「20世紀のペニシリンに次ぐ最大の発見」とまで言われる抗寄生
虫薬“イベルメクチン”の開発者として知られる大村 智氏(文化
功労者・北里大学特別栄誉教授)が、「求めつづけて」と題して同
窓会誌に寄稿されていたのでご紹介したい。
大村氏は研究者としてのスタートが遅く、抗生物質の探索研究は
既に峠が過ぎていた。当局からは「研究室を閉鎖するように」言い
渡された。
それで、大村研究室を独立採算で運営する決心をした。独立採算
とは、職員・研究員の給与を始め研究をするための実験器具、試薬
などの全てを自前で用意し研究室の運営を独自で行うことである。
そこで、研究テーマに応じて、国内外の製薬企業から研究資金を
受け研究室運営と研究をすることができた。産学連携は当時として
は、白眼視される時代であった。
“イベルメクチン”によって数万人のアフリカ人が、失明の危機
から救われることになった。同薬は特許を取らず廉価で販売された
ので、広く普及された功績も大きい。
同研究グループの特許料で、北里メディカルセンター(埼玉県)
は設立されている。研究室を閉鎖せずに研究を続行させたことが、
北里研究所・北里大学の発展に繋がっている。
あなたに贈る言葉:あなたの夢や目標を諦めない。手段は変わろ
うとも。 小田原梅干
虫薬“イベルメクチン”の開発者として知られる大村 智氏(文化
功労者・北里大学特別栄誉教授)が、「求めつづけて」と題して同
窓会誌に寄稿されていたのでご紹介したい。
大村氏は研究者としてのスタートが遅く、抗生物質の探索研究は
既に峠が過ぎていた。当局からは「研究室を閉鎖するように」言い
渡された。
それで、大村研究室を独立採算で運営する決心をした。独立採算
とは、職員・研究員の給与を始め研究をするための実験器具、試薬
などの全てを自前で用意し研究室の運営を独自で行うことである。
そこで、研究テーマに応じて、国内外の製薬企業から研究資金を
受け研究室運営と研究をすることができた。産学連携は当時として
は、白眼視される時代であった。
“イベルメクチン”によって数万人のアフリカ人が、失明の危機
から救われることになった。同薬は特許を取らず廉価で販売された
ので、広く普及された功績も大きい。
同研究グループの特許料で、北里メディカルセンター(埼玉県)
は設立されている。研究室を閉鎖せずに研究を続行させたことが、
北里研究所・北里大学の発展に繋がっている。
あなたに贈る言葉:あなたの夢や目標を諦めない。手段は変わろ
うとも。 小田原梅干