に変身したに等しいのですから。

 

 ウクライナ危機によって、中国による台湾侵攻や尖閣諸島への軍事行動の可能性も格段に高まったとされていますが、同危機は、具体的な侵略行為のみならず、中国の周辺に位置する中小のアジア諸国に対してチャイナ・リスクを高める方向に働いたことは否めません。インドとパキスタンは、印パ戦争を背景として核を保有するに至っていますが、東南アジア諸国をはじめその他は非核保有国であり、かつ、核の傘を備えていないからです(南米、アフリカ、中央アジア、東南アジア、南太平洋諸国等では、非核化地帯条約も締結されている…)。かつて、アメリカのもならずイギリス、フランスも参加する形でアジア版NATOとも称されたSEATOも設立されていましたが(ただし、アジアの加盟国はタイ、フィリピン、パキスタンのみであり、1977年に解散…)、今日にあって、中小国の大半は、核を含む中国の圧倒的な軍事力という現実的な脅威に晒されています。

 

仮に、中国が、ロシアと同様に核の威嚇を以って周辺諸国に対して軍事侵攻を行う、あるいは、自国への服従を求めた場合、これらの諸国は中国に対抗するだけの戦力は持ち得ないこととなります。軍事力がモノを言う時代に逆戻りするとなりますと、一帯一路構想といった経済力による広域中華圏の形成を待つまでもなく、中華帝国の復興を目指す中国は、軍事力で周辺諸国を囲い込むかもしれません。

 

日本国の場合、自衛隊の実力は世界軍事力ランキングにおいて十指に入るとされていますし、一先ずはアメリカから’核の傘’の提供も受けています(もっとも、不確実性が高いのですが…)。このため、日本国の非核三原則も、核の傘による抑止力の効果を前提としていると言わざるを得ないのですが、今日、全世界の多くの中小国が核に対しては無防備な状況にあり、核保有国との軍事力の格差は広がるばかりです。日本国を含めた全ての諸国の安全を守り得る国際秩序の構築という観点からしますと、日本国政府の拒絶的な反応は、状況の変化に対応しようとしない思考停止状態のようにも思えます。

 

 国際社会の現実を見ますと、インドやパキスタンのみならず、イスラエル、さらには、北朝鮮までもが核を保有し、軍事大国でもある核保有国による核攻撃の可能性も現実味を帯びています。政治には常に現状の的確な把握、並びに、変化への柔軟な対応を求められる以上、日本国政府は、国内にあっては現実的な議論を促すと共に、正攻法として、国際社会に対しても、国際レベルにおける構造的な安全保障の問題としてNPT体制の見直しを提起すべきではないでしょうか(イランも北朝鮮も、国際社会の理解を得ようとするならば、NPT体制に内在する欠陥を説明した上でその見直しを提起し、国際的な合意による条約の改廃後に合法的な行為として核武装するのが筋…)。そしてそれは、核、否、NPT体制や核廃絶運動(核兵器禁止条約…)を自国の利益のために悪用しようとするロシアや中国といった核保有国やその背後に蠢く超国家権力体に対する牽制の効果をも期待できるのではないかと思うのです。


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