ウイルスに起因する感染症に対する人体の防御反応といえば、誰もが、真っ先に免疫システムを思い浮かべるのではないかと思います。このため、事前のワクチン接種による予防という方法も開発されてきたのですが、最近に至り、オートファジーにも有害な細菌等を隔離除去する機能があることが分かってきたそうです。そこで、遺伝子ワクチンを接種しますと、体内の細胞にあってオートファジーがどのように働くのか?という素朴な疑問も湧いてきます。
オートファジーと申しますと、2016年に大隅良典博士がノーベル賞を受賞したことで、細胞のリサイクルシステムとして広く知られるところとなりましたが、『生命を守るしくみ オートファジー』(吉森保、ブルーバックス、講談社、2022年)によりますと、オートファジーとは、「細胞が自己成分などを分解する機能」と凡そ説明されています。同書には目から鱗が落ちるようなお話も多く、その一つが、痛風が腎障害を発生させてしまう機序にオートファジーが関わっているというものです。
同書で説明されている尿酸とオートファジーとの関係を要約しますと、血液中の尿酸濃度の上昇⇒尿酸の結晶化⇒腎臓の細胞における尿酸結晶の取り込み⇒リソソーム(加水分解酵素を備えたオルガネラ)の損傷⇒オートファジーによる損傷リソソームの除去…ということになります。最終的にオートファジーが正常に働いて損傷リソソームは排除されるものの、それでも、マウスに高尿酸血症を誘発する実験を行った結果、血中の尿酸値の濃度が高い場合には、軽度であれ腎機能の低下が見られたそうです。その一方で、遺伝子操作によってオートファジーの機能を完全に除去したマウスでは、著しく腎機能が低下し、オートファジーが腎障害と関連していることが確かめられています。
それでは、体内に大量のスパイクたんぱく質を作り出す遺伝子ワクチンについても、体内の細胞にあってオートファジーが作用しているのでしょうか。尿酸結晶も’とげとげ’ですが、スパイクたんぱく質も’とげとげ’です。このため、細胞内においてリソソームを含む何らかのオルガネラに損傷を与えているのかもしれません。遺伝子ワクチンとオートファジーの関係については、以下のような可能性があるように思えます。
第1の推測は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、スパイク部分のACE2との結合によって細胞内に入り込む性質を有するため、人工mRNA由来のスパイクたんぱく質も、ACE2が発現していない他の細胞内に侵入することはない、というものです。この場合、遺伝子ワクチンを接種しても、細胞内のオートファジーは殆ど作用しないということになりましょう。
第2の推測は、スパイクたんぱく質は細胞内部にあってオートファジーを働かせるというものですが、この推測は、同たんぱく質の性質によって凡そ二つに分かれます。スパイクたんぱく質が無害であれば、身体へのマイナス影響はありませんし、スパイクたんぱく質が有害であれば、リソソームやミトンドリア等のオルガネラに損傷を与えることとなりましょう(接種後の倦怠感は、ミトコンドリアの損傷による?)。
特に、仮に後者であれば、同たんぱく質は、mRNAによって細胞内で生成されますので、生成の場となった細胞の内部にあって各種オルガネラを、即、傷つけてしまうかもしれません。また、他の細胞内で生成されて外部に送り出されたスパイクたんぱく質が、一般的なエンドサイトーシスの経路によって体内の他の細胞一般に取り込まれる場合も考えられましょう。何れであれ、上述した実験の結果が示すように、たとえオートファジーが正常に働いたとしても、若干であれ臓器の機能低下が起きるかもしれません。そして、何らかの体質、疾病、並びに、加齢等によってオートファジーの機能低下が既に起きている場合には、臓器の著しい機能低下に見舞われるリスクもありましょう。
そして、ワクチン・メーカーが想定しているように、遺伝子ワクチンによって大量に産生されたスパイクたんぱく質は、オートファジーが作用する以前の段階で免疫システムによって処理されてしまうというのが第3の推測です。同ケースでは、オートファジーによる遺伝子ワクチンの副作用や有害事象は起き得ないのですが、この場合でも、何らかの体質、疾病、並びに加齢等によって免疫力が低下し、免疫システムの対応力を越える接種者にとりましては、上述したような健康被害のリスクがありましょう。
以上に、遺伝子ワクチンとオートファジーに関する主たる疑問を挙げてみましたが、私は専門家ではありませんので、上記の推測は何れも的外れであったかもしれません(お恥ずかしい限りです…)。専門家の一言でこれらの疑問が氷解する、あるいは、推測が瓦解するかもしれないのですが、ワクチン接種後の死亡例も多数報告されており、かつ、深刻なワクチン後遺症も懸念される中、遺伝子ワクチンにつきましては、より徹底した安全性の確認が必要なように思えます。生命は、まだまだ神秘に満ちているのですから。