万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナの核開発疑惑が意味するものとは?

2022年03月08日 14時53分11秒 | 国際政治

 昨日、3月7日に行われた3回目の停戦交渉は纏まらず、今なおもロシアとウクライナとの間の戦闘状態は続いております。犠牲者の数も増える一方であり、非人道的な行為も懸念されるのですが、国際社会からの対ロ批判が強まる中、ロシア側は、突如、ウクライナが密かに核開発を行っていたと主張し始めています。この主張、一体、何を意味するのでしょうか。

 

 この件に関して、メディアの多くは、ロシア側がウクライナ攻撃を正当化するためではないか、と憶測する記事を掲載しております。いわば、ロシア側による偽情報の流布ということになるのですが、その一方で、ロシアのアピール通りに、仮にウクライナ側が秘密裡に核開発を行っていたとしますと、ウクライナ危機は、極めて複雑な様相を呈することとなりましょう。何故ならば、ウクライナの立場が180度転換しかねないからです。

 

 現状にあってウクライナはNPT加盟国ですので、秘密裡の核開発は同条約違反の行為となります。言い換えますと、ウクライナは、今日の北朝鮮やイランと同列に置かれても致し方ない状況に直面します。アメリカによるイラク戦争は大量破壊兵器、即ち、核開発疑惑に端を発していますので、ロシアのウクライナ攻撃も、一先ずは国際法上の根拠が存在することとなります。上述した大方のメディアの見立てはこの文脈に基づいており、ロシアは、ウクライナ領域内のチェルノブイリ原発をはじめとした原子力発電所、並びに、「国立ハリコフ物理技術研究所」に対する攻撃や制圧についても、’核拡散の脅威を取り除く’という大義名分を得ることができるのです。

 

 その一方、ウクライナにも、秘かに核武装を試みる動機がないわけではありません。本ブログにあっても、ロシアとウクライナ、否、西側諸国との間の妥協案として、NATO加盟を見送る代わりにウクライナの核武装を認める、という試案を提案してみました。NATO加盟が足踏みしている現状にあって、’核の傘’を期待できないウクライナが自国の安全を自力で守るために独自に核武装を試みたとしても不思議ではないのです。

 

 ロシア側の報道によれば、ウクライナが秘密裡に核開発を行っていたとする証拠は既に掴んでいるそうです。しかしながら、ロシアの主張の弱点は、IAEAによる査察団の受け入れ要求といった手続きを一切踏んでいない点を挙げることができましょう。イラク戦争のケースでは、アメリカは、国際社会に対して国際法上の正当な根拠が備わっていることを示すために(もっとも、核開発の事実を確実な証拠が示せなかったために、後に合法性を問われることに…)、イラクに対してIAEAの査察団の無条件受け入れを求めました。ロシアもまた、ウクライナが核兵器を開発していると疑うならば、一方的に武力攻撃を開始するのではなく、少なくとも国連安保理に同問題を提起すべきであったはずです。しかも、ウクライナによる核開発を明るみにした後であれば、それがたとえ軍事行動であったとしても、国際社会の反応は、現状のようにロシア批判一辺倒ではなかったかもしれません。今般のウクライナ侵攻の真の目的が同国の核武装の可能性を潰すことであるならば、ロシアは、敢えて最も自国にとって有利な手順を選択しなかったことになります。

 

 また、ウクライナはNPT加盟国ですので、条約上の義務としてIAEAの査察団を受け入れているはずです(締約国はIAEAと保障措置協定を締結している…)。仮に、同国にあって核開発が行われていたならば、まずもって、同査察団が既にその事実を把握していたことでしょう。同査察団がウクライナの核開発疑惑を報告していない以上、同国が秘密裡に核開発していた可能性は相当に低いと言わざるを得ません。

 

以上に、ウクライナの核開発疑惑について検討してみましたが、ロシアの主張の真偽については、国際レベルでの世論操作を狙った偽情報の可能性の方がやや強いように思えます。もっとも、超国家権力体の意向によってIAEAの査察が歪められた可能性も否定はできず、真相が明るみとなるまでには時間を要するかもしれません。とは申しましても、ウクライナの核開発疑惑問題は、ウクライナの核武装を自国に対する重大な脅威と見なすロシア側の認識を、図らずも明らかにしています。そしてそれは、今後、日本国を含む各国にあって、核の抑止力、あるいは、核武装の問題を論じるに際し、重要な判断材料の一つとなるのではないかと思うのです。


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