Nat Adderley / In The Bag ( 米 Jazzland JLP 975 )
ナット・アダレイが1962年にニュー・オーリンズへ演奏旅行へ出かけた時に現地で初めて聴いた地元ミュージシャンたちの演奏に感銘を受けて、
彼らとレコーディングしたいということになり、このアルバムは誕生した。普通なら彼らを本場ニューヨークへ呼び寄せてレコーディング
するのが定石だが、大抵の場合、レコーディングに慣れていない若者たちは大都会の雰囲気に呑まれてしまい、自分たちの個性を十分発揮
できないままで終わってしまう。そのことをよく知っていたナットは、まず、キャノンボールとサム・ジョーンズの3人でニューヨークで
アルバムの準備を整えてから再度ニュー・オーリンズへ乗り込み、このアルバムのレコーディングをした。
アルバムの表紙にその時の3名の名前が列記されているところからも、ナット・アダレイの思い入れの強さが十分に伝わってくる。オリン・
キープニューズによると、これはニュー・オーリンズで録音されたおそらく初めてのモダン・ジャズのアルバムではないか、とのことだ。
何と言ってもこの中ではエリス・マルサリスの名前に目を惹かれるわけだが、その他の2名のことはよくわからない。テナーのパーリリアトは
ジャズ・ミュージシャンとしては喰っていけず、タクシードライバーをしていたらしく、35歳で病死している。気の毒な話だ。
演奏を聴いて驚くのは、このテナーの力強さとピアノの音色の新鮮さ。テナーはストレートな吹き方で音が深く、前へと力強く押し出して
きて、これが素晴らしい。とてもいいテナー奏者であることがよくわかる。そしてエリス・マルサリスのピアノも打鍵がしっかりとしていて、
その音色も濁らずクリアだ。それまでのキャノンボール兄弟のアルバムの中では聴いたことのないような音色で、新しい雰囲気を感じる。
リズム感も正確で非常に落ち着いた佇まいで見事だ。
音楽はしっかりとしたハード・バップで、ニュー・オーリンズ・ジャズの要素はまったくない。これはおそらく、ニュー・オーリンズの連中だって
こんなに上手くモダンをやれるんだよ、ということをキャノンボールたちが世に示したかったのではないだろうか。そうすることで彼らにも
もっと仕事が回ってくるだろう、という計らいだったんじゃないかと思う。ただ、なかなかそううまくはいかなったわけだが。アダレイ兄弟は
どちらかと言うと控えめな演奏に終始していて、3人にしっかりと演奏をさせるような構成にしている。演奏時間はテナーが一番長い。
そんな中で、ナット・アダレイはやはりよく歌っている。用意されたバラードでは幻想的な素晴らしい演奏を披露していて、彼が一流の
バラード奏者であることがよくわかるし、アップな曲でもアドリブ・ラインが明快でこれは上手い演奏だなと感銘を受ける。
アダレイ兄弟たちの仲間を思いやる優しさに溢れたアルバムで、単に演奏が素晴らしいということだけではなく、そういう面にも感動させられる。
ナット・アダレイはとてもいいアルバムを残してくれた。