Nina Simone / At Town Hall ( 米 Colpix CP 409 )
無条件に心を揺さぶられる歌声がここにある。 聴いていると、真っ暗な深淵の縁に立って中を覗き込んでいるような錯覚に陥り、何だか恐ろしくなる。
ヴォーカルには稀にこういうアルバムがあるから怖い。 ジャニスにしてもグルヴェローヴァにしても、女性ヴォーカルはちょっと怖い世界だと思う。
ニーナ・シモンはピアノの演奏もヴォーカルに負けないくらい凄くて、ピアニストとしても食っていけただろう。 その歌声があまりに凄すぎて、ピアノの腕が
目立たないけれど、このライヴでは彼女のピアノもしっかりと聴くことができる。 そこにはリヒテルを聴いて受ける衝撃と似たものを感じるだろう。
この音楽が持っている重さは我々の日常生活の軽さとはなかなか相容れず、バランスを取ることが難しくて身近に置いておくのは容易ではないかもしれない。
でも、こういう本物でしか心が満たされない時間というのは必ず訪れる。 そういう時、音楽でしか癒されない類いのものがあるんだということがわかるのだ。
ニーナ・シモンの音楽はそういう音楽だと思う。 趣味の世界、などというような甘えた言葉の中に彼女の居場所はない。 最初から住む世界が違う。
これは日常的に聴いて愉しむというよりは、暗く冷たい地下室の中で静かに寝かされて出番を待っている旧いワインのボトルのように、然るべき時に
封を解かれるのが一番相応しいレコードかもしれない。