先行きに不透明感が強まる中、ウクライナ危機をめぐっては、昨日2月28日、同国のゼレンスキー大統領が、EUへの加盟を正式に申請する文書に署名したと報じられております。これに先立つ27日には、EUのフォンデアライデン欧州委員長がウクライナの加盟を歓迎する旨の発言を行っており、同国のEU加盟への動きが俄かに加速化してきています。もっとも、同国の加盟へのハードルは高いとする指摘もあり、難航も予測されるのですが、本記事ではその理由を考えてみたいと思います。
第1にして最大の問題は、EUが、事実上の軍事同盟である点を挙げることができます。EUは、経済分野から発展してきた組織ですので(ECSC⇒EEC⇒EC⇒EU)、EUは、単一市場を備えた広域的な国際経済機構というイメージがあります。しかしながら、冷戦崩壊後、1993年にEUに衣替えする際に、EUは、政治分野を自らの政策領域に取り込んでいます。そして、特に注意を払うべきは、2009年のリスボン条約によって、1954年にブリュッセル条約に基づいて設立されたWEU(西欧同盟)がEUに移管されているという点です。
ブリュッセル条約とは、アメリカ並びカナダといった北米大陸の諸国は締約国ではないものの、冷戦期にあって、東側陣営に対抗するためにイギリス、フランス、ベネルックス三国といった西欧諸国の間で締結された相互防衛条約であり、WEUはれっきとした軍事同盟機構でした(後に、ドイツやイタリアなど他の西側諸国も加盟…)。EU移管後は、NATOは戦闘をも想定した防衛並びに安全保障を、EUは、平和維持活動や紛争地の安定化等を担当し、両者はその活動領域を凡そ棲み分けています。しかしながら、ウクライナが加盟すれば、欧州連合条約に記されているWEU譲りの相互防衛条項、すなわち、集団的自衛権が発動される可能性はないわけではありません。
欧州連合条約を見ますと、その第42条の7には、「加盟国がその領域において武力侵略の犠牲となった場合には、他の加盟国は、国際連合条約第51条に従い、侵略に対してその権限内にあるあらゆる手段により援助及び支援の義務を負う。…」とあります。すなわち、ウクライナのEU加盟は、同時に軍事同盟への参加を意味するのです。
ロシアのプーチン大統領は、ウクライナの非武装化、並びに、中立化を条件として停戦交渉に臨んでいますが、ウクライナがEUに加盟すれば、同国は、中立国とは言えなくなります。否、ウクライナのEU加盟申請は、ロシアの要求に対する拒絶の間接的な表現なのかもしれません。既にEUでは、加盟国がウクライナへの580億円規模の武器提供の資金拠出で合意しており、ドイツに至っては、戦後の抑制的な防衛政策を転換し、13兆円にも上る防衛費の増額を決定しています。EU諸国の動きを見ますと、アメリカ以上に軍事介入への積極的な姿勢が窺えるのです。
かくして、ウクライナのEU加盟は、ヨーロッパ全土に戦火が広がる可能性を意味することとなります(この時点では、イギリスは既に脱退しているので戦場とはならない…)。否、EU加盟国の大半はNATOの加盟国でもありますので、NATOのメンバーでもあるEU加盟国がロシアから攻撃を受けた場合には、NATOを枠組みとした集団的自衛権が発動されるケースも想定されましょう。後者の場合には、アメリカをも加わった第三次世界大戦のシナリオも現実味を帯びてくるのです。
そして、戦禍拡大の予測は、次なるハードルをもたらすこととなりましょう。それは、ウクライナのEU加盟を承認しない加盟国が出現するというものです。EUの加盟手続きは、その申請を以って完了するわけではなく、現加盟国全ての承認をも要します。加盟国の中には、ウクライナのために自国がロシアとの戦争に巻き込まれ、自国兵士の命が失われることを懸念し、ウクライナとの関係性の薄い国では政府が二の足を踏んだり、若者世代を中心に加盟反対運動が起きる国が現れても不思議ではないのです。
以上に述べてきましたように、ウクライナのEU加盟につきましては、人々が想像する以上に深刻な問題が潜んでいるように思えます。この点を考慮しますと、EU並びにウクライナが加盟を急ぐ背景にはどのような背景や思惑があるのか、その行く先を見据えての即時の加盟要請であるのか、あるいは、ジェスチャーに過ぎないのか、ウクライナ危機は全世界に直接的な影響を与えますので、日本国政府を初め各国政府は、裏側の情報の収集にも努めると共に、慎重に事態を見極めてゆくべきではないかと思うのです。