Tony Bennett / The Movie Song Album ( 米 Columbia CL 2472 )
私はジョニー・マンデルが書いた曲が特別に好きで、アルバムの中にそれらが入っているとそこを軸にして聴くことが多い。 どの曲もかなり高度な
コード進行を敷いていて、独特の陰影の深い雰囲気を持っている。 和音の響きやコードが移り変わっていく様を味わうのは音楽を聴く時の重要な
愉しみの1つで、この人の曲はそういう部分でとても感動させてくれる。
ビル・エヴァンスが愛した "Emily" もマンデルが書いた代表作の1つ。 7thのコードの響きが曲を支配する幻想的な曲想で、とても好きな曲だ。
だから意識的にこの曲が入ったアルバムはたくさん聴いてきたけれど、やっぱりこのトニー・ベネットのヴァージョンが最高だと思う。
映画の主題歌ばかりを集めたこのアルバムはトニー・ベネットの美質が最高に発揮されたこの人の最高傑作。 曲ごとにバックのオケのアレンジャーが
異なっており、ニール・ヘフティ、クインシー・ジョーンズ、アル・コーン、ラリー・ウィルコックスら錚々たる面々が並ぶが、"Emily" ではジョニー・マンデル
が自らアレンジと指揮をしている。 とても繊細で洗練されたスコアで、これだけを独立して聴いても十分聴き応えがある。
トニー・ベネットはそのベルカント唱法のせいでデカい声を張り上げてうるさいと思われがちだが、実際は全く違う。 声量にたっぷり余裕があるお蔭で、
フォルテッシモでもピアニッシモでも声が震えることもなく、非常に抑制が効いた歌い方をする最高のテクニシャン。 こういうところは、ブラウニーの
トランペットと非常によく似ている。 本当の実力者にしか実現できない世界だ。
管楽器奏者がワンホーンでエンターテイメント性の高いスタンダード集を作ることは多いが、その数の多さに比べて本当に成功していると思えるものは
実際はかなり少ない。 つまり、それだけこのフォーマットは難しいということだ。 そういう中で、ヴォーカリストが作る作品には上手くできているものが
多いというのは、実はすごいことだ。 そういうところはもう少しきちんと評価されてもいいはずだ。
トニー・ベネットの歌う"Emily"は、いつも私の心を洗い、気持ちを奮い立たせてくれる。 そういう歌があるということは素晴らしいことだと思う。