マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことである。』

2017-08-01 23:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は8月1日。新しい月の始まりです。 そして 年間第十七火曜日。

  『今日の福音 イエスの御言葉』

イエスは(畑の毒麦のたとえ)説明なさった。

「良い種を蒔く人は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。
毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことである。」』
             マタイ福音書 13章36-43章


農夫は、良い麦が育てと願って『良い種』を蒔きます。
 
     『種まく人』  ミレー作品。

人の子・イエスも、良い麦・御国の子らが育てと願って、この世界に『良い種・御国の子』を蒔かれるのです。

しかし。現実は。

『良い種』を蒔いた農夫の畑に、『良い麦』の中に『毒麦』が育つことがあるのです。
『良い種』を蒔いたこの世に、『良い人』もおれば『悪い人』もおります。『善』もあれば『悪』もはびこっています。

私達、一人一人も同様です。
神は、良い人に育つことを願って、私達をこの世に産みました。
しかし現実は・・・私達の中に、良い心もあれば、悪い心のわいてくることもあるのです。

イエスは、
『現実』をご存じなのです。
畑に『毒麦』が育つのも、世の中に『悪』がはびこるのも、私達の心に『悪意』が生じることも、ご存じなのです。

イエスは、
すべてをご存じの上で、『二つのこと』 を説明なさったのではないでしょうか。

畑に『毒麦』が育つのも、世の中に『悪』がはびこるのも、私達の心に『悪意』が生じることも、『悪魔の仕業』であること。
『麦の刈り入れの時』 は 『世の終わり』であること。

私達一人一人が、この世で成すべきことは・・・
『現実』を認めつつ、『悪魔の仕業』に負けることなく、
この世にある限り希望を失わず、神が蒔いてくださった『良い種』を自分の中で育て続けることです。


お人や自分の『おが屑』を裁くことなく裁きは神に任せて、『善』を重ねる日々を努力することではないでしょうか。

一日の終わりに、『無事な一日の感謝』 を神に捧げることではないでしょうか。
 
   『晩鐘』   ミレー作品。

以上。8月の初日に考えたことです。お粗末様でございました

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
いよいよ8月です。暑さに負けず、お元気でお過ごしください。