報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「再会」 3

2016-02-08 20:43:52 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月25日05:30.天候:晴 北海道小樽市・JR朝里駅前 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、アレクサンドラ・エヴァノビッチ(サーシャ)、藤谷春人]

 駅前に1台のワンボックス車がやってくる。
 側面には旅館の名前が書かれたペイントがしてある。
 しかしそこに乗っていたのは旅館の従業員ではなかった。
「やっぱり稲生君達だ」
 運転席から降りて来たのは藤谷本人。
「藤谷班長、どうもお世話掛けます」
「いや、別にいいんだけど、北海道まで来てどうしたんだい?」
「いやー、話せば長くなるんだけどねぇ……。取りあえず、温まらせてもらえないかねぇ……」
「いいっスよ。とにかく、乗ってください」
 車内は暖房が効いて温かかった。
「んじゃま、取りあえず旅館に向かいますんで」
「すいせんね」
 タイヤにはチェーンが巻かれており、走るとジャラジャラと音がした。
 もっとも、駅前の道路とて圧雪状態だ。
 チェーンは必須だろう。
 ましてや藤谷もまた首都圏の人間。
 雪道は走り慣れているとは思えない。
「でもいいんですか、班長?」
 と、稲生。
「何が?」
「これ、旅館の車なんでしょう?よく借りられましたね?」
「ああ。さすがに、こんな朝早くだろう?旅館に頼んでも、急な話だから難しかったわけだ。それで何とかムリを言って、車だけ貸してもらうことができたよ」
(コワモテの藤谷班長にムリを言われた旅館の人も怖かっただろうなぁ……)
 と、稲生は当時の状況を想像した。
 さすがに雪の中から車を出すことの難しさ、そしてチェーンを巻くのに時間を食って、到着が30分ほど掛かってしまったと藤谷は言った。
 実際には、駅から車で10分ないし15分くらいの距離にあるらしい。
あの、エリックは無事ですか?
 サーシャが藤谷に言った。
 だが、藤谷には『エリック』しか聞き取れなかった。
 ロシア語だから尚更分からない。
「エリック?」
 サーシャは今度は英語で聞き直したが、
「この人はエリックの知り合いなのか?」
 藤谷は稲生に聞いた。
「そうなんです。彼女はサーシャ。エリックさんの婚約者です」
「なにいっ!?」
 藤谷はびっくりして、危うくハンドル操作を誤るところであった。
 そこに対向車も歩行者もいなかったことが幸いだ。
「エリックは確かにうちの会社で、『技術研修生』として働いてもらってるよ。せっかくだから社員旅行に連れて来た。手先は器用だし、腕力も体力もあるから、うちの仕事にピッタリだと思ったんだ」
 確かに重戦士ともなれば、土建作業員の仕事が十分できるだろう。
 稲生が藤谷の言葉を英語に訳してサーシャに話す。
 アルカディア王国の公用語が英語と日本語であるため、サーシャも稲生とはロシア語で喋らず、英語で会話していた。
 ロシア語を話すようになったのは、イリーナとの会話の時だけである。
「うちの会社の社員寮の大浴場の湯船ん中から、突然現れたんだ。まるで、某古代ローマ人みたいな話だよ」
「ダンテ先生ならやりかねないイタズラだねぇ……。あっ、エリックのことじゃなくて、そのローマ人の話だよ。エリックのことは、悪いのはフンバルズさ。まあ、アナスタシアなら、かなりエグく殺されただろうね」
「じゃあ、エリックの話していたことは全て本当だったのか……。うーむ……」
「まあ、俄かには信じられない話だから、しょうがないね」
 イリーナは目を細めたまま言った。

[同日05:50.天候:晴 同市・朝里川温泉にある某旅館 稲生、マリア、イリーナ、サーシャ、藤谷、エリック・オーリンズ]

 車が旅館の前に到着する。
「そうか。エリックのヤツ、やたら風呂に入りたがっていたから、よほど風呂好きなんだなと思っていたが、急いで元の世界に帰ろうとしていただけだったのか……」
「そうのようです」
それより、エリックはどこ!?
「まあまあ。今、呼んできますから、ちょっと待っててくだせぇ……」
 思わず喋りやすいロシア語で叫んだサーシャだったが、さすがの藤谷もサーシャが何と言っていたか、何となく分かったようだ。
「今、呼んで来るってさ」
 稲生が英語でサーシャを制止した。
「こういう旅館は相部屋だから、他の人にも迷惑が掛かるだろうしね」
 さすがに待っている間は寒いので、エンジンの掛かった車の中で待っていた。

 しばらくして中から、浴衣の上にドテラを着たガタイの良い白人の男が出て来た。
 藤谷と並んでみても、退けを取らぬ大きさだ。
「エリック!」
「サーシャ?サーシャなのか!?」
 サーシャはエリックに飛び込んだ。
「エリック……!捜したのよ……何ヶ月も……!」
「すまない……」
 しばらく抱擁を続ける2人であった。

 さすがにずっと外にいるわけにもいかないので、取りあえずロビーに入ることにした。
 そこで稲生は藤谷に、今まで魔界で起きたことを話し、藤谷は藤谷でエリックが人間界に来てからのことを改めて話した。
 エリックは日本語も公用語になっているアルカディア王国の出身であるため、何とか日本語が分かるレベルを有していた。
 公用語が英語なのは女王ルーシーがアメリカ出身であり、日本語なのも首相が日本人だからである。
「結婚資金を稼ぐ為に、高い賞金が掛けられていたフンバルズに戦いを挑んだのは本当です。一応チラシには、『魔法使いとの共同作戦を強く推薦する』とあったのですが、そう簡単に魔法使いと知り合いになれるわけがない。仕方が無いので、単身戦いを挑みました。そして結果はこのザマです」
「賞金はうちの一門の者がかっさらって行っちゃったわよ。最初から魔道師に依頼すれば良かったのにね」
 と、イリーナ。
(魔道師に最初から頼めば、報酬吹っ掛けられるからだな……)
 マリアは出された緑茶を口に運んでそう思った。
「本当に、何と御礼を言えばいいのか……」
「いいんですよ。僕は魔界でサーシャに色々と守ってもらいましたし、いい経験になりましたから」
「俺もエリックを手放すのは惜しいな。どうだい?2人でうちで働かないか?新しく建ったばかりの家族寮を紹介しよう」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、私もサーシャも向こうの人間です。やはり、向こうで生活したいです」
 エリックは公用語の1つである日本語で話した。
 旧貴族の出のサーシャが日本語を全く喋れないのとは対照的である。
 因みに豪放な重戦士の割には言葉遣いが丁寧なのは、日本語だかららしい。
 英語にさせると、普段から英語を喋っているマリアにはざっくばらんに聞こえるようだ。
「そうか。それなら仕方が無いな」
「よし。そうと決まったら、まだ外が暗いうちに私が魔法で魔界に送ってあげるよ」
 と、イリーナ。
「いいんですか、先生?ル・ゥラはかなり魔力を……」
「まあ、1回くらいなら。それに、アタシが使うのは他人を飛ばす方の魔法だから」
「バシルーラですか?」
「ん?ヴァシィ・ル・ゥラね?」
(やっぱりバシルーラだ……)
 稲生はとあるRPGの魔法を思い浮かべた。

 取りあえず、浴衣から普通の服に着替えて来たエリック。
「アルカディアシティにアタシの知り合いがいるから、今後の生活とか身の振り方とかはそいつに相談するといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「稲生、色々とありがとね」
「いや、そんな……。サーシャも元気で」
「マリアンナさんも、ありがとう」
「いや、私はほとんど何もしていない。気にしないで」
 するとサーシャはマリアンナの耳元で囁いた。
「どうも稲生は日本人だからか、あまり押しが弱いようだ。マリアンナさんの方から押した方がいいと思うよ?」
「なっ……!?……それ、他の誰かにも言われたような……?」
「じゃ、別れの言葉が終わったら、そろそろ魔法行くよ。……パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!……」
 旅館裏手の空き地に魔法陣を描き、その上に乗るサーシャとエリック。
「……ヴァシィ・ル・ゥラ!」
 魔法陣が光り、2人の魔界人はその光に包まれて消えた。
「さすがイリーナ先生ですな」
「僕達も帰る用意しなきゃなぁ……。ル・ゥラ使えま……せんね」
 あまりの疲労で藤谷に支えられる師匠の様子を見て、稲生は最後の言葉を打ち消した。
「とにかく、中で少し休んでてくれ。旅館には俺から言っておく」
「『ご休憩』でお金が掛かるなら、後で先生に出してもらいますから」
「あー、そうしてくれると助かる」
 
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“大魔道師の弟子” 「Japan is winter now!」

2016-02-08 15:00:11 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 ※厳虎独白さんがカタカナの記事タイトルで押し通しているので、こちらは英語にしてみました。何でカタカナなんだろう……?

[1月25日04:30.冥界鉄道公社の臨時列車内 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、アレクサンドラ・エヴァノビッチ(サーシャ)]

 減光されている車内。
 4両編成の急行形気動車は、時折ディーゼルエンジンの唸り声を上げて加速したり、静かに惰行したりと一貫性を見ない。
 稲生達の貸切列車なので、ボックスシートはそれぞれ1人ずつ独り占めできる状態だ。
 最初はそうしていた稲生だったが、寝る前にマリアの向かいの席に座った。
 マリアもそれでいいとのことだ。
「仲がよろしいことで」
 と、サーシャも口元に笑みを浮かべていた。

 
(稲生達が乗車している気動車のモデル。キハ58系と言えば、鉄オタなら知らぬ者はいないくらい有名な車両である。私もJR東日本仙台支社カラーの車両に乗ったことがある。とはいえ、やはりこの国鉄色の車両に……ん?何スか、ANPさん?……え?これキハ58じゃない?キハ56系ですって?……ん?キハ56って……え?じゃあ、稲生達が今向かっている所って……)

 取りあえず、座っている所にあっては窓のブラインドを下ろしている。
 外はまだ真っ暗闇で、どこを走っているのかは分からない。
 ただ、少なくとも東京や大阪などの大都市近郊ではないことは明らかだ。
 気動車で運行されることといい、明らかに地方のどこかを走っているといい、藤谷は一体どこに行ったのだろうか?
 昨夜、電話を片っ端から掛けた時、ようやく日蓮正宗の知り合いに繋がった。
 その時、藤谷が旅行で東京にはいないことを教えてくれた。
 但し、その信徒も藤谷がどこに行ったかは分からないという。
 25日なら御開扉もあるが、少なくとも気動車に乗せられた以上、身延線を走っているわけではないことから、御開扉に向かったわけではないようだ。
 それに、もしそうなら、その信徒も知っているはずである。
 旅行というか、仕事で地方出張にでも行っているのだろうか。
 藤谷は地方の仕事はあまり取らないようにした、と言っていたのだが……。

 稲生がふと目覚めた時、車内は意外に明るかった。
 車内は減光されているのだが、何故か明るいのは……。
 それでも車内の明かりに、外の何かが反射して……?
 稲生は誰も座っていないボックスシートに移動し、ブラインドの閉められていない窓の外を見た。
(雪だ……!)
 外は雪が積もっていた。
 車内の明かりが外に積もっている雪に反射し、それがまた車内に差し込んでより明るさを増していたのだった。
(って、これ、よく見たら二重窓!?)
 客席の窓は下から上に開けるタイプである。
 最近の車両が上から下に開けるタイプとは真逆だ。
 その窓が二重窓になっていたことに気づいた。
 おかげで、外は極寒でも車内の保温が効いているのである。
 稲生は通路に立って、デッキに出るドアの所まで行ってみた。
 そこには車両の形式番号が書かれたプレートが貼られている。
 プレートに書かれていたのは、『キハ56』であった。
(キハ56系って、北海道仕様の!?じゃあ、いま僕達がいる所って……!?)
 すると、車内の照明が元の明るさに戻った。

〔「皆様、おはようございます。当列車は順調にJR函館本線を走行しております。あと15分ほどで、ご希望の停車駅に到着する見込みでございます。お降りの支度をして、お待ちください」〕

 車内放送が車内に響いた。
「うーん……」
 サーシャとマリアが伸びをした。
「腰が痛い。ちゃんとしたベッドで寝たい……」
 と、マリア。
「一体、今どこを走ってるんだい?日本語だと分からないよ、稲生?」
 サーシャが茫然とする稲生に話し掛けた。
「え……?藤谷班長、今どこにいるの???」
 今しがた、駅を通過したが、駅名看板が雪に埋もれて何駅かが判別できなかった。

[1月25日05:00.天候:曇 JR函館本線・朝里駅 稲生、マリア、イリーナ、サーシャ]

 ディーゼルエンジンの音を響かせて、まだロクに除雪もされていないホームで稲生達は降ろされた。
 で、列車はすぐにドアを閉めて、発車して行ってしまった。
「ここ……どこ……?」
 イリーナが寝ぼけ眼で呟いた。
 幸い雪は降っていなかったが、かなり積もっている。
「め……メチャクチャ寒い!早く何とかしてよ!」
 サーシャが体を震わせた。
「朝里駅って、無人駅だっけ……」
 稲生達は取りあえず、駅の待合室に入った。
 当然まだ列車が動いていない状態なので、待合室は暖房など入っていない。
 何しろ時刻表を見ると、札幌方面の始発列車が5時49分、小樽方面にあっては6時50分という有り様だった。
「で、でも藤谷班長はこの町のどこかにいるってことですよね?電話してみましょう」
 こんな朝早くに大丈夫かと思ったが、意外とすぐに藤谷は電話に出た。
{「稲生君か?どうしたんだ?こんな朝早くから……」}
「藤谷班長!もしかして今、朝里にいます?」
{「ああ。よく分かったな。藤谷組恒例の社員旅行だ。今年は俺のダーツで、北海道の朝里川温泉に決まった!」}
「ダーツで決めてるの!?……あ、いや、こんな朝早くから申し訳ないんですけど、今から迎えに来てもらうってことできますか?」
{「は?どこに?」}
「JRの朝里駅です!魔界から戻ってきたはいいんですが、この駅で降ろされちゃって!」
{「魔界に行ってたのか!てか、外はマイナス10度くらいあるぞ!?」}
「だから、一刻も早くお願いしたいんです!」
{「分かった。旅館に頼んで、車を出してもらおう!」}
「ありがとうございます!」
 稲生は電話を切った。
「藤谷班長、迎えに来てくれるらしいです!」
「そう。それは良かったねぃ……」
「師匠、今寝たら死にますよ!?」
「てか、エリックは!?何でエリックのこと聞いてくれなかったの!?」
「あ゛!忘れてた……。迎えに来てくれた時、聞いてみます!」

 常春の国アルカディアから、いきなり極寒の地、北海道までやってきた稲生達。
 果たして、サーシャの望みは叶うのか?
 どうしていきなり藤谷が鍵を持つ人物となったのか。
 この時点では、まだ明らかにならなかった。
コメント (2)
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“大魔道師の弟子” 「Express for Midgard.」

2016-02-08 10:54:51 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月24日16:00.天候:晴 魔界王国アルカディア・王都アルカディアシティ総理官邸 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、アレクサンドラ・エヴァノビッチ(サーシャ)]

 変態理事、横田が持って来たのはバレーボールくらいの大きさの水晶球。
 報酬としてシルクの黒い下着を持ち去って行ったが、果たしてそれは本当にイリーナのものだったのか……。
 場末のスナックのBBAのではないだろうか、という指摘については誰もが呑み込んだ。
「では、エリックの居場所を占ってみます」
「お願いします!」
 イリーナは水晶球の上に両手を翳すと、判読不明の言語の呪文を唱え出した。
 恐らく、ラテン語か何かだと思われるが、それとも違うような……?
「……あれ?」
「どうしました、先生?」
「まさか、失敗!?」
「いや……どうかねぇ……」
「どうかねって!?」
「今、別の人物が映り込んだんだよ。もう1度やってみるね」
「は、はあ……」
 因みにサーシャが肌身離さず持っていた、エリックの肖像画の入っているロケットペンダントが幸いした。
 占い師はその姿を思い浮かべて、居場所を占うのだという。
「……んん?」
「やっぱりダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃないんだけどね……。何か、藤谷専務と一緒にいるって出るんだよぉ」
「はあ!?」
「藤谷氏が!?」
「? 誰それ?」
 サーシャだけが知らない。

「それって、エリックさんが人間界にいて、藤谷班長と一緒にいるってことですか?」
「何だか信じられない話だよねぇ……」
「ちょっと待ってください!」
 稲生は手持ちのスマホを取り出した。
「あ、ちょっと待った!」
「何ですか?」
「多分、時差で向こうは夜中だよ?もう少し時間をズラした方がいいんじゃないかな?」
「そ、そうですかね……」
「エリックが人間界にいるって、どういうことですか!?」
「多分、フンバルズとの戦闘で亜空間に飛ばされた後、運良く人間界に落ちたってことだろうねぇ……」
「運良く!?異世界に飛ばされて、どこが運がいいんですか!?」
 サーシャがイリーナにくって掛かる。
 しかしイリーナはさすが年の功落ち着いた性格で、目を細めたまま受け答えをしていた。
「いやあ、ラッキーな方だよぉ。普通はずっと救出不能の亜空間を彷徨い続けるのがベタな法則だし、もっと運が悪いと冥界や地獄界に生きたまま落とされるんだよぉ……」
 もっとも、稲生の場合はまだ地獄界でも運がいいかもしれない。
 地獄界の獄卒で、今や本庁勤務の官僚に登り詰めた鬼族に知り合いがるいから。
「しかも落ちた人間界が日本で、更にアタシらの知り合いに保護されているなんて、これ以上のラッキーは無いと思うね」
「……早く、エリックに会いたいのですが?」
「うん。アタシらも早く人間界に戻らないとね。横田理事、いる?」
「えー、総務の坂本です。横田理事は今、トイレに籠もって出てこないのです。恐らく、使用中かと」
「本当に素直でわかりやす過ぎる理事だねぇ……。ユウタ君も見習うのよ?」
「ええっ!?」
「師匠!あんなのを見習ったりしたら……!」
「但し、マリアにだけ、ね」
「!」
「!」
「あっははははは!」
 2人の魔道師弟子の反応を見たサーシャは、思わず笑みがこぼれた。
「もし宜しかったら、私が代わりに対応させて頂きますが?」
 と、坂本総務がにこやかに申し出た。
「いいの?それじゃ、すぐに人間界に向かう臨時列車を仕立ててもらえない?」
「かしこまりました。すぐに手続きを取りますので、しばらくお待ちください」
「ル・ゥラで一っ飛びしないんですか?」
 と、稲生がイリーナに聞いた。
「RPGと違うのよ?あれ、本来は緊急離脱用の魔法で、かなり魔力(MP)を使うヤツだからね?」
「な、なるほど……」
「本来、異世界の住民が常日頃から行き来すること自体がおかしいんだ。そこを弁える為にも、多少は面倒なルートを使うのがベストと、ダンテ一門では指導されてる」
 マリアも稲生に教えた。
「なるほど。そうなんですねぇ……」
「でも、ユウタ君的にはまた面白い列車に乗れるから、そっちの方が良かったりしない?」
「それもそうですね」

[1月24日22:00.天候:曇 魔界高速電鉄1番街駅コンコース 稲生、マリア、イリーナ、サーシャ]

「結局、だいぶ時間が掛かりましたね」
「まあ、臨時列車を仕立てるだけじゃなく、藤谷専務の居場所を検索するのに、時間が掛かったというわけだからね」
「その藤谷班長は、どこにいるんでしょう?」
「そこが冥鉄の意地悪なところでね、教えてくれないのよ」
「常日頃からミステリー列車を運転するような鉄道会社ですからねぇ……」
 終電の時間が迫る魔界高速電鉄のターミナル駅。
 昼間と比べても、だいぶ行き交う利用者の数は減っていた。
 夜だからか、人間よりも魔族の数の方が多い。
 サーシャはいつものビキニアーマーから、普通の服に着替えていた。
 人間界に行くのに不釣合いだからである。
「こんなに厚着をしないといけないんですか?」
 と、サーシャ。
「今はまだコートくらいは脱いでていいよ?今、日本は真冬だから、ここと比べても物凄く寒いしね」
「そうなんですか」
 コンコースから中央線の臨時ホームに向かおうとすると、そこからある音が聞こえた。
「ん?あの唸り音は、正にディーゼルエンジン!今度の人間界行きはキハで運転ですか!」
 中間改札を通り、真っ先に階段を駆け登る稲生。
「猫にマタタビ、ユウタ君に列車だねぃ……」

 階段を登ると、クリーム色に赤い塗装の気動車が停車していた。

 
(あくまでもイメージ。こんな感じの気動車)

「おおっ、これはキハ58!なるほど。もう冥界鉄道公社が買い付けたか!」
 魔界高速電鉄はその名の通り、電気鉄道会社なので電車しか保有していないが、冥界鉄道公社は異世界間長距離鉄道会社ということもあり、電車以外にも色々な車両を保有している。
「どうしたんですか、稲生は?」
 サーシャが、いきなりはしゃぎ回る稲生を不審に思った。
「まあまあ。ユウタ君の趣味なのよ」
「これが?」
「ええ」
「ふーん……。何か、やかましい機械ですね」
「そうねぇ……」
 稲生はスマホで写真を撮ったり、キハ58系についての講釈をマリアにしている。
 うんうんと頷くマリアであるが、恐らく殆ど右から左へ受け流していることだろう。
「で、どうやって乗り込むんですか?」
 あいにくとまだドアは開いていない。
 ドア横の差し込み式行き先表示版(サイドボード、略称サボ)には『臨時 Special』としか書かれていないし、それはフロント上の幕式行き先表示も同じだ。
「あっ、お待たせしましたー」
 そこへ魔界高速電鉄とは違う、冥界鉄道公社の制服を着た車掌がやってきた。
「今、ドア開けます」
 車掌は1番後ろの乗務員室に乗り込むと、それで自動ドアを開けた。
 車両は4両編成で、全てが普通車だった。
 前回は電気機関車牽引で食堂車が付いていたが、今回はだいぶライトな編成になっている。
 座席は急行用なので、今のJR宇都宮線などで走っている普通列車のボックスシートよりは広い。
 稲生達しか利用客がいない為、車掌が開けたのは1番後ろのドアだけ。
 で、そこでもう車内改札をしてしまう。
 1番後ろの車両に乗り込んだ。
 わざわざ向かい合うこともなく、それぞれボックスシートを独り占めできてしまう。
 稲生は荷物を置くと先頭車に向かって歩いたりしたが、やはりというべきか、運転室の窓のブラインドは全て下ろされ、中に運転士の気配は無かった。
 魔界高速電鉄は曲がりなりにも運転士が必ず乗務しているが、冥界鉄道では車両そのものが“幽霊”であるため、完全に自動運転なのである。
 車掌も、青白い肌をした幽霊そのものである。

 22時15分、臨時列車は人間界に向け、気動車独特のディーゼルエンジンの唸り声を上げて1番街駅を発車した。
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