[1月25日05:30.天候:晴 北海道小樽市・JR朝里駅前 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、アレクサンドラ・エヴァノビッチ(サーシャ)、藤谷春人]
駅前に1台のワンボックス車がやってくる。
側面には旅館の名前が書かれたペイントがしてある。
しかしそこに乗っていたのは旅館の従業員ではなかった。
「やっぱり稲生君達だ」
運転席から降りて来たのは藤谷本人。
「藤谷班長、どうもお世話掛けます」
「いや、別にいいんだけど、北海道まで来てどうしたんだい?」
「いやー、話せば長くなるんだけどねぇ……。取りあえず、温まらせてもらえないかねぇ……」
「いいっスよ。とにかく、乗ってください」
車内は暖房が効いて温かかった。
「んじゃま、取りあえず旅館に向かいますんで」
「すいせんね」
タイヤにはチェーンが巻かれており、走るとジャラジャラと音がした。
もっとも、駅前の道路とて圧雪状態だ。
チェーンは必須だろう。
ましてや藤谷もまた首都圏の人間。
雪道は走り慣れているとは思えない。
「でもいいんですか、班長?」
と、稲生。
「何が?」
「これ、旅館の車なんでしょう?よく借りられましたね?」
「ああ。さすがに、こんな朝早くだろう?旅館に頼んでも、急な話だから難しかったわけだ。それで何とかムリを言って、車だけ貸してもらうことができたよ」
(コワモテの藤谷班長にムリを言われた旅館の人も怖かっただろうなぁ……)
と、稲生は当時の状況を想像した。
さすがに雪の中から車を出すことの難しさ、そしてチェーンを巻くのに時間を食って、到着が30分ほど掛かってしまったと藤谷は言った。
実際には、駅から車で10分ないし15分くらいの距離にあるらしい。
「あの、エリックは無事ですか?」
サーシャが藤谷に言った。
だが、藤谷には『エリック』しか聞き取れなかった。
ロシア語だから尚更分からない。
「エリック?」
サーシャは今度は英語で聞き直したが、
「この人はエリックの知り合いなのか?」
藤谷は稲生に聞いた。
「そうなんです。彼女はサーシャ。エリックさんの婚約者です」
「なにいっ!?」
藤谷はびっくりして、危うくハンドル操作を誤るところであった。
そこに対向車も歩行者もいなかったことが幸いだ。
「エリックは確かにうちの会社で、『技術研修生』として働いてもらってるよ。せっかくだから社員旅行に連れて来た。手先は器用だし、腕力も体力もあるから、うちの仕事にピッタリだと思ったんだ」
確かに重戦士ともなれば、土建作業員の仕事が十分できるだろう。
稲生が藤谷の言葉を英語に訳してサーシャに話す。
アルカディア王国の公用語が英語と日本語であるため、サーシャも稲生とはロシア語で喋らず、英語で会話していた。
ロシア語を話すようになったのは、イリーナとの会話の時だけである。
「うちの会社の社員寮の大浴場の湯船ん中から、突然現れたんだ。まるで、某古代ローマ人みたいな話だよ」
「ダンテ先生ならやりかねないイタズラだねぇ……。あっ、エリックのことじゃなくて、そのローマ人の話だよ。エリックのことは、悪いのはフンバルズさ。まあ、アナスタシアなら、かなりエグく殺されただろうね」
「じゃあ、エリックの話していたことは全て本当だったのか……。うーむ……」
「まあ、俄かには信じられない話だから、しょうがないね」
イリーナは目を細めたまま言った。
[同日05:50.天候:晴 同市・朝里川温泉にある某旅館 稲生、マリア、イリーナ、サーシャ、藤谷、エリック・オーリンズ]
車が旅館の前に到着する。
「そうか。エリックのヤツ、やたら風呂に入りたがっていたから、よほど風呂好きなんだなと思っていたが、急いで元の世界に帰ろうとしていただけだったのか……」
「そうのようです」
「それより、エリックはどこ!?」
「まあまあ。今、呼んできますから、ちょっと待っててくだせぇ……」
思わず喋りやすいロシア語で叫んだサーシャだったが、さすがの藤谷もサーシャが何と言っていたか、何となく分かったようだ。
「今、呼んで来るってさ」
稲生が英語でサーシャを制止した。
「こういう旅館は相部屋だから、他の人にも迷惑が掛かるだろうしね」
さすがに待っている間は寒いので、エンジンの掛かった車の中で待っていた。
しばらくして中から、浴衣の上にドテラを着たガタイの良い白人の男が出て来た。
藤谷と並んでみても、退けを取らぬ大きさだ。
「エリック!」
「サーシャ?サーシャなのか!?」
サーシャはエリックに飛び込んだ。
「エリック……!捜したのよ……何ヶ月も……!」
「すまない……」
しばらく抱擁を続ける2人であった。
さすがにずっと外にいるわけにもいかないので、取りあえずロビーに入ることにした。
そこで稲生は藤谷に、今まで魔界で起きたことを話し、藤谷は藤谷でエリックが人間界に来てからのことを改めて話した。
エリックは日本語も公用語になっているアルカディア王国の出身であるため、何とか日本語が分かるレベルを有していた。
公用語が英語なのは女王ルーシーがアメリカ出身であり、日本語なのも首相が日本人だからである。
「結婚資金を稼ぐ為に、高い賞金が掛けられていたフンバルズに戦いを挑んだのは本当です。一応チラシには、『魔法使いとの共同作戦を強く推薦する』とあったのですが、そう簡単に魔法使いと知り合いになれるわけがない。仕方が無いので、単身戦いを挑みました。そして結果はこのザマです」
「賞金はうちの一門の者がかっさらって行っちゃったわよ。最初から魔道師に依頼すれば良かったのにね」
と、イリーナ。
(魔道師に最初から頼めば、報酬吹っ掛けられるからだな……)
マリアは出された緑茶を口に運んでそう思った。
「本当に、何と御礼を言えばいいのか……」
「いいんですよ。僕は魔界でサーシャに色々と守ってもらいましたし、いい経験になりましたから」
「俺もエリックを手放すのは惜しいな。どうだい?2人でうちで働かないか?新しく建ったばかりの家族寮を紹介しよう」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、私もサーシャも向こうの人間です。やはり、向こうで生活したいです」
エリックは公用語の1つである日本語で話した。
旧貴族の出のサーシャが日本語を全く喋れないのとは対照的である。
因みに豪放な重戦士の割には言葉遣いが丁寧なのは、日本語だかららしい。
英語にさせると、普段から英語を喋っているマリアにはざっくばらんに聞こえるようだ。
「そうか。それなら仕方が無いな」
「よし。そうと決まったら、まだ外が暗いうちに私が魔法で魔界に送ってあげるよ」
と、イリーナ。
「いいんですか、先生?ル・ゥラはかなり魔力を……」
「まあ、1回くらいなら。それに、アタシが使うのは他人を飛ばす方の魔法だから」
「バシルーラですか?」
「ん?ヴァシィ・ル・ゥラね?」
(やっぱりバシルーラだ……)
稲生はとあるRPGの魔法を思い浮かべた。
取りあえず、浴衣から普通の服に着替えて来たエリック。
「アルカディアシティにアタシの知り合いがいるから、今後の生活とか身の振り方とかはそいつに相談するといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「稲生、色々とありがとね」
「いや、そんな……。サーシャも元気で」
「マリアンナさんも、ありがとう」
「いや、私はほとんど何もしていない。気にしないで」
するとサーシャはマリアンナの耳元で囁いた。
「どうも稲生は日本人だからか、あまり押しが弱いようだ。マリアンナさんの方から押した方がいいと思うよ?」
「なっ……!?……それ、他の誰かにも言われたような……?」
「じゃ、別れの言葉が終わったら、そろそろ魔法行くよ。……パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!……」
旅館裏手の空き地に魔法陣を描き、その上に乗るサーシャとエリック。
「……ヴァシィ・ル・ゥラ!」
魔法陣が光り、2人の魔界人はその光に包まれて消えた。
「さすがイリーナ先生ですな」
「僕達も帰る用意しなきゃなぁ……。ル・ゥラ使えま……せんね」
あまりの疲労で藤谷に支えられる師匠の様子を見て、稲生は最後の言葉を打ち消した。
「とにかく、中で少し休んでてくれ。旅館には俺から言っておく」
「『ご休憩』でお金が掛かるなら、後で先生に出してもらいますから」
「あー、そうしてくれると助かる」
駅前に1台のワンボックス車がやってくる。
側面には旅館の名前が書かれたペイントがしてある。
しかしそこに乗っていたのは旅館の従業員ではなかった。
「やっぱり稲生君達だ」
運転席から降りて来たのは藤谷本人。
「藤谷班長、どうもお世話掛けます」
「いや、別にいいんだけど、北海道まで来てどうしたんだい?」
「いやー、話せば長くなるんだけどねぇ……。取りあえず、温まらせてもらえないかねぇ……」
「いいっスよ。とにかく、乗ってください」
車内は暖房が効いて温かかった。
「んじゃま、取りあえず旅館に向かいますんで」
「すいせんね」
タイヤにはチェーンが巻かれており、走るとジャラジャラと音がした。
もっとも、駅前の道路とて圧雪状態だ。
チェーンは必須だろう。
ましてや藤谷もまた首都圏の人間。
雪道は走り慣れているとは思えない。
「でもいいんですか、班長?」
と、稲生。
「何が?」
「これ、旅館の車なんでしょう?よく借りられましたね?」
「ああ。さすがに、こんな朝早くだろう?旅館に頼んでも、急な話だから難しかったわけだ。それで何とかムリを言って、車だけ貸してもらうことができたよ」
(コワモテの藤谷班長にムリを言われた旅館の人も怖かっただろうなぁ……)
と、稲生は当時の状況を想像した。
さすがに雪の中から車を出すことの難しさ、そしてチェーンを巻くのに時間を食って、到着が30分ほど掛かってしまったと藤谷は言った。
実際には、駅から車で10分ないし15分くらいの距離にあるらしい。
「あの、エリックは無事ですか?」
サーシャが藤谷に言った。
だが、藤谷には『エリック』しか聞き取れなかった。
ロシア語だから尚更分からない。
「エリック?」
サーシャは今度は英語で聞き直したが、
「この人はエリックの知り合いなのか?」
藤谷は稲生に聞いた。
「そうなんです。彼女はサーシャ。エリックさんの婚約者です」
「なにいっ!?」
藤谷はびっくりして、危うくハンドル操作を誤るところであった。
そこに対向車も歩行者もいなかったことが幸いだ。
「エリックは確かにうちの会社で、『技術研修生』として働いてもらってるよ。せっかくだから社員旅行に連れて来た。手先は器用だし、腕力も体力もあるから、うちの仕事にピッタリだと思ったんだ」
確かに重戦士ともなれば、土建作業員の仕事が十分できるだろう。
稲生が藤谷の言葉を英語に訳してサーシャに話す。
アルカディア王国の公用語が英語と日本語であるため、サーシャも稲生とはロシア語で喋らず、英語で会話していた。
ロシア語を話すようになったのは、イリーナとの会話の時だけである。
「うちの会社の社員寮の大浴場の湯船ん中から、突然現れたんだ。まるで、某古代ローマ人みたいな話だよ」
「ダンテ先生ならやりかねないイタズラだねぇ……。あっ、エリックのことじゃなくて、そのローマ人の話だよ。エリックのことは、悪いのはフンバルズさ。まあ、アナスタシアなら、かなりエグく殺されただろうね」
「じゃあ、エリックの話していたことは全て本当だったのか……。うーむ……」
「まあ、俄かには信じられない話だから、しょうがないね」
イリーナは目を細めたまま言った。
[同日05:50.天候:晴 同市・朝里川温泉にある某旅館 稲生、マリア、イリーナ、サーシャ、藤谷、エリック・オーリンズ]
車が旅館の前に到着する。
「そうか。エリックのヤツ、やたら風呂に入りたがっていたから、よほど風呂好きなんだなと思っていたが、急いで元の世界に帰ろうとしていただけだったのか……」
「そうのようです」
「それより、エリックはどこ!?」
「まあまあ。今、呼んできますから、ちょっと待っててくだせぇ……」
思わず喋りやすいロシア語で叫んだサーシャだったが、さすがの藤谷もサーシャが何と言っていたか、何となく分かったようだ。
「今、呼んで来るってさ」
稲生が英語でサーシャを制止した。
「こういう旅館は相部屋だから、他の人にも迷惑が掛かるだろうしね」
さすがに待っている間は寒いので、エンジンの掛かった車の中で待っていた。
しばらくして中から、浴衣の上にドテラを着たガタイの良い白人の男が出て来た。
藤谷と並んでみても、退けを取らぬ大きさだ。
「エリック!」
「サーシャ?サーシャなのか!?」
サーシャはエリックに飛び込んだ。
「エリック……!捜したのよ……何ヶ月も……!」
「すまない……」
しばらく抱擁を続ける2人であった。
さすがにずっと外にいるわけにもいかないので、取りあえずロビーに入ることにした。
そこで稲生は藤谷に、今まで魔界で起きたことを話し、藤谷は藤谷でエリックが人間界に来てからのことを改めて話した。
エリックは日本語も公用語になっているアルカディア王国の出身であるため、何とか日本語が分かるレベルを有していた。
公用語が英語なのは女王ルーシーがアメリカ出身であり、日本語なのも首相が日本人だからである。
「結婚資金を稼ぐ為に、高い賞金が掛けられていたフンバルズに戦いを挑んだのは本当です。一応チラシには、『魔法使いとの共同作戦を強く推薦する』とあったのですが、そう簡単に魔法使いと知り合いになれるわけがない。仕方が無いので、単身戦いを挑みました。そして結果はこのザマです」
「賞金はうちの一門の者がかっさらって行っちゃったわよ。最初から魔道師に依頼すれば良かったのにね」
と、イリーナ。
(魔道師に最初から頼めば、報酬吹っ掛けられるからだな……)
マリアは出された緑茶を口に運んでそう思った。
「本当に、何と御礼を言えばいいのか……」
「いいんですよ。僕は魔界でサーシャに色々と守ってもらいましたし、いい経験になりましたから」
「俺もエリックを手放すのは惜しいな。どうだい?2人でうちで働かないか?新しく建ったばかりの家族寮を紹介しよう」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、私もサーシャも向こうの人間です。やはり、向こうで生活したいです」
エリックは公用語の1つである日本語で話した。
旧貴族の出のサーシャが日本語を全く喋れないのとは対照的である。
因みに豪放な重戦士の割には言葉遣いが丁寧なのは、日本語だかららしい。
英語にさせると、普段から英語を喋っているマリアにはざっくばらんに聞こえるようだ。
「そうか。それなら仕方が無いな」
「よし。そうと決まったら、まだ外が暗いうちに私が魔法で魔界に送ってあげるよ」
と、イリーナ。
「いいんですか、先生?ル・ゥラはかなり魔力を……」
「まあ、1回くらいなら。それに、アタシが使うのは他人を飛ばす方の魔法だから」
「バシルーラですか?」
「ん?ヴァシィ・ル・ゥラね?」
(やっぱりバシルーラだ……)
稲生はとあるRPGの魔法を思い浮かべた。
取りあえず、浴衣から普通の服に着替えて来たエリック。
「アルカディアシティにアタシの知り合いがいるから、今後の生活とか身の振り方とかはそいつに相談するといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「稲生、色々とありがとね」
「いや、そんな……。サーシャも元気で」
「マリアンナさんも、ありがとう」
「いや、私はほとんど何もしていない。気にしないで」
するとサーシャはマリアンナの耳元で囁いた。
「どうも稲生は日本人だからか、あまり押しが弱いようだ。マリアンナさんの方から押した方がいいと思うよ?」
「なっ……!?……それ、他の誰かにも言われたような……?」
「じゃ、別れの言葉が終わったら、そろそろ魔法行くよ。……パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!……」
旅館裏手の空き地に魔法陣を描き、その上に乗るサーシャとエリック。
「……ヴァシィ・ル・ゥラ!」
魔法陣が光り、2人の魔界人はその光に包まれて消えた。
「さすがイリーナ先生ですな」
「僕達も帰る用意しなきゃなぁ……。ル・ゥラ使えま……せんね」
あまりの疲労で藤谷に支えられる師匠の様子を見て、稲生は最後の言葉を打ち消した。
「とにかく、中で少し休んでてくれ。旅館には俺から言っておく」
「『ご休憩』でお金が掛かるなら、後で先生に出してもらいますから」
「あー、そうしてくれると助かる」