最近、聖書研究会の出席者数が増えてきました。学生時代出ていた教会では、規模も小さいこともあり、求められて発言する機会が多くありました。現在の教会(日本キリスト教団小田原教会)ではお年寄りが多く、専ら牧師の解釈を聴いています。どちらでも私にとっては、心地良い時間となっています。
牧師は「子供の頃、引越しに伴い幾度も転校を余儀なくされたが、教会だけは心地良かった。それで牧師となった。」ことを披露された。聖書研究と言うより、親睦会といった雰囲気が受けているのかも知れませんね。先行き不透明な時代だけに、「勉強にもなる親睦会」ニーズに応えていると言うことなのでしょう。
秋葉原通り魔事件のような、他人を巻き込んだ自滅行為が多くなりました。学校も職場もネットの世界も心地が良くないからなのでしょうか? いずれも「有償の愛」の世界です。「無償の愛」が必要なのでしょう。桁違いの「無償の愛」を示された方がありました。結局、その方の所に行かなければ、心地良くはならないと言うことなのでしょう。 小田原梅干
牧師は「子供の頃、引越しに伴い幾度も転校を余儀なくされたが、教会だけは心地良かった。それで牧師となった。」ことを披露された。聖書研究と言うより、親睦会といった雰囲気が受けているのかも知れませんね。先行き不透明な時代だけに、「勉強にもなる親睦会」ニーズに応えていると言うことなのでしょう。
秋葉原通り魔事件のような、他人を巻き込んだ自滅行為が多くなりました。学校も職場もネットの世界も心地が良くないからなのでしょうか? いずれも「有償の愛」の世界です。「無償の愛」が必要なのでしょう。桁違いの「無償の愛」を示された方がありました。結局、その方の所に行かなければ、心地良くはならないと言うことなのでしょう。 小田原梅干