今日は8月1日。新しい月の始まりです。 そして 年間第十七火曜日。
『今日の福音 イエスの御言葉』
『イエスは(畑の毒麦のたとえ)説明なさった。
「良い種を蒔く人は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。
毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことである。」』
マタイ福音書 13章36-43章
農夫は、良い麦が育てと願って、『良い種』を蒔きます。
『種まく人』 ミレー作品。
人の子・イエスも、良い麦・御国の子らが育てと願って、この世界に『良い種・御国の子』を蒔かれるのです。
しかし。現実は。
『良い種』を蒔いた農夫の畑に、『良い麦』の中に『毒麦』が育つことがあるのです。
『良い種』を蒔いたこの世に、『良い人』もおれば『悪い人』もおります。『善』もあれば『悪』もはびこっています。
私達、一人一人も同様です。
神は、良い人に育つことを願って、私達をこの世に産みました。
しかし現実は・・・私達の中に、良い心もあれば、悪い心のわいてくることもあるのです。
イエスは、
『現実』をご存じなのです。
畑に『毒麦』が育つのも、世の中に『悪』がはびこるのも、私達の心に『悪意』が生じることも、ご存じなのです。
イエスは、
すべてをご存じの上で、『二つのこと』 を説明なさったのではないでしょうか。
畑に『毒麦』が育つのも、世の中に『悪』がはびこるのも、私達の心に『悪意』が生じることも、『悪魔の仕業』であること。
『麦の刈り入れの時』 は 『世の終わり』であること。
私達一人一人が、この世で成すべきことは・・・
『現実』を認めつつ、『悪魔の仕業』に負けることなく、
この世にある限り希望を失わず、神が蒔いてくださった『良い種』を自分の中で育て続けることです。
お人や自分の『おが屑』を裁くことなく、裁きは神に任せて、『善』を重ねる日々を努力することではないでしょうか。
一日の終わりに、『無事な一日の感謝』 を神に捧げることではないでしょうか。
『晩鐘』 ミレー作品。
以上。8月の初日に考えたことです。お粗末様でございました
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
いよいよ8月です。暑さに負けず、お元気でお過ごしください。