廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

愛憎半ばするピアノ

2018年03月04日 | Classical

Wilhelm Backhaus / Bach English Suite No.6 In D Minor 他  ( 英 Decca LXT 5309 )


私は子供の頃、ピアノの個人レッスンを受けていた。 幼稚園に入る前から中学3年の夏頃までのことで、高校受験の勉強をしなきゃいけないからという
理由で辞めたけれど、それは本当の理由ではなくて、ただ単に練習が嫌いなだけだった。 音大に行くとかプロのピアニストになるというような明確な
目的がない限り、多感な中学生の男子が家で一人ピアノの練習に向かうなんてことは所詮無理なのだ。

ただ恐ろしいことに成長期の経験というのは脳や身体の中に刻まれてしまうもので、ピアノの音や演奏を聴く時の感覚が他の楽器の時とは違う感じに
なってしまっている。 他の楽器は音楽を愉しむためのツールとして純粋に聴けるのに、ピアノだけはその音や演奏の欠点ばかりが無意識のうちに
耳についてしまう。 だから、ピアノの演奏を聴く時はどうしても構えてしまう。 なんて不幸なことだろう、と思う。

鍵盤をどう叩けばどういう音が出るとか、鳴らした音の残響がどのくらいの時間で消えるとか、この旋律を弾くときは身体の筋肉はこういう感じで
動いているとか、そういうことを頭がしっかりと覚えているから、そういう自分が内部に感じる感覚と聴いている演奏の感じが合わなかったりすると、
そこで音楽への興味が失せてしまう。 音の消し方が早過ぎるとか、そんなに雑に走らずにもっと溜めていかなきゃとか、無意識のうちに色んな感覚が
頭をよぎるから、そうなってくるともう音楽どころでは無くなってしまうのだ。

ジャズの場合、50~60年代のレコードで聴く分にはそういうことを意識することがない。 オリジナル盤がどんなに音がいいと騒いだところで、所詮
それは実際のピアノの音とはかけ離れた代物だし、その頃のジャズ・ピアノはピアノ演奏を聴かせるというのとは少し違う意識で弾かれているから、
そういうことを気にする必要がない。 こう言うと語弊があるかもしれないけれど、それはピアノ音楽とは違う種類の音楽だという感覚すらある。

ところが最近の新しく録音・リリースされるものはやたらと音質がいいし、ジャズ・ミュージシャンであっても学校に通ってきちんと音楽を勉強している人が
ほとんどで、彼らは明らかにピアノ演奏を聴かせにかかってくる。 だから、私の中で無意識のうちにスイッチが入り、ピアノ演奏やその音へのあら捜しが
始まってしまう。 そうなってくると、本当に無条件に受け入れられる作品というのは物凄く少なくなっていく。 そしてそういう自分に対して自己嫌悪を
覚えることことになる。

だから、私がピアノ音楽を聴くのはそういうややこしいことを意識しなくて済む古いジャズのレコードかクラシックを、ということになる。 クラシックの
ピアニストはさすがに演奏家としての訓練の次元が違うからあら捜しをしてもがっかりすることは少なくて、後は好みの問題だけを気にしていればよい。

クラシック音楽のピアニストはずいぶんたくさんいるけれど、私自身好みにうるさいから聴く人は限られている。 そんな中で、善し悪しなんて感じる
必要もなく、いつだって無条件に自分を託すことができる1人がバックハウス。 「休みの日は何をしていますか?」と訊かれて、「そうですね、暇潰しに
ピアノを弾いています」と真面目な顔で答えるような人だから、そのピアノはまあ完璧だ。 私はその訓練され尽くした先にある彼のピアノが好きなのだ。

これは彼がバッハを弾いた古いデッカのレコード。 イギリス組曲よりフランス組曲のほうがずっと好きだけど、これを聴く際はA面を聴くことが多い。
A面は短調、B面は長調が選ばれているけど、バッハは短調の方が好きだ。 ピアノを弾くのが嫌で辞めたはずなのに、ピアノの記憶の呪縛から逃れられない
私を解放してくれる1人がバックハウスなのだ。


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ライト & メロウ

2018年03月04日 | Jazz LP (Epic)

Horace Silver Quintet / Silver's Blue  ( 米 Epic LN 3326 )


ハード・バップは何も大きな音で弾けるように演奏しなくても十分に傑作をつくることができるということを証明しているのがこの作品。 死語となってうん十年、
思わず赤面してしまうけれど、"Light & Mellow" という言葉が一番ピッタリとくる。 ハード・バップは騒々しくて苦手、という向きにもこれなら大丈夫。

ドナルド・バードとアート・テイラーが入った演奏と、ジョー・ゴードンとケニー・クラークが入った演奏の2つの構成から成っているが、その違いはほとんど
わからない。 それくらい全体の質感が統一されている。 部分的な差異などものともしない、ホレス・シルヴァーの徹底した音楽作りが成功している。
ブルースとファンクを生来の極めて洗練された感覚でコーティングされたシルヴァー特有の音楽が、ここに最良の形で記録されていると思う。

楽曲も秀逸で、"Hank's Tune" の明るい曲想に導かれたモブレーの美しいアドリブ・ライン、"夜は千の眼を持つ" が放つ熱帯の夜のほのかな残り香の妖しさ。
他のアルバムでも演奏された彼らのオリジナル楽曲のわかりやすさ。 それらが非常に丁寧に、そして穏やかな表情で演奏されていく。 

エピックの音質も相変わらず良くて、ノスタルジックな趣の適度な残響感の中、どの楽器も灯に照らされたような輝きを発している。 全体のバランス感も良く、
何かが過剰に突出することもない素晴らしい音場感で、演奏の良さをこれ以上なく引き立てている。 ヴァン・ゲルダーだけがハード・バップの音を作った
というわけではない。 こういう音作りも好ましい。

メジャー・レーベルのジャズということで愛好家からは軽く扱われがちのような気がするけれど、こんなによく出来たハード・バップは3大レーベルの中でも
探すのが難しいのではないだろうか。 ジャム・セッション的要素を排した、完成度高く音楽的にしっかりと聴かせる素晴らしい内容となっている。
20数年振りに聴いたのだが、こんなに出来が良かったっけ?とちょっと驚いてしまった。


コメント (2)
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