国連憲章は、紛争の解決に際して平和的手段を用いるように加盟国に義務付けています。ところが、国際社会の現実を見ますと、ロシアは武力による現状の変更を試みてウクライナに侵攻し、平和的解決の原則を破っているように見えます。その一方で、報道によりますと、ウクライナ側からの提訴を受けて、国際司法裁判所は、ロシアに対して即時の侵攻停止命令を発したとされています。果たして、ウクライナ危機は、司法解決し得るのでしょうか。
実を申しますと、ウクライナの提訴によるものとはいえ、国際司法裁判所がウクライナ侵攻に対して具体的なアクションを起こしたことは、驚きでもありました。何故ならば、ロシアもウクライナも同裁判所の強制管轄受託国ではありませんので、紛争当事国双方の合意を要するとされる裁判手続きが開始されるとは思えなかったからです。ところが、’ロシアは、審理を欠席している’と報じられていますので、限られた情報ではありますが、国際司法裁判所は、ウクライナによる単独提訴を受理したようなのです(なお、国際司法裁判所は、裁判の他に勧告を行う権限も有する…)。
同裁判所が命じたのは、’仮保全措置命令’とされていますので、国レベルの裁判所では、仮処分としての保全命令ということになりましょう(ただし、同命令は、通常は民事訴訟において用いられる…)。裁判所は、放置すれば、取り返しのつかない損害や不利益が生じることが予測される場合、緊急措置として、原告に対して問題となる行為を止めることを命じることができます。国際司法裁判所も、裁判による判決を待たずしてロシアに対して軍事行動の停止を命じたのでしょう。
一先ずは、紛争の平和的解決のために司法解決が試みられたこととなるのですが、現行の国際司法制度には、国内裁判所のような強制執行を行う物理的な力を備えていません(同裁判所の判決の執行に関しては、法的には国連安保理が責任を負っている…)。このため、南シナ海問題における常設仲裁裁判所の判決を中国が踏みにじったように、ロシアもまた、同判決を無視するものと予測されているのです。このままでは、法の支配はさらに遠のき、人類は、’might is right’の没倫理的な野蛮世界に逆戻りしかねません。そこで、日本国政府は、国際社会に対して、ロシア側も受け入れざるを得ない提案を試みてはどうかと思うのです(必ずしも日本国政府でなければならない、ということではありませんが…)。国際司法制度は国家レベル程には整ってはいないもの、その提案は、以下の二つとなります。
第一の提案は、検察の役割を担う機関の設置です。ウクライナ危機とは、本来であれば国連安保理決議によって中立・公平な機関として特別調査委員会が設けられ、必要とあれば、現地に調査団が出向いて証拠等を収集すべき事案です。安保理においてロシアの侵攻を侵略と認定する決議であれば、ロシアは、即、拒否権を発動することでしょう。その一方で、初めからロシアを‘戦争犯罪国家’と決めつけるのではなく、司法における‘無罪推定’の原則の下で、中立・公平な機関による調査の実施を提案するのであれば、ロシアは、同提案に対して無碍には反対はできないはずです。同調査機関のメンバーが、中立的な立場にある国から選ばれるのであれば、ロシアにもウクライナにも不満はないことしょう。
第二の提案は、公開による裁判です。今般の紛争に際しては、ロシア側もウクライナ側も、国際社会に対して自らの正当性を訴えています。しかしながら、非当事国や一般の人々は、双方による激しい情報戦が繰り広げられていることもあり、どちらの言い分が正しいのか、正確には判断することができません。裁判の舞台は国際司法裁判所が望ましいのでしょうが、ロシアが拒絶する場合には、国連安保理、あるいは、総会の決議により、同ケースを対象とした特別裁判を開くという方法もありましょう。両国とも、誰もが納得する証拠等を提示せざるを得なくなりますので、裁判官のみならず、非当事国の政府や一般の人々も、事実の捏造や偽情報に惑わされない判断が可能となります。
第一の提案は、一先ずは、ロシアを被告人としてウクライナ紛争を刑事事件として扱うものですが、第二の提案は、民事訴訟に近い形態となりましょう。仮に、ロシアが自国を‘容疑者’扱いするのも許せない、というのであれば、検察のプロセスを介さずに、最初から第二の方法、即ち、裁判形式を以って双方が国際法廷で争うということでも構わないかもしれません。何れにしても、戦場から法廷へと対決の場を移行させるには、ロシア側にも弁明の機会を公平に与えることが肝要となりましょう。そして、これらの提案に対するロシアとウクライナの両国の反応こそ、ウクライナ危機の真相の解明に寄与するのではないかと思うのです(この最後の一文は意味深長です…)。