[3月6日13:00.天候:晴 東京都墨田区菊川 愛原のマンション]
善場:「失礼します」
愛原:「善場主任、お疲れ様です」
私の連絡を受け、善場主任が私のマンションにやってきた。
善場:「絵恋さんはどうしてますか?」
愛原:「取りあえず、リサの部屋のベッドに寝かせてあります。行方不明くらいでは動じなかったコでしたが、さすがにあの事件だか事故にはショックだったようで……」
善場:「でしょうね。失神しているだけですか?」
愛原:「今のところは……」
善場:「高橋助手達は?」
愛原:「先ほど連絡して、ディズニーデートを中止させ、帰って来るように言ってあります」
善場:「分かりました。ここまで手に入った情報によりますと、やはり件の飛行機に斉藤社長は搭乗していたようです。それも、偽名で」
愛原:「偽名ですか」
善場:「斎藤秀明という偽名で乗っています。チケットも法人名ではなく、個人名ですね」
愛原:「ということは、会社の経費で搭乗したわけではなく、完全に自分のポケットマネーで乗ったということですね?」
善場:「そういうことになります」
愛原:「あの飛行機は成田空港から飛び立ったということですが、斉藤社長はタクシーで成田空港へ行ったのでしょうか?」
善場:「いいえ。大宮駅に向かったことが明らかになっています」
愛原:「やはり大宮駅ですか」
善場:「そして、そこから電車で成田空港へ向かったと思われます」
愛原:「ちょっと待ってください」
私は自分の部屋から、交通新聞社発行のJR時刻表を持って来た。
それで、“成田エクスプレス”のページを開いてみる。
愛原:「確かに6時20分発、大宮始発の“成田エクスプレス”がありますね。これに乗ったんだ」
これに乗ると、成田空港には8時過ぎには着く。
そこから搭乗手続きや何やらで、9時台の飛行機に乗ったのだろう。
そして、ハイジャックに巻き込まれてしまったと。
善場:「問題は、どうして斉藤社長が北海道へ行こうとしていたのかです。愛原所長、斉藤社長は愛原所長方が北海道へ旅行に行くことを嫌がったそうですね?」
愛原:「はい。どうしても、北海道以外の場所にして欲しいと言われました」
善場:「愛原所長のことですから、北海道に足を踏み入れた場合、どうしても斉藤社長の足取りを確認したがるでしょう。それを嫌がったのでしょうね」
愛原:「斉藤社長が冬休みの間に泊まったのは、ニセコとか倶知安の辺り……」
善場:「やはり、あの辺を調べてみる必要がありますね」
愛原:「私達も同行しますか?」
善場:「いえ、それには及びません。ここまで来ると、民間の方の御協力は必要無いかと。ただ、当事者の絵恋さんには同行して頂くことになるかもしれませんね」
愛原:「うわ、そりゃ大変だ」
その時、善場主任のスマホが鳴った。
善場:「失礼します」
善場主任は電話に出た。
善場:「……はい。……はい。そうですか。……はい。分かりました。ありがとうございます」
そして、電話を切る。
善場:「斉藤社長は生存者の中にいるそうです」
愛原:「ええっ!?」
そりゃ良かった。
善場:「飛行機は確かに墜落しましたが、どちらかというと、胴体着陸に近い状態で墜落したとのことで、乗客の殆どが生存しているそうです」
愛原:「おおっ!?」
善場:「ただ、殆どが重軽傷とのことですが……」
愛原:「日本からの救助隊は?」
私がそれを聞いた時、主任は苦虫を噛み潰したような顔で首を振るだけだった。
あのロシアが戦争状態で、日本からの救助隊を受け入れるわけがない。
日本政府もまた、ロシアを侵略国として非難する声明を出しているので尚更だ。
ハイジャック犯の生存率はどれくらいか分からないが、もしかしたら、ハイジャック犯だけ連行して、あとは知らんなんてことも考えられる。
善場:「ロシアの救助隊がどれだけ動いてくれるか、です。ウクライナ侵攻前でしたら期待しても良かったのですが、今の状態ですと……」
政治的な問題にもなりかねないということだ。
まさかとは思うが、『日本国が民間機を使って、我が国ロシアに“カミカゼ攻撃”をしてきた。よって、これを宣戦布告と見做す』と、プーチン大統領が言ってもおかしくない。
いくら日本側が、『ハイジャックのせいだ!』とか言っても、『ハイジャックを阻止できなかった責任を取れ』とか言われたら、反論できないだろうな……。
最悪、『墜落したのは中国夏冬航空の旅客機なんで、日本の飛行機じゃなくて、中国の飛行機でーすw』とでも言うか。
善場:「とにかく、国際的な問題に発展する可能性が非常に高くなった以上、国内の仕事をする我々はお手上げです。あとは外務省などの管轄になると思います」
愛原:「飛行機は危ないんで、新幹線で行った方がいいかもしれませんね?」
善場:「そのつもりです。いえ、飛行機が怖いのではなく、斉藤一家は新幹線で北海道に向かったそうですね?普通は飛行機で行くでしょうに、あえて陸路を取ったことに何か意味があるのかもしれません。それを確認したいのもあります」
愛原:「分かりました。私で何かお手伝いできることはありますか?」
善場:「ありがとうございます。今のところは、絵恋さんのことを看ていてあげてくださいといったところでしょうか」
愛原:「今はリサが看病しています」
善場:「お付きのメイドさんが帰ってきたら、自宅へ帰った方がいいかもしれませんね」
愛原:「ええ、そうしましょう」
[同日15:00.天候:曇 東京都葛飾区小菅 東京拘置所]
(ここから三人称になります)
〔「……大日本製薬代表取締社長の斉藤秀樹氏が搭乗していたと思われる、サマー・ジャパンの旅客機ですが、ロシアのウラジオストク郊外に墜落し、多数の重軽傷者が出ています。それに対し、地元当局によりますと……」〕
拘置所内に流れるラジオのニュース。
拘置所では午後にラジオを聴くことができる。
その独居房に収監されているこの男も、そんなラジオ放送を聴いていた。
五十嵐皓貴:「ふむ……。斉藤のヤツ、ついにロシアに渡ったか……」
それは、日本アンブレラの元社長の五十嵐皓貴。
日本アンブレラが国内で起こした事件の数々について、その使用者責任や指示の有無を巡り、裁判で係争中である。
宮城県内で拘束されたが、その後、東京に移送されている。
そして東京地裁で有罪判決が出たのだが、今度は東京高裁に控訴して、今はそこで争っている最中なのである。
なので拘置所内での立場は、未決囚ということになる。
雑居房に入らなかったのは、息子の元副社長も同じ容疑で裁判中であり、一緒に収監できないこと、社会に与えた影響が大きいことから、他の一般未決囚と同居はさせられないと拘置所側が判断したからである。
五十嵐:「ちょっと、すいません」
刑務官:「何だ?」
五十嵐:「弁護士先生への接見をお願いしたいのですが……」
刑務官:「は?」
一般の面会者と違い、弁護士との接見は大きな制限は無いとされるが……。
善場:「失礼します」
愛原:「善場主任、お疲れ様です」
私の連絡を受け、善場主任が私のマンションにやってきた。
善場:「絵恋さんはどうしてますか?」
愛原:「取りあえず、リサの部屋のベッドに寝かせてあります。行方不明くらいでは動じなかったコでしたが、さすがにあの事件だか事故にはショックだったようで……」
善場:「でしょうね。失神しているだけですか?」
愛原:「今のところは……」
善場:「高橋助手達は?」
愛原:「先ほど連絡して、ディズニーデートを中止させ、帰って来るように言ってあります」
善場:「分かりました。ここまで手に入った情報によりますと、やはり件の飛行機に斉藤社長は搭乗していたようです。それも、偽名で」
愛原:「偽名ですか」
善場:「斎藤秀明という偽名で乗っています。チケットも法人名ではなく、個人名ですね」
愛原:「ということは、会社の経費で搭乗したわけではなく、完全に自分のポケットマネーで乗ったということですね?」
善場:「そういうことになります」
愛原:「あの飛行機は成田空港から飛び立ったということですが、斉藤社長はタクシーで成田空港へ行ったのでしょうか?」
善場:「いいえ。大宮駅に向かったことが明らかになっています」
愛原:「やはり大宮駅ですか」
善場:「そして、そこから電車で成田空港へ向かったと思われます」
愛原:「ちょっと待ってください」
私は自分の部屋から、交通新聞社発行のJR時刻表を持って来た。
それで、“成田エクスプレス”のページを開いてみる。
愛原:「確かに6時20分発、大宮始発の“成田エクスプレス”がありますね。これに乗ったんだ」
これに乗ると、成田空港には8時過ぎには着く。
そこから搭乗手続きや何やらで、9時台の飛行機に乗ったのだろう。
そして、ハイジャックに巻き込まれてしまったと。
善場:「問題は、どうして斉藤社長が北海道へ行こうとしていたのかです。愛原所長、斉藤社長は愛原所長方が北海道へ旅行に行くことを嫌がったそうですね?」
愛原:「はい。どうしても、北海道以外の場所にして欲しいと言われました」
善場:「愛原所長のことですから、北海道に足を踏み入れた場合、どうしても斉藤社長の足取りを確認したがるでしょう。それを嫌がったのでしょうね」
愛原:「斉藤社長が冬休みの間に泊まったのは、ニセコとか倶知安の辺り……」
善場:「やはり、あの辺を調べてみる必要がありますね」
愛原:「私達も同行しますか?」
善場:「いえ、それには及びません。ここまで来ると、民間の方の御協力は必要無いかと。ただ、当事者の絵恋さんには同行して頂くことになるかもしれませんね」
愛原:「うわ、そりゃ大変だ」
その時、善場主任のスマホが鳴った。
善場:「失礼します」
善場主任は電話に出た。
善場:「……はい。……はい。そうですか。……はい。分かりました。ありがとうございます」
そして、電話を切る。
善場:「斉藤社長は生存者の中にいるそうです」
愛原:「ええっ!?」
そりゃ良かった。
善場:「飛行機は確かに墜落しましたが、どちらかというと、胴体着陸に近い状態で墜落したとのことで、乗客の殆どが生存しているそうです」
愛原:「おおっ!?」
善場:「ただ、殆どが重軽傷とのことですが……」
愛原:「日本からの救助隊は?」
私がそれを聞いた時、主任は苦虫を噛み潰したような顔で首を振るだけだった。
あのロシアが戦争状態で、日本からの救助隊を受け入れるわけがない。
日本政府もまた、ロシアを侵略国として非難する声明を出しているので尚更だ。
ハイジャック犯の生存率はどれくらいか分からないが、もしかしたら、ハイジャック犯だけ連行して、あとは知らんなんてことも考えられる。
善場:「ロシアの救助隊がどれだけ動いてくれるか、です。ウクライナ侵攻前でしたら期待しても良かったのですが、今の状態ですと……」
政治的な問題にもなりかねないということだ。
まさかとは思うが、『日本国が民間機を使って、我が国ロシアに“カミカゼ攻撃”をしてきた。よって、これを宣戦布告と見做す』と、プーチン大統領が言ってもおかしくない。
いくら日本側が、『ハイジャックのせいだ!』とか言っても、『ハイジャックを阻止できなかった責任を取れ』とか言われたら、反論できないだろうな……。
最悪、『墜落したのは中国夏冬航空の旅客機なんで、日本の飛行機じゃなくて、中国の飛行機でーすw』とでも言うか。
善場:「とにかく、国際的な問題に発展する可能性が非常に高くなった以上、国内の仕事をする我々はお手上げです。あとは外務省などの管轄になると思います」
愛原:「飛行機は危ないんで、新幹線で行った方がいいかもしれませんね?」
善場:「そのつもりです。いえ、飛行機が怖いのではなく、斉藤一家は新幹線で北海道に向かったそうですね?普通は飛行機で行くでしょうに、あえて陸路を取ったことに何か意味があるのかもしれません。それを確認したいのもあります」
愛原:「分かりました。私で何かお手伝いできることはありますか?」
善場:「ありがとうございます。今のところは、絵恋さんのことを看ていてあげてくださいといったところでしょうか」
愛原:「今はリサが看病しています」
善場:「お付きのメイドさんが帰ってきたら、自宅へ帰った方がいいかもしれませんね」
愛原:「ええ、そうしましょう」
[同日15:00.天候:曇 東京都葛飾区小菅 東京拘置所]
(ここから三人称になります)
〔「……大日本製薬代表取締社長の斉藤秀樹氏が搭乗していたと思われる、サマー・ジャパンの旅客機ですが、ロシアのウラジオストク郊外に墜落し、多数の重軽傷者が出ています。それに対し、地元当局によりますと……」〕
拘置所内に流れるラジオのニュース。
拘置所では午後にラジオを聴くことができる。
その独居房に収監されているこの男も、そんなラジオ放送を聴いていた。
五十嵐皓貴:「ふむ……。斉藤のヤツ、ついにロシアに渡ったか……」
それは、日本アンブレラの元社長の五十嵐皓貴。
日本アンブレラが国内で起こした事件の数々について、その使用者責任や指示の有無を巡り、裁判で係争中である。
宮城県内で拘束されたが、その後、東京に移送されている。
そして東京地裁で有罪判決が出たのだが、今度は東京高裁に控訴して、今はそこで争っている最中なのである。
なので拘置所内での立場は、未決囚ということになる。
雑居房に入らなかったのは、息子の元副社長も同じ容疑で裁判中であり、一緒に収監できないこと、社会に与えた影響が大きいことから、他の一般未決囚と同居はさせられないと拘置所側が判断したからである。
五十嵐:「ちょっと、すいません」
刑務官:「何だ?」
五十嵐:「弁護士先生への接見をお願いしたいのですが……」
刑務官:「は?」
一般の面会者と違い、弁護士との接見は大きな制限は無いとされるが……。